後ろめたさに揺れて【三井SS】
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「やっほ、三井」
軽い様子で手を上げるわたしを見て、三井の表情が焦りから落胆へと変わっていく。
駅前のこの喫茶店まで、三井を呼び出したのはわたし。
その電話を受けて、急いでここに向かってきたのは三井。
そして今日は、三井が大切にお付き合いしている、恋人の誕生日だ。
名前は麻衣っていったっけか。
どちらにしろ接点のないわたしは、会ったこともない。
「お前…!電話で変な声出すから、焦っただろうが。」
「変な声って?」
「だから、泣きそうな声してただろ…!」
「あぁ…それホコリアレルギーのせいかも。」
ちょうどクシャミした後だったからさ、と続けたところで、ウエイターが注文を聞きに近づいてくる。
しかし三井はなにも頼むことなく、無言でウエイターを帰してしまう。
「心配して来てみりゃ、元気じゃねーかよ。」
「…心配したんだ?」
「そりゃすんだろ。お前の大丈夫は信頼してねーんだよ。」
わたしたちの関係は何かと問われれば、”元恋人”だと答えるほかないだろう。
わたしと三井とは中3の時から付き合っていて、高校もわざわざ同じところを選んで受験するほど仲がよかった。
三井の行きたがっていた、湘北高校に揃って入学したのだ。
しかし入学早々、足の怪我でバスケットから遠のいてしまった三井は、高1の夏ごろから学校をサボりがちになった。
そして他の部活をするわけでもなく、かといって勉学に励むわけでもなく、徐々にガラの悪い連中とつるむようになってしまった。
そんな三井をなんとかバスケット部に戻したくて、当時のわたしはおせっかいばかり焼いていた。
今となっては逆効果だとわかるのに、当時はそれで本当に三井を変えられると自惚れていたのだろう。
彼女ヅラしてさんざん鬱陶しがられたあげく、三井からひどい別れの告げ方をされたわたしは、あろうことかその日の夜、自らの手首を切った。
…もちろん生きているので、自殺未遂ってヤツだ。
運良く(当時は運が悪いと思っていたが…)家族が発見してくれたので、命に別状はなかったのだが、気持ちの面もあるだろうからとしばらく入院することになった。
フラれたショックもあって、結局半年ほど学校を休んでしまい、この間に遅れた勉強を取り戻すのに、わたしはずいぶん苦労したのだが…それはまた別の話だ。
その自殺未遂事件から半年後。
わたしの病室に現れた三井は、長かった髪をバッサリと切っていた。
まさしくそれは、バスケットへ復帰したことの証明でもあった。
三井自身にも色々あって、わたしが入院していることをこの日まで知らずに居たのだとか。
お互いに何をいえばいいのかわからないまま、病室でふたりきりの時間は過ぎる。
そして重そうな口を開いた三井は、こう言ったんだ。
「俺にできることは、なんでもする。」
その言葉に、わたしは今でも甘えている。
恋人同士に戻ることはなくても、三井はわたしを特別扱いする。
それはわたしに恋人ができても、三井に恋人ができても、変わらなかった。
そんな関係が、高校を卒業した今でも続いていた。
「美奈子、今日がなんの日か知ってんだろ。」
「なに?世界平和の日とか?」
テーブルに置かれた拳が、ぴくりと動く。
これは三井が、イライラしているときの癖だ。
わたしは気づかないふりをして、目の前のオレンジジュースを口に含む。
「ちょうど暇だったから、三井に相手して欲しかっただけだよ。ゲーセン行かない?…あ、映画は?わたし、みたいやつあるんだ。」
「今度にしようぜ。」
相変わらず、正面の椅子に腰掛けた三井とは目が合わない。
強く放たれる言葉だけが、先ほどからビシバシとわたしにジャブを打ちつづける。
「俺が今日、なんでここに来たかわかるか?」
「…なんでって、わたしと遊びに?」
「ちげーだろ。お前が泣きそうな声で電話してきて、いますぐ会いたいって言うからだろうがよ。」
