甘酸っぱい【桜木SS】
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「何泣いてんだ?お前。」
「は、花道…!なんでここに、いんの?」
ひょいと覗き込み、わたしの頭上に大きな影を落としたのは、幼馴染で犬猿の仲の桜木花道だった。
今は音楽の授業中。
わたしはそれをまともに受ける気持ちになれず、こっそり抜け出してこの体育館裏でサボっているというのに、なんでこいつがここにいるんだろう。
誰かが来るのは仕方ないにしても、よりにもよって、なんでこの桜木花道なのよ…。
わたしは人目も憚らず流していた涙と鼻水を、ぐずっと制服の袖でぬぐう。
「うるせー!元々ここは、この天才の特等席なんだよ。どけどけ!」
しっしと手を払い、乱暴にわたしの場所を奪ったこの男は、大きな体をどしりとそこに下ろした。
「ちょっ…ここはわたしの定位置なのよ。あんたこそ退きなさいよ。」
睨みつけるも、残念ながら本当に彼を退かせるほどの力も精神力も、いまは持ち合わせていない。
なのでただ睨みつけることしかできない。渾身の憎しみを込めて。
「んで、なんでそんな泣いてんだよお前は…。汚ねー顔が余計汚なくなってんだよ。」
「…うるさいしね。」
「んだとコラ!」
がるる、と犬のように牙を剥く花道見ていると、本当に馬鹿だなぁと思う。
わたしたちは住んでいる家が近く、物心ついた頃からこんなふうに小さなことで喧嘩して、張り合ってきた。
それは花道が中学に入って、少し強面な友達と付き合い始めてからも変わらずで…。
腐れ縁もこじれにこじれ、ついに高校まで一緒になってしまったのだ。
やっと花の女子高生になったというのに、この幼馴染とのやりとりは相変わらずで、つくづく落胆する。
なんだか落ち込んでいた自分がちっぽけに思えてきて、笑えてきた。
この際、この馬鹿に全て話してみようかという気持ちになる。
それもこれも、今は少し心が弱っているからなのかもしれない。
「音楽の、田中先生。」
「あ?」
「結婚したらしい。」
「で?」
「…それで、落ち込んでた。マジで憧れてたから。」
わたしが言い終わった後、しばらく妙な沈黙が続く。
花道のことだから、絶対にひいひい笑い転げながら馬鹿にしてくると思っていたのに、待てど待てど一向にその笑いは飛んでこなかった。
さすがに居心地が悪くなり、ちらりと奴を横目に見るも、意外にも真剣な顔できいていたので拍子抜けした。
「そーか。」
短く、相槌を打つ。
なんだよ、なんで笑わないわけ。アンタそんな奴じゃないでしょ。どうせならトコトン馬鹿にされて、笑い飛ばされたほうがマシだったのに。
「なんで笑わないわけ?センコーにマジで惚れてたのかよ!とでも言いそうじゃん、いつものアンタなら。らしくない。」
「だってよ、泣くほど好きだったんだろ?んなの、笑えるわけねーだろうが。」
意外にも真剣な視線が、わたしを捉える。
そうか、こいつはこう見えても、多くの失恋を経験してきた男だった。
そして今も、別の男子を好きでいる女の子に、一途に片想いしている。
むやみに人の失恋を笑うような男ではなかったのだ。
わたしは少しだけ、申し訳ない気持ちになった。
普段なら絶対にそんな事思わないのに、それもこれもやっぱり失恋で心が弱っているせいだ。
「おら。」
急にズボンのポケットに手を突っ込んだかと思うと、取り出したのは袋がしわくちゃになった飴玉ひとつ。
それを乱暴に、わたしの膝の上へと投げた。
「何これ。」
「飴。」
「だから、なんで。ってかいつの飴よ、これ。絶対一回洗濯したでしょ。」
「な!な訳ねーだろ!…昨日かおとといに、高宮にもらったんだよ。」
俯きながら照れくさそうに、そのキレイにセットされたリーゼントを手でくしゃくしゃとかいた。
飴のパッケージはその髪の毛と同じような赤色をしていて、有名な和服の女の子の横顔がプリントされている。
『甘酸っぱさは、恋の味』という文章と共に…。
食べなくてもわかる、これは梅味のキャンディだ。
「…女は甘いもん食べれば元気になるって、誰かが言ってた気がする。」
