幼さのはなむけに【木暮SS】
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この時期になると、なぜか毎年そわそわしてしまうのは、クラス替えのせいなのか、それともひと学年上がることへの不安なのか。
高校2年生の春休み。
バスケットボール部に所属するわたしは、今日も練習を終え、家でお風呂に入り、自室のベッドでなにげなくSNSを開いたところだった。
そこで目に飛び込んできた文字に、心臓が跳ねた。
「え…?」
部のメンバー同士で繋がったSNS。
そこにはビックニュース!という文字と共に、バスケ部の顧問である先生が、別の高校に転任するというウワサが綴られていた。
「木暮先生が…転任?」
口から発したその言葉に、受け入れ難い内容が現実味を帯びて降りかかってくる。
私はバスケ部の顧問である木暮先生に、ずっと片思いしていたのだ。
部の誰にも言ったことはない。
ただ心の中に秘めていた。
その大好きな先生が、4月からはいない…。
それは想像もしていないことだった。
高校、大学とバスケをしていたという先生の担当教科は、現代国語と古文だ。
そして同時に、わたしのクラス担任でもあった。
1年生のときも、バスケ部を通して縁があったものの、ハッキリと恋心に気づいたのは、今年の夏に出た県大会だった。
わたしたちは特別強いチームではない。
県内でも毎年、成績はそこそこだし、強豪校としてバスケットに力を入れているわけでもない。部員も少ない。
だけど木暮先生はいつもわたしたちを褒めてくれ、熱心に指導してくれた。
その熱意が伝わってか、今年わたしたちは県大会まで残ることができたのだが…決勝戦であえなく敗北した。
その時誰より泣いてくれたのは、木暮先生だった。
その涙を見た時から、わたしは木暮先生に心を奪われていたんだと思う。
誰かのために涙を流す、その綺麗すぎる涙に。
わたしは、電話帳のなかから木暮公延の名前を探した。
まだ一度も押したことのない番号だ。
それを押す指は、小刻みに震えていた。
「もしもし?」
こんな時間にも関わらず、ワンコールで電話が繋がる。
「あの、先生ですか?」
「あぁ、高橋か。どうした?」
落ち着いていてやさしい、いつものトーンだった。
「先生、あの、来年度移動になるって…っ」
一息で言い切ったので、最後の方はつづかなくて呼吸が苦しくなる。
「うーん…。人事のことは、発表前に言えないんだけどな。」
「はい。」
「どこから流れてる噂なんだろうな、ははっ。」
「…はい…。」
自分から電話をかけたくせに、先生の言葉を待っているなんてずるいと思ったが、返事をするしかできなかった。
はっきりと否定も肯定もしない先生は、終始困った様に笑っている。
先生を困らせている。わたしが一番したくないことだったはずなのに。
だけど、この電話をかけた時点ですでに彼を困らせているのはわかっている。
「先生、今時間ありますか?」
「うん、いいよ。」
「八里ヶ浜海岸まで、来れますか?待ってますから。」
「え?」
「先生が来なくても、待ってます。」
「ちょ、ちょっと高橋…っ」
そのまま先生の言葉を遮り、通話終了ボタンを押す。
今まで優等生で通っていたわたしの、初めての暴挙だった。
何も考えず、ハンガーからおもむろに薄いグレーのダッフルコートを手にする。
適当な部屋着の上にそれを羽織り、自転車にまたがる。
幸い家族はみんなリビングに集まっていて、わたしの外出に気づくものはいない。
海岸までの間、いろいろなことを考えた。
木暮先生と過ごした、2年生の教室。
ホームルームで朝夕、毎日会えることが嬉しかった。
そして部活になると、いつも部員たちに一声かけてくれる。
そんなに熱心に部活にきてくれる顧問なんて、この学校にはそういないのに。
試合の日は、私たちと同じように高校のロゴが入ったジャージを着てくれていたことが嬉しかった。
移動のバスでたまたま近くの席に座ってドキドキしたっけ。
その時なにげない会話をして、先生が好きだと教えてくれたバンドのCDは、わたしとはすこし世代が違っていたけど…。
どうしても聞きたくてレンタルショップで探した。
今その曲のフレーズが、何度も頭に思い浮かぶ。
海の音が聞こえる海岸の駐車場に着くと、街灯の下に先生のシルエットが浮かんでいる。
遠くからでもわかってしまうほど、わたしはいつも学校で先生の影を追っていた。
「高橋?」
「先生…」
自転車のストッパーを下ろしていると、ツカツカと先生が近づいてくる。
「ダメだろ、こんな時間に家出てきたら。」
「だって、先生、来年はいないって…転任するってきいて…それで、会って話さなきゃって…」
きちんと整理して言おうと思った言葉は、涙にかき消されてボロボロとこぼれ落ちていった。
きっと叱ろうとしたはずの先生は、わたしの涙をみると一呼吸おいて、深く長いため息をついた。
「…もっと後で、みんなにはちゃんと言うつもりだったんだよ。」
そう言う先生は、もういつもの穏やかな表情で微笑んでいる。
「ていう事は、やっぱり本当に、転任するんですか?」
わたしの言葉に、今度はハッキリと頷く。
本当は直接会って、嘘だと言って欲しかったのだ。
その希望が、一瞬にして消えてしまった。
喪失感とともに、街灯の外の暗闇がいっそう存在感を増した気がした。
それでもなんとか涙を堪え、感謝の言葉を繋ぐ。
