ゆるやかに消えていくブルー【水戸】
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たまたま同窓会で再会したときとは違い、改めて水戸くんに会おうとする行為は、とても照れくさいものだった。
あらかじめ決めた時間に待ち合わせる。
人類が繁栄していく中で幾度となく繰り返されてきたであろうその行為に、わたし自身が当てはまっているのだと思うと、途端におかしくなった。
「ドライブしようぜ。」
唐突に、電話口でそう告げられたのは、土曜日の20時。
そこから準備をして待っていると、家の前に車の音が聞こえたのが21時ちょうどだった。
もしまた水戸くんと会うことがあったら…。
着ようと心に決めていた服を身につけ、玄関を出る。
そこには前回会った時よりもラフな格好の水戸くんがいた。
「久しぶり…ってわけでもないか。元気だった?」
「うん、水戸くんは?」
「ぼちぼちかな。」
そんなたわいもない挨拶を交わすだけで、わたしの心はドキドキと落ち着かなかった。
初めての乗る、水戸くんの車。
ごく自然な動作で助手席のドアを開けられ、今まで何人の女の人にこうやってきたのかなあ、なんてぼんやり考える。
わたしだって人並みに恋愛はしてきたつもりだ。
だけど、それが高校時代の片想い相手だと思うと、途端に純真だったあのころの自分に戻ってしまう。
「どっか行きたいところある?」
唐突に聞かれて、少し考えてしまった。
こういうとき、どう答えるのが正解なのかいまだにわからないでいる。
「なかったら適当に、俺の行きたいトコ行っていい?」
言いながら、ウインカーを出して左折する。
私はホッとして、ひとつ呼吸を整えた。
「行きたいところがあるから、ついでに誘われたのかと思ったよ。」
「ははは、絶対行きたいトコなんて、ホントはねえよ。ただ、高橋さんとドライブしたかっただけ。」
「美奈子でいいよ。」
「…うん、じゃあ美奈子。」
その言葉を最後に、車内にはしばし沈黙が流れた。
本当は、聞きたいことは山ほどあった。
今、彼女はいないの?とか、今までどんな恋愛をしてきたのかとか…そんな事を差し引いたとしても、一番聞きたかったことは、あの日のキスの意味だった。
告白して、返事をもらって、お付き合いスタート。
…なんて順序立てがあるのは、学生時代だけだったのかもしれないな、と最近は思う。
とくに社会人になって、年数を重ねていくと、よくわからない曖昧な関係が始まることが、本当にごくたまにある。
わたしたちの関係って、なんなの?
そう確認することが、今のわたしには告白することより難しく感じてしまう。
大人なのだから、恋人でなくても雰囲気でキスくらいすることもあるだろう。
だけど、じゃあ、今日のドライブの意味は?
性急に尋ねたくなるのを堪えて出た話題は、逃げ腰であたりさわりのないものだった。
「水戸くんとは、高校時代あんまり話したことなかったよね。」
「だな、クラスも3年の時しか、被んなかったし。」
「わたしのこと覚えてて、実はちょっとびっくりしたんだよね。絵を、見てくれていたことも。」
「本当?俺はちゃんと覚えてたよ。掃除当番の時、はじめて話したろ?」
ふいに信号待ちで止まった水戸くんが、助手席側をふり向いた。
彼の輪郭を縁取るように、歩行者信号の青いライトが照らしている。
じっと見つめていると、やがてチカチカと点滅して、赤に変わる。
「…覚えてたの?」
「俺、わりと重要なことは覚えてんだよね。」
信号が青に変わったので、ゆっくりと車が進み出す。
そのせいで、またも重要なところに、一歩踏み出せない。
水戸くんの真意が、わからない。
こんなに近くに居るのに、なぜか一つも分からない。
それはお互いに大人になったから、では片付けられないような、手の中でハラハラと消えてしまうような、そんな儚さを感じさせた。
「わたしもひとつ、覚えてることあるよ。水戸くんさ、こっそり煙草吸ってたでしょ。」
「え、バレてたの?」
ぴくりと少しだけ肩で反応して、おどけたように言う。
「すれちがったときに、気づいた。結構、制服に匂いついてたかも。」
「マジで?誰にも言われたことなかったのになあ。美奈子、鼻いいでしょ。」
「そうなのかな…。家族に喫煙者が多かったから、それで気づいたのかもしれない。」
「俺、一人の時にしか吸わないようにしてたんだけどな…。そっか、気づいてたヤツいたのか。」
言葉ではそう言ったが、その口調は穏やかなものだった。
聞くと、仲のいい友達の前でも吸ったことがなかったと言うので、少し驚いた。
それでは正真正銘、わたしが水戸くんのことばかり気にしていたと言っているようなものではないか。
当時の気持ちがバレてしまいそうで、一気に心臓が跳ねた。
「…本当は誰かに、気づいて欲しかったのかもしれねえな。」
ぽつり溢したその声は、いつになく覇気がなかった。
わたしは驚いて、彼の表情を窺う。
「だからかもな?美奈子には、会った時からなんか安心感があってさ。」
「同窓会の、とき?」
「そう。だから、また会いてえなって思ったんだよ。」
ふいに彼の左手がハンドルから離れ、ひざに置かれたままのわたしの手にコツリと当たる。
そしてそのまま、手の甲の上からぎゅっと握られた。
手を繋ぐという行為に、こんなにも緊張してしまうのは、やっぱり相手が水戸くんだからなのかもしれない。
会話の端々にちりばめられた甘い言葉に、さきほどからずっと理性を失いそうになっている。
どうしよう、わたしやっぱり、水戸くんのことが好きかもしれない。
繋がれた手が、熱くなる。
タイミング良く現れた広めの路肩に、車が停止される。
ハザードランプの点滅が、暗い道路に反射するのを眺めつつ、胸の鼓動を感じる。
水戸くんと目線がぶつかった。
きれいなひとえまぶただなあ、と、曇った思考の中に思う。
彼は何も言わず、微笑をたたえて見つめ返すのみだ。
その瞬間、どうしようもなくこの人が好きだ、と思った。
わたしは一度でなく二度、彼に落ちたのだ。
今、自分自身が置かれている状況…。
画家の夢、実家のこと、仕事のこと、これから自分がどうするべきか。
何ひとつ解決していないけれど、そんなものはすべて忘れて、ただこの瞬間、墜ちるところまで墜ちてしまえばいいと思った。
水戸くんが好きだと言ってくれた、あの油絵の具の青のように、容赦なく上から塗りつぶされてしまえばいいと、その唇を食んだ。