ゆるやかに消えていくブルー【水戸】
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すれ違った瞬間に分かった、彼が喫煙者であるということを。
本当に先生達はだれも気づいていないのか、なぜだかわたしがヒヤヒヤした。
そしてどうか、誰も気づきませんようにと願った。
彼が彼でいられる時間がどうか、誰にも阻まれることがありませんようにと。
【ゆるやかに消えていくブルー】
その日は快晴とは言えず、薄暗いグレーな雲をたずさえてやってきた。
懐かしい顔ぶれが、狭い部屋の中で一堂に会している。
そろって手に持っているのは、「湘北高校同窓会のご案内」という文字の書かれたハガキ一枚。
できるかぎりのおめかしをして、久しぶりに会った友達と話すのは、最初はすこしくすぐったかった。
けれども5分とすれば、同じ校舎で過ごしていたあの日々にすっかり引き戻されている自分がいる。
「美奈子、久しぶり。」
「美奈子じゃん!何年ぶり?今、なにしてるの?」
いろんな人にそう何度も声を掛けられた。
わたしには卒業してから、今まで連絡を取り続けていた友人はいなかった。
卒業後は就職や短大へとみな様々な進路だったが、わたしと同じように美術系の大学に進んだ人は誰一人居なかった。
当時はすごい、さすが、だなんて口をそろえて言われたものだが、今のわたしを見ればどうだろうか。
大学を卒業しても、そうそう売れっ子画家になんてなれるわけがなく、今もしがないフリーターの傍ら、作品をつくっては知り合いの画廊にスペースを借りて置かせてもらっている程度だった。
しかしその画廊スペースも、来月から他の人に譲りたいと、切り出されてしまった。
少なからずそこで絵での収入を得ることができていたのに、来月からはそれも無くなってしまう。
途方に暮れるわたしに追い打ちをかけるように、両親からは実家に帰ってこいとの催促。
そんな絶望的ともいえる状況で、この同窓会の日を迎えてしまい、わたしは幾度となく引き返そうかと迷ったのだが、結局来てしまったのだ。
気がついたら当時仲のよかった友人5人で、あの頃のように円をかいて集まっていた。
みな、結婚して子どもがいたり、仕事で役職のあるポジションについたりなど様々だったが、そのどれもが自分よりも遠い上のフィールドに行ってしまったかのように感じて、居心地が悪かった。
いつしか、既婚者は既婚者、キャリアのある子はその子達同士で話が盛り上がっていき、わたしはどんどん居場所がなくなる。
今の状況を話したところで、
「それなら早く結婚しちゃいなよ。」
の一言で片付けられてしまい、わたしの本心とは真逆のアドバイスにただ愛想笑いを浮かべるしかできなかった。
居心地の悪さを感じて、ふらりと会場を抜け出す。
地元の有名なホテルの一室を貸し切った会場の外に出ると、耳に反響する声たちは消え、落ち着いた雰囲気の廊下が広がっていた。
ほっと一息ついていたところで、ふいに後ろから、声を掛けられる。
「あれ、もしかして高橋さん?」
その声を聞いた瞬間に、背筋が奮い立つようだった。
振り返らなくてもわかる、この声は、記憶の中の彼そのものだったから。
「水戸くん。」
「久しぶり、変わんねえなあ。」
そういって笑う顔は、声の通り当時と全く変わっていなくて、安心する。
ボートネックの白シャツに、ジャケットを羽織っている彼は、当時の学ラン姿とは違って時の流れを思わせた。