「だからそれは、本当に泣きそうだったんじゃなくて…」
「俺はお前が心配なんだよ!!」
今までにない口調で声を荒げられ、戸惑う。
それはいつもどんなワガママにも付き合ってくれた三井から初めて向けられた、怒りにも似た感情だった。
「…今でも怖いんだよ。お前を1人にしておくのが…。」
「…心配してる口調じゃないね。」
「してんだろうがよ。だから今ここにいんだろうが。」
「三井は、わたしのことなんてもう、どうでも良いんだよ。」
そう言った途端に、やっと目線が合った。
その目が怒っているのか、悲しんでいるのか、わたしにはよくわからない。
ただハッキリしているのは、今まで三井の罪悪感を口実にしてきたわたしとの関係が、この瞬間から大きく変わってしまうだろうという事だけだ。
「どうでもいいと思ったことは一回もねぇよ。お前にしてやれることは、今までもして来たつもりだ。」
「…うん。」
「だけどもう、こうやって何でもない時に俺を呼び出すのは、やめてほしい。」
「…」
「誕生日なんだよ今日。…彼女の。」
三井がわたしより彼女を優先したのは、これが初めてだった。
ふつうなら当たり前のことなんだろうけど、わたしにとっては青天の霹靂すぎて、なんだか他人事のように感じてしまう。
本当に、三井が言った言葉?本心なのだろうか?
まるでこの店の中に溢れている、知らない誰かの言葉のような…。
そんな思考に苛まれ、今にもめまいを起こしそうだ。
「彼女の誕生日…だったんだ。」
「…マジで知らなかったのか?…なら、悪ィ。」
いや知っていた。
本当はちゃんと知っていた。
だからわざと今日、三井に電話したんだ。
彼女よりわたしを優先して欲しい。
それを試したかった。
彼女の誕生日と、泣きそうなわたし、どちらを優先するのか知りたかったのだ。
結果はわかりきっていたはずなのに、どこか期待している自分がいた。
わたしが三井の隣に居られる理由は、彼の罪悪感がつづく限りにしかないのだから。
「三井、わたし…」
「なんだよ。」
「…いや、何でもない。彼女のとこ、行ってあげて。」
きっと彼女と約束した時間を引き延ばして、わたしに会いに来てくれたのだろう。
時計を確認すると、ここに現れた時と同じように、急いだ様子で席を立つ。
「悪いな。この埋め合わせは今度、絶対するから。」
「いいよ、はやく行きなよ。」
ストローから上がってくるオレンジジュースは、溶けた氷で薄くなっている。
それでもかまわず、ズズズと音がするまで勢いよく飲み干す。それほどまでに今は、やけに喉が渇いている。
ほとんど水になったそれをすすりながら、三井の背中を見送ると、じんわり視界が滲んできた。
最後にアイツに言いたかった本当の言葉。
電話口で泣きそうに聞こえたっていうのは、クシャミのせいだって言ったけど、それは嘘。
本当に泣きそうだったんだよ、あの時。
三井のことが好きで、どうしてもわすれられなくて、諦められなくて。
だけど三井は彼女のことが好きで、どうしようもなく好きで、大切にしているのが痛いくらいわかるから。
わたしはもう恋人には戻れない。
三井に気持ちがないのは、よく理解している。
だから今のわたしには、三井の気持ちを利用して、やっぱりわたしのほうを優先してくれたんだっていう結果を得る…そんな頭の悪い優越感に浸ることくらいしかできない。
できることならもう少しだけ、彼を困らせていたかったのに。
その間だけはきっと、彼の頭の中はわたしでいっぱいになるはずだから。
「なんだよ…私を一人にするのが怖いなら、そばにいてくれればいいのに…。」
人目も憚らず、そう呟く。
「三井がそばにいてくれればいいのに…。」
幸い店内はざわざわと煩くて、わたしに視線を向ける者は一人もいない。
「ジュース一杯くらい、奢らせてくれたっていいじゃん。」
三井が一度も開かなかったメニュー表を眺めながら、小さく呟く。
その言葉は、店中に響く、気の早いクリスマスソングと雑踏のなかに消えていった。
