ゆるやかに消えていくブルー【水戸】
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結局、初島への旅行はキャンセルした。
それ自体は、別にどうってことなかった。
旅行なんていつでもいけるし、夏だって始まったばかりだ。
もし海開きのシーズンが終わっても、海を見ることくらいはできるだろう。
むしろ観光目当ての人が少なくて、好都合かもしれない。
…だけど、最後に水戸くんと別れた日から2週間、彼からの連絡はなかった。
もちろん待っているだけではなく、こちらからも何度か連絡した。
着信も入れたし、メールも残した。
さすがにしつこくすることはできなかったので、何度か繰り返した後に、今は向こうからの返事を待っている状況だ。
…あれからどうなってしまったのだろう。
おじいさんはどうなったのか、水戸くんは元気でいるのか、何も分からない状況でただ待つというのは、想像以上に苦しいものだった。
そうなっては仕事も手につかず、絵画の進捗も滞ったままだった。
何度も携帯の画面を眺めては、そっと閉じることを繰り返している。
あの日、子どもの話題になった事がいけなかったのだろうか。
別れ際まで、ちょっと気まずい雰囲気になっていた事は事実だ。
だけど、水戸くんを見送ったとき、わたしのことを何度も心配そうに振り返る姿は、彼の愛情そのもののような気がしていた。
「お疲れ様。」
2年ほど前からアルバイトしているパン屋さんで、店長に声を掛けられる。
いつもは早朝からお昼にかけてシフトを組んでいるのに、今日は急に午後のパートさんが来られなくなったと聞いて、こうして午後に出勤している。
パンはほとんど売り切れていて、あとは閉店作業を待つのみだった。
「お疲れ様です。」
「高橋さん、最近何か元気ない?」
50歳くらいの店長は、自分の父親が同年代くらいのころと比べても清潔感があった。
それはパン職人という職業柄にもあるのかもしれないと思う。
「まあ、ちょっと疲れてて。」
「ダメだよ、若いんだからさ。あ、今年はもう海、行った?」
若い頃はサーファーだったという話を、何度か聞いたことがある。
そのせいか店長は、今でも海が好きなようだった。
「海…そういえばまだ泳いでないですね。」
「はやくしなきゃ、海水浴場閉鎖しちゃうよ。」
そうですね、と軽く受け流す。
海の話題は、いまのわたしにとっては禁句と言ってもいいだろう。
そんな思いもさておき、わたしを励まそうとしてか、店長は明るい調子で話しかけてくる。
その取るに足らない話題の中でふと、思い出したように言う。
「そういえば、お昼前くらいに高橋さんを訪ねて男の人が来たよ。」
「え?」
「キミと同世代くらいかなあ…。何?彼氏?」
ニヤニヤと面白そうに尋ねる店長に、わたしは咄嗟に聞き返した。
「それって、どんな人でした?」
「うーん、黒髪で爽やかな感じだったかな…。どうって言われても、私服だったしなんとも…。」
「店長…すみません、今日早退します。」
「ええ?なんで。」
話を聞いてすぐに思い浮かんだのは、水戸くんの姿だった。
もしかしたら、水戸くんかもしれない。
その期待を一度持ってしまったら、もうダメだった。
今すぐ会いに行かなければ、一生会えない気がした。
焦るわたしの態度を見越したのか、店長はいいよ、とわがまますぎる早退を許してくれた。
幸い店内は閑散としていて、時間的にもお客さんがあふれかえることはないだろう。
更衣室で着替えを済ませ、荷物を持って裏の出口に向かう。
淡い期待もよそに、あいかわらず携帯の着信はない。
やっぱり、お店に来たのが水戸くんだなんていうのは、わたしの思い違いかもしれない。
一体これから、どこに行けば水戸くんと会えるのだろうか。
恋人なんて肩書きに甘えて、いつでも水戸くんと居られると安心していた自分に呆れてくる。
着信ひとつで会えなくなってしまう関係なんて、他人でいるのと何ら変わらないじゃないか。
裏口のドアを開けると、懐かしい匂いがしたので思わず足が止まった。
いつも水戸くんの吸っていた、煙草の匂い。
わたしの記憶は思ったよりも、その煙を鮮明に覚えていた。
白煙の向こうにいたのは、頭の中で何度も思い描いた彼、そのものだった。
「あれ。」
裏口ドアの横にしゃがんだまま、驚いた様子でわたしを見上げる。
「美奈子、今日17時終わりだって聞いたけど。」
「…なんでここにいるの?」
「美奈子に会いに来たから。」
「ていうか、なんで連絡…。」
言いかけた言葉も、その顔をみただけですべて吹き飛んでしまった。
それほどまでに穏やかに、彼はその裏路地に佇んでいた。
路地とくゆる煙が、絶妙なコントラストを描いていて、絵になるなあと思う。
すると立ち上がり、わたしよりもやや高い目線になった水戸くんが、静かな口調で問う。
「とりあえず、車乗って。そこで話すよ、これまで事とか。」
「長くなりそうなら、うちにくる?」
「いや、どっか適当に走りたいんだ。その方が、ちゃんと話せそうな気がする。」
その瞳は、どうしてもそうしてほしいと訴えかけているようだった。
もしかしたら、すごく話しにくい内容なんだろうか。
イヤな予感を覚えつつも提案に乗ると、安心したように、ふっと肩の力を解いたのがわかった。
きっとこれから聞く話は、わたしにとって良いものではないはずだ。
…聞きたくない。
だけど、いつか聞かなければならない話なのだろう。
水戸くんと居ることを選んだ過去の決断を、後悔するかもしれない。