ラフにかき上げた前髪は、あいかわらずだけどよく似合っていて、年相応の大人な雰囲気を醸し出している。
「水戸くんも来てたんだ。」
「ああ。でもちょっと疲れたから、ここで休憩。」
胸ポケットから取り出した箱をトントンと叩き、口にくわえた煙草に器用に火を付ける。
その動作をじっとみつめていたものだから、水戸くんは照れくさそうにこちらを見た。
「んなジッと見ないでよ。煙草、やめたほうがいい?」
「ううん、大丈夫。わたしも、休憩したいから。」
「高橋さんも喫煙者?」
驚いたように目を丸くするので、わたしは小さく首を振る。
「違うよ。ただ、なんとなく、煙草の匂いを嗅いでると落ち着くんだよね。」
「変わってんね。でも、ちょっとありがたいかも。」
最近は世間も喫煙者に厳しいじゃん?と水戸くん。
彼は知らない。なぜわたしが煙草の匂いが好きなのかを。
口を離してから少し遅れて吐き出される煙をながめながら、絵になるなあと思う。
わたしが高校時代にみていた水戸くんは、こんなふうに横顔ばかりだった気がする。
「美大。」
「えっ。」
「行ったんでしょ?今はやっぱり、そっち系?デザイン系とかさ。」
「あ、うん…。」
いきなり彼から美大の話が出たので、素直に驚いてしまった。
わたしがその道に進んだことなんて、きっと興味も無いと思っていたから、覚えていてくれたことにまずびっくりしたのだ。
「でも、やっぱりそれで食べていけてるってわけじゃないかな。絵は今も描いているけど…そう上手くもいかなくて。」
「そっか。俺、絵のことはよく分かんねーけど、高橋さんの絵はなんか好きだったよ。」
その言葉に、一瞬で胸が跳ねる。
「水戸くん、わたしの絵、見たことあるの?」
「うん。文化祭のとき、美術部で展示してたじゃん。アレ。」
みつめていた横顔が、ふいにこちらを向いたので、そのまま目を反らしてしまった。
うつむいた先に指のささくれを見つけて、それを隠すようにぎゅっと拳の握る。
水戸くんが当時、わたしの展示を見てくれていたとは、思いもしなかった。
ましてや当時の彼が、美術部の展示なんかを見ていたなんて、想像も付かない。
甘く広がった思いが、ぎゅっと胸を締め付ける。
「なんか恥ずかしいな、下手だったし。」
「俺からすりゃ上手かったよ。それにさ、」
ひと呼吸おいて、煙草の先にたまった灰をトントンと灰皿に落とす。
「高橋さんの絵って、なんか悲しそうで好きだった。」
悲しそう…。
そんな風に言われたことは、はじめてだった。
当時展示されていた絵を思い出す。
高校三年生、最後の文化祭で展示されていた絵はたしか、美術室に置かれた石膏像のデッサン画だったはずだ。
当時は絵のなかに何かを見いだすなんて考えたこともなくて、とにかく見たとおりに、姿形をそのまま捉えることに必死で、ただ見て描いただけのつまらない絵だったように思える。
その絵を見て悲しそうと思うだなんて、なんだかわたしの中の認識とは違っていて、戸惑う。
「絵ってさ、見る人の心を映すんだよ。」
「へっ?」
虚を突かれたように、呆けたような声を上げた水戸くんと目が合った。
「なるほど、当時の水戸くんはなにか悲しいことがあったんだねえ。」
いいながら、わたしはニッと笑う。
もしかして、当時失恋したばかりだったとか?
水戸くんは目尻を下げて笑いながら、
「んーまあ、間違ってはないかもな。」
と言った。
やっぱり失恋だったのかな、と心の中で呟く。っていうか、水戸くんでも失恋するんだ?