軽い様子で手を上げるわたしを見て、三井の表情が焦りから落胆へと変わっていく。
駅前のこの喫茶店まで、三井を呼び出したのはわたし。
その電話を受けて、急いでここに向かってきたのは三井。
そして今日は、三井が大切にお付き合いしている、恋人の誕生日だ。
名前は麻衣っていったっけか。
どちらにしろ接点のないわたしは、会ったこともない。
「お前…!電話で変な声出すから、焦っただろうが。」
「変な声って?」
「だから、泣きそうな声してただろ…!」
「あぁ…それホコリアレルギーのせいかも。」
ちょうどクシャミした後だったからさ、と続けたところで、ウエイターが注文を聞きに近づいてくる。
しかし三井はなにも頼むことなく、無言でウエイターを帰してしまう。
「心配して来てみりゃ、元気じゃねーかよ。」
「…心配したんだ?」
「そりゃすんだろ。お前の大丈夫は信頼してねーんだよ。」
わたしたちの関係は何かと問われれば、”元恋人”だと答えるほかないだろう。
わたしと三井とは中3の時から付き合っていて、高校もわざわざ同じところを選んで受験するほど仲がよかった。
三井の行きたがっていた、湘北高校に揃って入学したのだ。
しかし入学早々、足の怪我でバスケットから遠のいてしまった三井は、高1の夏ごろから学校をサボりがちになった。
そして他の部活をするわけでもなく、かといって勉学に励むわけでもなく、徐々にガラの悪い連中とつるむようになってしまった。
そんな三井をなんとかバスケット部に戻したくて、当時のわたしはおせっかいばかり焼いていた。
今となっては逆効果だとわかるのに、当時はそれで本当に三井を変えられると自惚れていたのだろう。
彼女ヅラしてさんざん鬱陶しがられたあげく、三井からひどい別れの告げ方をされたわたしは、あろうことかその日の夜、自らの手首を切った。
…もちろん生きているので、自殺未遂ってヤツだ。
運良く(当時は運が悪いと思っていたが…)家族が発見してくれたので、命に別状はなかったのだが、気持ちの面もあるだろうからとしばらく入院することになった。
フラれたショックもあって、結局半年ほど学校を休んでしまい、この間に遅れた勉強を取り戻すのに、わたしはずいぶん苦労したのだが…それはまた別の話だ。
その自殺未遂事件から半年後。
わたしの病室に現れた三井は、長かった髪をバッサリと切っていた。
まさしくそれは、バスケットへ復帰したことの証明でもあった。
三井自身にも色々あって、わたしが入院していることをこの日まで知らずに居たのだとか。
お互いに何をいえばいいのかわからないまま、病室でふたりきりの時間は過ぎる。
そして重そうな口を開いた三井は、こう言ったんだ。
「俺にできることは、なんでもする。」
その言葉に、わたしは今でも甘えている。
恋人同士に戻ることはなくても、三井はわたしを特別扱いする。
それはわたしに恋人ができても、三井に恋人ができても、変わらなかった。
そんな関係が、高校を卒業した今でも続いていた。
「美奈子、今日がなんの日か知ってんだろ。」
「なに?世界平和の日とか?」
テーブルに置かれた拳が、ぴくりと動く。
これは三井が、イライラしているときの癖だ。
わたしは気づかないふりをして、目の前のオレンジジュースを口に含む。
「ちょうど暇だったから、三井に相手して欲しかっただけだよ。ゲーセン行かない?…あ、映画は?わたし、みたいやつあるんだ。」
「今度にしようぜ。」
相変わらず、正面の椅子に腰掛けた三井とは目が合わない。
強く放たれる言葉だけが、先ほどからビシバシとわたしにジャブを打ちつづける。
「俺が今日、なんでここに来たかわかるか?」
「…なんでって、わたしと遊びに?」
「ちげーだろ。お前が泣きそうな声で電話してきて、いますぐ会いたいって言うからだろうがよ。」
「だからそれは、本当に泣きそうだったんじゃなくて…」
「俺はお前が心配なんだよ!!」
今までにない口調で声を荒げられ、戸惑う。