そうぶっきらぼうに言う口元は、優しくすることに戸惑うように大きくへの字に曲がっている。
そんな顔をしてまで、このわたしを慰めようとするなんて、よっぽど失恋した人の気持ちがわかると見える。
…気づかなかったな、こいつにこんな良い一面があったなんて。
「…わたしのこと、女だと思ってたんだ。」
「馬鹿か。男か女かっていえば女だってだけの話だろーが。自惚れんな。」
「誰が自惚れるか。っつーかこれ、全然甘くないから。酸っぱいやつだから。逆に心に沁みてくるわ!」
「え、甘くねーのか?コレ。」
食べたことがないのか、本当に甘い飴だと思っていたらしい。
驚いたように、その目をまるく見開く。
「んじゃ返せ!」
「いい、食べるから。」
取り返そうとする手をするりとかわして、わたしはその小さな飴玉を口に入れた。
入れた途端にじゅわっと酸っぱさが広がって、予想どおり唾液がたくさん出てくる。その後に少しだけ、甘さがやってくる。
まるでわたしの、今の気持ちと同じように、甘酸っぱい。
「別に無理して食わなくてもよかったのによ。」
ぶつぶつと悪態をつくこの幼馴染を横目に、先ほどよりも確実に明るい気持ちになっている自分に気づく。
不思議だ。
いつもは顔を合わせれば言い争いをしているのに、こんな時にこいつがいてくれてよかったと思うなんて。
「ありがとう、花道。」
「あ?」
「わたしよりたくさん失恋しててくれて。」
ふぬー!と目を釣り上げて、何か反論したそうな花道を残し、勢いよく立ち上がる。
スカートについた土を勢いよく払うと、それより下の目線にいる花道がゴホゴホと咳払いをした。
「チャイム鳴るし、わたし行くわ。」
「待てコラ、言い逃げすんな!」
後ろで憤慨する声を聞きながらも、振り返らずに校舎に向かって歩き出す。
このニヤけてしまっている顔を、これ以上あいつに見せるわけにはいかないから。
小さな飴玉を、口の中で転がす。
コロコロと歯に当たる小気味いい音と共に、薄くなった飴の膜が割れて、中からトロトロとした梅ペーストが溢れてくる。
それは酸っぱいはずなのに、なぜだかひどく甘く感じた。
「は、花道…!なんでここに、いんの?」
ひょいと覗き込み、わたしの頭上に大きな影を落としたのは、幼馴染で犬猿の仲の桜木花道だった。
今は音楽の授業中。
わたしはそれをまともに受ける気持ちになれず、こっそり抜け出してこの体育館裏でサボっているというのに、なんでこいつがここにいるんだろう。
誰かが来るのは仕方ないにしても、よりにもよって、なんでこの桜木花道なのよ…。
わたしは人目も憚らず流していた涙と鼻水を、ぐずっと制服の袖でぬぐう。
「うるせー!元々ここは、この天才の特等席なんだよ。どけどけ!」
しっしと手を払い、乱暴にわたしの場所を奪ったこの男は、大きな体をどしりとそこに下ろした。
「ちょっ…ここはわたしの定位置なのよ。あんたこそ退きなさいよ。」
睨みつけるも、残念ながら本当に彼を退かせるほどの力も精神力も、いまは持ち合わせていない。
なのでただ睨みつけることしかできない。渾身の憎しみを込めて。
「んで、なんでそんな泣いてんだよお前は…。汚ねー顔が余計汚なくなってんだよ。」
「…うるさいしね。」
「んだとコラ!」
がるる、と犬のように牙を剥く花道見ていると、本当に馬鹿だなぁと思う。
わたしたちは住んでいる家が近く、物心ついた頃からこんなふうに小さなことで喧嘩して、張り合ってきた。
それは花道が中学に入って、少し強面な友達と付き合い始めてからも変わらずで…。
腐れ縁もこじれにこじれ、ついに高校まで一緒になってしまったのだ。
やっと花の女子高生になったというのに、この幼馴染とのやりとりは相変わらずで、つくづく落胆する。
なんだか落ち込んでいた自分がちっぽけに思えてきて、笑えてきた。
この際、この馬鹿に全て話してみようかという気持ちになる。
それもこれも、今は少し心が弱っているからなのかもしれない。
「音楽の、田中先生。」
「あ?」
「結婚したらしい。」
「で?」
「…それで、落ち込んでた。マジで憧れてたから。」
わたしが言い終わった後、しばらく妙な沈黙が続く。