しているのはずっと過去の話なのに、今ここで起こっていることのように新鮮で、鮮明だった。
気がつくとすでに短くなってしまった煙草を、長椅子のとなりに置かれた灰皿に押しつけると、隣の彼はすっと立ち上がった。
「俺は帰るけど、高橋さんは戻る?」
「えっ、帰るの?もう?」
頭の中では彼と一緒に、同窓会の輪に戻ることを想像してしまっていたから、なんだかすがりつくような言い方になってしまった。
しかし水戸くんの足先は、すでに出口を向いている。
「ちょっと顔出しただけだから。ひととおり挨拶もしたし。」
「そう言えば、桜木くんは?」
ふと、水戸くんが当時クラスで仲のよかった男子の名前を思い出した。
もう何年もその名前を口にしたことはなかったのに、すんなり出てきたのはこの同窓会ムードのせいだろうか。
「アイツは今アメリカだよ。バスケのプロってやつになっちまったからな。」
「え、そうなの?ウソ、そんなの全然知らなかった!」
「マジで?たまにニュースなんかでもやってるよ。日本人のNBAプレイヤーってことで、ちょいちょい。」
わたしはとことんスポーツに興味が無い。
テレビもあまり見ないので、ニュース関係にも疎い。
…だとしても、元クラスメイトがプロのスポーツ選手になったというのに知らないというのは、ひとえにそれを教えてくれる人脈がなかったということにつきるだろう。
なんだか恥ずかしくなって、いちど立ち上がった長椅子にまたストンと腰を下ろした。
「まあ日本じゃ、バスケットボールの話題なんてあんまり取り上げられねーから。」
そうフォローしてくれる彼の優しさが、今は少し痛い。
乾いた笑いを浮かべながら、
「わたしも帰ろうかな。」
と言ったのは、半分は無意識だった。
「え、帰んの?もう?」
先ほどと逆になってしまったセリフを、今度は水戸くんから聞くことになる。
「うん、なんか戻る気なくした。」
「高橋さんさ、俺に気ィつかってない?」
「ううん、本当にもういいんだ。」
泣きたい気持ちになって、今は一刻も早くこの場所を離れたくなった。
同窓会に何か綺麗なものを期待して来たわけじゃない。
わたしだって披露できるような経歴も、輝きもない。
だけど、実際に高校のメンバーに会って思ったことは、なんだかみんな変わってしまったなあと言うことだった。
本質的な部分は変わっていないのに、今はもうあのころのようにみんなが平等に若くて、平等に夢を持っていられないことが明るみになってしまったようで、
その現実がつきつけられたようで辛かった。
だから唯一変わらない、水戸くんのあの煙草の匂いに、安心したのだ。
「んじゃ、一緒に帰るか。」
学生時代、異性からは決して言われることのなかった言葉を、水戸くんは言ってくれた。
これがお互いに高校生だったならば、水戸くんからその提案を打ち出されることはなかっただろう。
そう考えると、歳を重ねるのも悪くないのかなあとも思えるから、わたしって現金だ。
「うん。」
あくまで自然に、平然とした様子を装って、二つ返事でそう答えた。
わたしは高校時代、この水戸洋平という男の子のことが好きだった。それは友達にも誰にも言ったことのない、わたしの秘めたる片想いだった。
本当に先生達はだれも気づいていないのか、なぜだかわたしがヒヤヒヤした。
そしてどうか、誰も気づきませんようにと願った。
彼が彼でいられる時間がどうか、誰にも阻まれることがありませんようにと。
【ゆるやかに消えていくブルー】
その日は快晴とは言えず、薄暗いグレーな雲をたずさえてやってきた。
懐かしい顔ぶれが、狭い部屋の中で一堂に会している。
そろって手に持っているのは、「湘北高校同窓会のご案内」という文字の書かれたハガキ一枚。
できるかぎりのおめかしをして、久しぶりに会った友達と話すのは、最初はすこしくすぐったかった。
けれども5分とすれば、同じ校舎で過ごしていたあの日々にすっかり引き戻されている自分がいる。
「美奈子、久しぶり。」
「美奈子じゃん!何年ぶり?今、なにしてるの?」
いろんな人にそう何度も声を掛けられた。
わたしには卒業してから、今まで連絡を取り続けていた友人はいなかった。
卒業後は就職や短大へとみな様々な進路だったが、わたしと同じように美術系の大学に進んだ人は誰一人居なかった。
当時はすごい、さすが、だなんて口をそろえて言われたものだが、今のわたしを見ればどうだろうか。
大学を卒業しても、そうそう売れっ子画家になんてなれるわけがなく、今もしがないフリーターの傍ら、作品をつくっては知り合いの画廊にスペースを借りて置かせてもらっている程度だった。
しかしその画廊スペースも、来月から他の人に譲りたいと、切り出されてしまった。
少なからずそこで絵での収入を得ることができていたのに、来月からはそれも無くなってしまう。
