ゆるやかに消えていくブルー【水戸】
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その言葉はやけにわたしの脳裏に焼き付いて離れなかった。
言葉自体が力を持っているわけではないのに、何かとてつもなく堅いもので殴られたのような感覚に、平衡感覚が滲んでいく。
「別れよう。」
そう言った水戸くんは、やはりフロントガラスを一点に見つめていた。
海岸線を走っていた車はいつのまにかハイウェイに乗っている。
後方から差す夕日のオレンジが、サイドミラーに映り込んでわたしたちを照らす。
視界の先は、そびえたつ山肌が陰を落としていて、少し薄暗い。
そう思ったとき、リトラクタブルのライトが音を立てて開いた。対向車にも、段々とライトを点灯させた車が増えていく。
これから訪れるのは、抗うことのできない夜だ。
「なんで、わたしの幸せと、別れることが一緒になるの?」
「…今回の件でやっぱり、大切な人と俺の家族を引き合わせることはできねーって、本気で思った。」
「わたし、大丈夫だよ。ちゃんとやるよ。水戸くんと一緒なら、どんなことでも頑張れるよ。」
わたしは必死だった。
水戸くんとの別れが現実味を帯びてきて、それを避けるためなら、なんだってできる気になっていた。
彼とこの先も一緒にいられるのなら、どんなに困難な問題にも立ち向かっていける気が、本気でしていた。
だけどそれは、自分の家族を長い間みつめてきた水戸くんにとっては、甘い考えだったのだろう。
あっさりと否定されてしまう。
「やめとけよ、俺の母親みたいになるぜ。」
「それってどう言うこと?」
「うん、俺の母親さ、出てったから。」
心の深いところから記憶を持ち出すように、ゆっくりとした口調で話してくれる。
水戸くんがまだ小さいとき、お母さんは出て行った。
ワンマンな父親と、親族間の問題。
当然会社の経営にも携わっていて、精神的な負担が大きかったお母さんは、ある日水戸くんを置いていなくなったそうだ。
そのことが、小さいころから結婚をしたいと思わなくなった原因だろうと、水戸くんは打ち明けてくれた。
それを聞いてしまうと、わたしもさきほどまでの無責任な主張を続けることができず、押し黙った。
「…前に美奈子が言ったじゃん?タイタニックの2人が、駆け落ちしてその後幸せになれたのかって。」
「うん。」
「ソレが答えかなって思う。俺はあんな家族でも、すべて捨てて逃げるなんてできねー。俺はよくても、美奈子にまでその責任を負わせることはできねぇしな。」
「…うん。」
「美奈子はちゃんとしたヤツと結婚して、ちゃんとした家族を作って。お前にはそれが似合ってるよ。」
不思議と、涙は出なかった。
もしかすると、水戸くんを好きになった瞬間から、近いうちにこうなることを心のどこかでわかっていたのかもしれない。
心の奥ではこの現実を受け止めていて、表面にある感情だけが、小さく別れの事実を否定している。そんな気持ちだった。
だからもう、ずっと一緒にいたいだとか言って、泣きわめいたりすることはできなかった。
それは水戸くんがこの別れ話を、軽いすれ違いの末に切り出したのではなく、本当に2人の将来に向き合って出した結論だということを、十分すぎるほどに理解できてしまったから。
だからわたしは泣けなかった。
気づけば、行く先はもう真っ暗闇だ。
平日だからか、車の数も少なくなってきた。
先導するテールランプは見当たらない。
わたしたちの照らすライトの範囲だけが、今のわたしたちの世界だった。
「最後のドライブだね。」
すべてを呑み込むように、そう語りかける。
今度は目線を上げて、水戸くんの横顔一点を見て。
「朝まで走ってイイ?行けるとこまで行きたいんだよ。」
朝まで走ったらどこに行ってしまうのか、わたしにもわからなかった。
だけど水戸くんのすこし悲しそうな横顔を見て、わたしももっと悲しくなった。
それを悟られない様に、わざと明るい声で言う。
「いいね。なんか、学生っぽいノリでさ。」
「だろ?しっかり捕まっとけよ。」
そういって水戸くんが、アクセルを強く踏み込んだ。
急加速した引力で、背中がぴったりとシートに沈み込む。
わたしはジェットコースターに乗ったときのような声を上げて、おおげさなくらい笑った。
すると水戸くんも、つられて少し笑ってくれた。
回転数の上がったエンジンの音が、鼓膜の奥に心地よく響いた。