その時、わたしは自分自身を許せるだろうか。
水戸くんではなく、その道を選択した自分自身を。
それ自体は、別にどうってことなかった。
旅行なんていつでもいけるし、夏だって始まったばかりだ。
もし海開きのシーズンが終わっても、海を見ることくらいはできるだろう。
むしろ観光目当ての人が少なくて、好都合かもしれない。
…だけど、最後に水戸くんと別れた日から2週間、彼からの連絡はなかった。
もちろん待っているだけではなく、こちらからも何度か連絡した。
着信も入れたし、メールも残した。
さすがにしつこくすることはできなかったので、何度か繰り返した後に、今は向こうからの返事を待っている状況だ。
…あれからどうなってしまったのだろう。
おじいさんはどうなったのか、水戸くんは元気でいるのか、何も分からない状況でただ待つというのは、想像以上に苦しいものだった。
そうなっては仕事も手につかず、絵画の進捗も滞ったままだった。
何度も携帯の画面を眺めては、そっと閉じることを繰り返している。
あの日、子どもの話題になった事がいけなかったのだろうか。
別れ際まで、ちょっと気まずい雰囲気になっていた事は事実だ。
だけど、水戸くんを見送ったとき、わたしのことを何度も心配そうに振り返る姿は、彼の愛情そのもののような気がしていた。
「お疲れ様。」
2年ほど前からアルバイトしているパン屋さんで、店長に声を掛けられる。
いつもは早朝からお昼にかけてシフトを組んでいるのに、今日は急に午後のパートさんが来られなくなったと聞いて、こうして午後に出勤している。
パンはほとんど売り切れていて、あとは閉店作業を待つのみだった。
「お疲れ様です。」
「高橋さん、最近何か元気ない?」
50歳くらいの店長は、自分の父親が同年代くらいのころと比べても清潔感があった。
それはパン職人という職業柄にもあるのかもしれないと思う。
「まあ、ちょっと疲れてて。」
「ダメだよ、若いんだからさ。あ、今年はもう海、行った?」
若い頃はサーファーだったという話を、何度か聞いたことがある。
そのせいか店長は、今でも海が好きなようだった。
「海…そういえばまだ泳いでないですね。」
「はやくしなきゃ、海水浴場閉鎖しちゃうよ。」
そうですね、と軽く受け流す。
海の話題は、いまのわたしにとっては禁句と言ってもいいだろう。
そんな思いもさておき、わたしを励まそうとしてか、店長は明るい調子で話しかけてくる。
その取るに足らない話題の中でふと、思い出したように言う。
「そういえば、お昼前くらいに高橋さんを訪ねて男の人が来たよ。」
「え?」
「キミと同世代くらいかなあ…。何?彼氏?」
ニヤニヤと面白そうに尋ねる店長に、わたしは咄嗟に聞き返した。
「それって、どんな人でした?」
「うーん、黒髪で爽やかな感じだったかな…。どうって言われても、私服だったしなんとも…。」
「店長…すみません、今日早退します。」
「ええ?なんで。」
話を聞いてすぐに思い浮かんだのは、水戸くんの姿だった。
もしかしたら、水戸くんかもしれない。
その期待を一度持ってしまったら、もうダメだった。
今すぐ会いに行かなければ、一生会えない気がした。
焦るわたしの態度を見越したのか、店長はいいよ、とわがまますぎる早退を許してくれた。
幸い店内は閑散としていて、時間的にもお客さんがあふれかえることはないだろう。
更衣室で着替えを済ませ、荷物を持って裏の出口に向かう。
淡い期待もよそに、あいかわらず携帯の着信はない。
やっぱり、お店に来たのが水戸くんだなんていうのは、わたしの思い違いかもしれない。
一体これから、どこに行けば水戸くんと会えるのだろうか。
恋人なんて肩書きに甘えて、いつでも水戸くんと居られると安心していた自分に呆れてくる。
着信ひとつで会えなくなってしまう関係なんて、他人でいるのと何ら変わらないじゃないか。
裏口のドアを開けると、懐かしい匂いがしたので思わず足が止まった。
いつも水戸くんの吸っていた、煙草の匂い。
わたしの記憶は思ったよりも、その煙を鮮明に覚えていた。
白煙の向こうにいたのは、頭の中で何度も思い描いた彼、そのものだった。
「あれ。」
裏口ドアの横にしゃがんだまま、驚いた様子でわたしを見上げる。
「美奈子、今日17時終わりだって聞いたけど。」
「…なんでここにいるの?」
「美奈子に会いに来たから。」
「ていうか、なんで連絡…。」
言いかけた言葉も、その顔をみただけですべて吹き飛んでしまった。
それほどまでに穏やかに、彼はその裏路地に佇んでいた。
路地とくゆる煙が、絶妙なコントラストを描いていて、絵になるなあと思う。
すると立ち上がり、わたしよりもやや高い目線になった水戸くんが、静かな口調で問う。
「とりあえず、車乗って。そこで話すよ、これまで事とか。」
「長くなりそうなら、うちにくる?」
「いや、どっか適当に走りたいんだ。その方が、ちゃんと話せそうな気がする。」
その瞳は、どうしてもそうしてほしいと訴えかけているようだった。
もしかしたら、すごく話しにくい内容なんだろうか。
イヤな予感を覚えつつも提案に乗ると、安心したように、ふっと肩の力を解いたのがわかった。
きっとこれから聞く話は、わたしにとって良いものではないはずだ。
…聞きたくない。
だけど、いつか聞かなければならない話なのだろう。
水戸くんと居ることを選んだ過去の決断を、後悔するかもしれない。
その時、わたしは自分自身を許せるだろうか。
水戸くんではなく、その道を選択した自分自身を。