途方に暮れるわたしに追い打ちをかけるように、両親からは実家に帰ってこいとの催促。
そんな絶望的ともいえる状況で、この同窓会の日を迎えてしまい、わたしは幾度となく引き返そうかと迷ったのだが、結局来てしまったのだ。
気がついたら当時仲のよかった友人5人で、あの頃のように円をかいて集まっていた。
みな、結婚して子どもがいたり、仕事で役職のあるポジションについたりなど様々だったが、そのどれもが自分よりも遠い上のフィールドに行ってしまったかのように感じて、居心地が悪かった。
いつしか、既婚者は既婚者、キャリアのある子はその子達同士で話が盛り上がっていき、わたしはどんどん居場所がなくなる。
今の状況を話したところで、
「それなら早く結婚しちゃいなよ。」
の一言で片付けられてしまい、わたしの本心とは真逆のアドバイスにただ愛想笑いを浮かべるしかできなかった。
居心地の悪さを感じて、ふらりと会場を抜け出す。
地元の有名なホテルの一室を貸し切った会場の外に出ると、耳に反響する声たちは消え、落ち着いた雰囲気の廊下が広がっていた。
ほっと一息ついていたところで、ふいに後ろから、声を掛けられる。
「あれ、もしかして高橋さん?」
その声を聞いた瞬間に、背筋が奮い立つようだった。
振り返らなくてもわかる、この声は、記憶の中の彼そのものだったから。
「水戸くん。」
「久しぶり、変わんねえなあ。」
そういって笑う顔は、声の通り当時と全く変わっていなくて、安心する。
ボートネックの白シャツに、ジャケットを羽織っている彼は、当時の学ラン姿とは違って時の流れを思わせた。
ラフにかき上げた前髪は、あいかわらずだけどよく似合っていて、年相応の大人な雰囲気を醸し出している。
「水戸くんも来てたんだ。」
「ああ。でもちょっと疲れたから、ここで休憩。」
胸ポケットから取り出した箱をトントンと叩き、口にくわえた煙草に器用に火を付ける。
その動作をじっとみつめていたものだから、水戸くんは照れくさそうにこちらを見た。
「んなジッと見ないでよ。煙草、やめたほうがいい?」
「ううん、大丈夫。わたしも、休憩したいから。」
「高橋さんも喫煙者?」
驚いたように目を丸くするので、わたしは小さく首を振る。
「違うよ。ただ、なんとなく、煙草の匂いを嗅いでると落ち着くんだよね。」
「変わってんね。でも、ちょっとありがたいかも。」
最近は世間も喫煙者に厳しいじゃん?と水戸くん。
彼は知らない。なぜわたしが煙草の匂いが好きなのかを。
口を離してから少し遅れて吐き出される煙をながめながら、絵になるなあと思う。
わたしが高校時代にみていた水戸くんは、こんなふうに横顔ばかりだった気がする。
「美大。」
「えっ。」
「行ったんでしょ?今はやっぱり、そっち系?デザイン系とかさ。」
「あ、うん…。」
いきなり彼から美大の話が出たので、素直に驚いてしまった。
わたしがその道に進んだことなんて、きっと興味も無いと思っていたから、覚えていてくれたことにまずびっくりしたのだ。
「でも、やっぱりそれで食べていけてるってわけじゃないかな。絵は今も描いているけど…そう上手くもいかなくて。」
「そっか。俺、絵のことはよく分かんねーけど、高橋さんの絵はなんか好きだったよ。」
その言葉に、一瞬で胸が跳ねる。
「水戸くん、わたしの絵、見たことあるの?」
「うん。文化祭のとき、美術部で展示してたじゃん。アレ。」
みつめていた横顔が、ふいにこちらを向いたので、そのまま目を反らしてしまった。
うつむいた先に指のささくれを見つけて、それを隠すようにぎゅっと拳の握る。
水戸くんが当時、わたしの展示を見てくれていたとは、思いもしなかった。
ましてや当時の彼が、美術部の展示なんかを見ていたなんて、想像も付かない。
甘く広がった思いが、ぎゅっと胸を締め付ける。
「なんか恥ずかしいな、下手だったし。」
「俺からすりゃ上手かったよ。それにさ、」
ひと呼吸おいて、煙草の先にたまった灰をトントンと灰皿に落とす。
「高橋さんの絵って、なんか悲しそうで好きだった。」
悲しそう…。
そんな風に言われたことは、はじめてだった。
当時展示されていた絵を思い出す。
高校三年生、最後の文化祭で展示されていた絵はたしか、美術室に置かれた石膏像のデッサン画だったはずだ。
当時は絵のなかに何かを見いだすなんて考えたこともなくて、とにかく見たとおりに、姿形をそのまま捉えることに必死で、ただ見て描いただけのつまらない絵だったように思える。
その絵を見て悲しそうと思うだなんて、なんだかわたしの中の認識とは違っていて、戸惑う。
「絵ってさ、見る人の心を映すんだよ。」
「へっ?」
虚を突かれたように、呆けたような声を上げた水戸くんと目が合った。
「なるほど、当時の水戸くんはなにか悲しいことがあったんだねえ。」
いいながら、わたしはニッと笑う。
もしかして、当時失恋したばかりだったとか?