花道のことだから、絶対にひいひい笑い転げながら馬鹿にしてくると思っていたのに、待てど待てど一向にその笑いは飛んでこなかった。
さすがに居心地が悪くなり、ちらりと奴を横目に見るも、意外にも真剣な顔できいていたので拍子抜けした。
「そーか。」
短く、相槌を打つ。
なんだよ、なんで笑わないわけ。アンタそんな奴じゃないでしょ。どうせならトコトン馬鹿にされて、笑い飛ばされたほうがマシだったのに。
「なんで笑わないわけ?センコーにマジで惚れてたのかよ!とでも言いそうじゃん、いつものアンタなら。らしくない。」
「だってよ、泣くほど好きだったんだろ?んなの、笑えるわけねーだろうが。」
意外にも真剣な視線が、わたしを捉える。
そうか、こいつはこう見えても、多くの失恋を経験してきた男だった。
そして今も、別の男子を好きでいる女の子に、一途に片想いしている。
むやみに人の失恋を笑うような男ではなかったのだ。
わたしは少しだけ、申し訳ない気持ちになった。
普段なら絶対にそんな事思わないのに、それもこれもやっぱり失恋で心が弱っているせいだ。
「おら。」
急にズボンのポケットに手を突っ込んだかと思うと、取り出したのは袋がしわくちゃになった飴玉ひとつ。
それを乱暴に、わたしの膝の上へと投げた。
「何これ。」
「飴。」
「だから、なんで。ってかいつの飴よ、これ。絶対一回洗濯したでしょ。」
「な!な訳ねーだろ!…昨日かおとといに、高宮にもらったんだよ。」
俯きながら照れくさそうに、そのキレイにセットされたリーゼントを手でくしゃくしゃとかいた。
飴のパッケージはその髪の毛と同じような赤色をしていて、有名な和服の女の子の横顔がプリントされている。
『甘酸っぱさは、恋の味』という文章と共に…。
食べなくてもわかる、これは梅味のキャンディだ。
「…女は甘いもん食べれば元気になるって、誰かが言ってた気がする。」
そうぶっきらぼうに言う口元は、優しくすることに戸惑うように大きくへの字に曲がっている。
そんな顔をしてまで、このわたしを慰めようとするなんて、よっぽど失恋した人の気持ちがわかると見える。
…気づかなかったな、こいつにこんな良い一面があったなんて。
「…わたしのこと、女だと思ってたんだ。」
「馬鹿か。男か女かっていえば女だってだけの話だろーが。自惚れんな。」
「誰が自惚れるか。っつーかこれ、全然甘くないから。酸っぱいやつだから。逆に心に沁みてくるわ!」
「え、甘くねーのか?コレ。」
食べたことがないのか、本当に甘い飴だと思っていたらしい。
驚いたように、その目をまるく見開く。
「んじゃ返せ!」
「いい、食べるから。」
取り返そうとする手をするりとかわして、わたしはその小さな飴玉を口に入れた。
入れた途端にじゅわっと酸っぱさが広がって、予想どおり唾液がたくさん出てくる。その後に少しだけ、甘さがやってくる。
まるでわたしの、今の気持ちと同じように、甘酸っぱい。
「別に無理して食わなくてもよかったのによ。」
ぶつぶつと悪態をつくこの幼馴染を横目に、先ほどよりも確実に明るい気持ちになっている自分に気づく。
不思議だ。
いつもは顔を合わせれば言い争いをしているのに、こんな時にこいつがいてくれてよかったと思うなんて。
「ありがとう、花道。」
「あ?」
「わたしよりたくさん失恋しててくれて。」
ふぬー!と目を釣り上げて、何か反論したそうな花道を残し、勢いよく立ち上がる。
スカートについた土を勢いよく払うと、それより下の目線にいる花道がゴホゴホと咳払いをした。
「チャイム鳴るし、わたし行くわ。」
「待てコラ、言い逃げすんな!」
後ろで憤慨する声を聞きながらも、振り返らずに校舎に向かって歩き出す。
このニヤけてしまっている顔を、これ以上あいつに見せるわけにはいかないから。
小さな飴玉を、口の中で転がす。
コロコロと歯に当たる小気味いい音と共に、薄くなった飴の膜が割れて、中からトロトロとした梅ペーストが溢れてくる。
それは酸っぱいはずなのに、なぜだかひどく甘く感じた。
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