それはいつもどんなワガママにも付き合ってくれた三井から初めて向けられた、怒りにも似た感情だった。
「…今でも怖いんだよ。お前を1人にしておくのが…。」
「…心配してる口調じゃないね。」
「してんだろうがよ。だから今ここにいんだろうが。」
「三井は、わたしのことなんてもう、どうでも良いんだよ。」
そう言った途端に、やっと目線が合った。
その目が怒っているのか、悲しんでいるのか、わたしにはよくわからない。
ただハッキリしているのは、今まで三井の罪悪感を口実にしてきたわたしとの関係が、この瞬間から大きく変わってしまうだろうという事だけだ。
「どうでもいいと思ったことは一回もねぇよ。お前にしてやれることは、今までもして来たつもりだ。」
「…うん。」
「だけどもう、こうやって何でもない時に俺を呼び出すのは、やめてほしい。」
「…」
「誕生日なんだよ今日。…彼女の。」
三井がわたしより彼女を優先したのは、これが初めてだった。
ふつうなら当たり前のことなんだろうけど、わたしにとっては青天の霹靂すぎて、なんだか他人事のように感じてしまう。
本当に、三井が言った言葉?本心なのだろうか?
まるでこの店の中に溢れている、知らない誰かの言葉のような…。
そんな思考に苛まれ、今にもめまいを起こしそうだ。
「彼女の誕生日…だったんだ。」
「…マジで知らなかったのか?…なら、悪ィ。」
いや知っていた。
本当はちゃんと知っていた。
だからわざと今日、三井に電話したんだ。
彼女よりわたしを優先して欲しい。
それを試したかった。
彼女の誕生日と、泣きそうなわたし、どちらを優先するのか知りたかったのだ。
結果はわかりきっていたはずなのに、どこか期待している自分がいた。
わたしが三井の隣に居られる理由は、彼の罪悪感がつづく限りにしかないのだから。
「三井、わたし…」
「なんだよ。」
「…いや、何でもない。彼女のとこ、行ってあげて。」
きっと彼女と約束した時間を引き延ばして、わたしに会いに来てくれたのだろう。
時計を確認すると、ここに現れた時と同じように、急いだ様子で席を立つ。
「悪いな。この埋め合わせは今度、絶対するから。」
「いいよ、はやく行きなよ。」
ストローから上がってくるオレンジジュースは、溶けた氷で薄くなっている。
それでもかまわず、ズズズと音がするまで勢いよく飲み干す。それほどまでに今は、やけに喉が渇いている。
ほとんど水になったそれをすすりながら、三井の背中を見送ると、じんわり視界が滲んできた。
最後にアイツに言いたかった本当の言葉。
電話口で泣きそうに聞こえたっていうのは、クシャミのせいだって言ったけど、それは嘘。
本当に泣きそうだったんだよ、あの時。
三井のことが好きで、どうしてもわすれられなくて、諦められなくて。
だけど三井は彼女のことが好きで、どうしようもなく好きで、大切にしているのが痛いくらいわかるから。
わたしはもう恋人には戻れない。
三井に気持ちがないのは、よく理解している。
だから今のわたしには、三井の気持ちを利用して、やっぱりわたしのほうを優先してくれたんだっていう結果を得る…そんな頭の悪い優越感に浸ることくらいしかできない。
できることならもう少しだけ、彼を困らせていたかったのに。
その間だけはきっと、彼の頭の中はわたしでいっぱいになるはずだから。
「なんだよ…私を一人にするのが怖いなら、そばにいてくれればいいのに…。」
人目も憚らず、そう呟く。
「三井がそばにいてくれればいいのに…。」
幸い店内はざわざわと煩くて、わたしに視線を向ける者は一人もいない。
「ジュース一杯くらい、奢らせてくれたっていいじゃん。」
三井が一度も開かなかったメニュー表を眺めながら、小さく呟く。
その言葉は、店中に響く、気の早いクリスマスソングと雑踏のなかに消えていった。
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