水戸くんは目尻を下げて笑いながら、
「んーまあ、間違ってはないかもな。」
と言った。
やっぱり失恋だったのかな、と心の中で呟く。っていうか、水戸くんでも失恋するんだ?
しているのはずっと過去の話なのに、今ここで起こっていることのように新鮮で、鮮明だった。
気がつくとすでに短くなってしまった煙草を、長椅子のとなりに置かれた灰皿に押しつけると、隣の彼はすっと立ち上がった。
「俺は帰るけど、高橋さんは戻る?」
「えっ、帰るの?もう?」
頭の中では彼と一緒に、同窓会の輪に戻ることを想像してしまっていたから、なんだかすがりつくような言い方になってしまった。
しかし水戸くんの足先は、すでに出口を向いている。
「ちょっと顔出しただけだから。ひととおり挨拶もしたし。」
「そう言えば、桜木くんは?」
ふと、水戸くんが当時クラスで仲のよかった男子の名前を思い出した。
もう何年もその名前を口にしたことはなかったのに、すんなり出てきたのはこの同窓会ムードのせいだろうか。
「アイツは今アメリカだよ。バスケのプロってやつになっちまったからな。」
「え、そうなの?ウソ、そんなの全然知らなかった!」
「マジで?たまにニュースなんかでもやってるよ。日本人のNBAプレイヤーってことで、ちょいちょい。」
わたしはとことんスポーツに興味が無い。
テレビもあまり見ないので、ニュース関係にも疎い。
…だとしても、元クラスメイトがプロのスポーツ選手になったというのに知らないというのは、ひとえにそれを教えてくれる人脈がなかったということにつきるだろう。
なんだか恥ずかしくなって、いちど立ち上がった長椅子にまたストンと腰を下ろした。
「まあ日本じゃ、バスケットボールの話題なんてあんまり取り上げられねーから。」
そうフォローしてくれる彼の優しさが、今は少し痛い。
乾いた笑いを浮かべながら、
「わたしも帰ろうかな。」
と言ったのは、半分は無意識だった。
「え、帰んの?もう?」
先ほどと逆になってしまったセリフを、今度は水戸くんから聞くことになる。
「うん、なんか戻る気なくした。」
「高橋さんさ、俺に気ィつかってない?」
「ううん、本当にもういいんだ。」
泣きたい気持ちになって、今は一刻も早くこの場所を離れたくなった。
同窓会に何か綺麗なものを期待して来たわけじゃない。
わたしだって披露できるような経歴も、輝きもない。
だけど、実際に高校のメンバーに会って思ったことは、なんだかみんな変わってしまったなあと言うことだった。
本質的な部分は変わっていないのに、今はもうあのころのようにみんなが平等に若くて、平等に夢を持っていられないことが明るみになってしまったようで、
その現実がつきつけられたようで辛かった。
だから唯一変わらない、水戸くんのあの煙草の匂いに、安心したのだ。
「んじゃ、一緒に帰るか。」
学生時代、異性からは決して言われることのなかった言葉を、水戸くんは言ってくれた。
これがお互いに高校生だったならば、水戸くんからその提案を打ち出されることはなかっただろう。
そう考えると、歳を重ねるのも悪くないのかなあとも思えるから、わたしって現金だ。
「うん。」
あくまで自然に、平然とした様子を装って、二つ返事でそう答えた。
わたしは高校時代、この水戸洋平という男の子のことが好きだった。それは友達にも誰にも言ったことのない、わたしの秘めたる片想いだった。
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