「…ありがとうございました。先生のおかげで、バスケが大好きになりました。」
「…うん、そういってもらえると嬉しい。」
最初は正直、そんなにバスケが好きじゃなかった。
ただなんとなく、中学からの惰性で入部したにすぎない。
だけど今のわたしがあるのは、紛れもなく木暮先生のおかげだ。
「お前らは強いチームになるよ。初任の学校でバスケ部の顧問になって、お前らの代と出会えて、俺は本当に楽しかった。来年からは一緒に居られなくても…応援してるよ、ずっと。」
「はい。…先生が、大好きです。」
「俺も、お前たちが大好きだよ。」
本当は半分、告白を込めて放った言葉も、先生には届かない。
だけどそれでもよかった。
言えてよかった、目を見て直接、先生に。
「じゃあ、握手してお別れしようか。」
迷いなく差し出された手に、わたしは少しだけ躊躇した。
ワガママと思われてもいい。この道中、ずっと考えていたことを言ってみる。
「握手じゃなくて、ハグにしてください。」
「…うん。」
てっきり断られると思っていたのに、気づいた時には目の前のトレンチコートが、わたしの顔のそばまで近付いていた。
ふわりと大きな腕に抱かれて、先生の匂いに包まれる。
今までどこか遠くにいると思っていた先生に、強く男性というものを感じた。
大人の男の人って、こんな感じなのか…。
暖かくて、ドキドキするのに、なぜか落ち着く。
その腕の余韻に浸っている暇もなく、すっと体を剥がされる。
「じゃあ、気をつけて帰りなさい。」
「…はい。」
わたしは涙目のまま、来た時と同じように自転車に乗る。
先生は、わたしの姿が見えなくなるまで、街灯の下で見送ってくれた。
わたしはその帰り道、バカみたいに泣いた。
夜中の住宅街にその声がこだましたって、何一つ恥ずかしくなかった。
先生への恋心だなんて、大人が聞いたら笑うだろうか。
だけどそれが若さゆえの間違いだったと言われれば、わたしはきっと幾つになってもそれを否定するだろう。
たまたま好きになった人が、木暮先生だった。
そしてこの恋を乗り越えられた時、わたしはもうすこしだけ大人になれるような、そんな気がしている。
高校2年生の春休み。
バスケットボール部に所属するわたしは、今日も練習を終え、家でお風呂に入り、自室のベッドでなにげなくSNSを開いたところだった。
そこで目に飛び込んできた文字に、心臓が跳ねた。
「え…?」
部のメンバー同士で繋がったSNS。
そこにはビックニュース!という文字と共に、バスケ部の顧問である先生が、別の高校に転任するというウワサが綴られていた。
「木暮先生が…転任?」
口から発したその言葉に、受け入れ難い内容が現実味を帯びて降りかかってくる。
私はバスケ部の顧問である木暮先生に、ずっと片思いしていたのだ。
部の誰にも言ったことはない。
ただ心の中に秘めていた。
その大好きな先生が、4月からはいない…。
それは想像もしていないことだった。
高校、大学とバスケをしていたという先生の担当教科は、現代国語と古文だ。
そして同時に、わたしのクラス担任でもあった。
1年生のときも、バスケ部を通して縁があったものの、ハッキリと恋心に気づいたのは、今年の夏に出た県大会だった。
わたしたちは特別強いチームではない。
県内でも毎年、成績はそこそこだし、強豪校としてバスケットに力を入れているわけでもない。部員も少ない。
だけど木暮先生はいつもわたしたちを褒めてくれ、熱心に指導してくれた。
その熱意が伝わってか、今年わたしたちは県大会まで残ることができたのだが…決勝戦であえなく敗北した。
その時誰より泣いてくれたのは、木暮先生だった。
その涙を見た時から、わたしは木暮先生に心を奪われていたんだと思う。
誰かのために涙を流す、その綺麗すぎる涙に。
わたしは、電話帳のなかから木暮公延の名前を探した。
まだ一度も押したことのない番号だ。
それを押す指は、小刻みに震えていた。
「もしもし?」
こんな時間にも関わらず、ワンコールで電話が繋がる。
「あの、先生ですか?」
「あぁ、高橋か。どうした?」
落ち着いていてやさしい、いつものトーンだった。
「先生、あの、来年度移動になるって…っ」
一息で言い切ったので、最後の方はつづかなくて呼吸が苦しくなる。
「うーん…。人事のことは、発表前に言えないんだけどな。」
「はい。」
「どこから流れてる噂なんだろうな、ははっ。」
「…はい…。」
自分から電話をかけたくせに、先生の言葉を待っているなんてずるいと思ったが、返事をするしかできなかった。
はっきりと否定も肯定もしない先生は、終始困った様に笑っている。
先生を困らせている。わたしが一番したくないことだったはずなのに。
だけど、この電話をかけた時点ですでに彼を困らせているのはわかっている。
「先生、今時間ありますか?」
「うん、いいよ。」
「八里ヶ浜海岸まで、来れますか?待ってますから。」
「え?」
「先生が来なくても、待ってます。」
「ちょ、ちょっと高橋…っ」
そのまま先生の言葉を遮り、通話終了ボタンを押す。
今まで優等生で通っていたわたしの、初めての暴挙だった。
何も考えず、ハンガーからおもむろに薄いグレーのダッフルコートを手にする。
適当な部屋着の上にそれを羽織り、自転車にまたがる。
幸い家族はみんなリビングに集まっていて、わたしの外出に気づくものはいない。
海岸までの間、いろいろなことを考えた。
木暮先生と過ごした、2年生の教室。
ホームルームで朝夕、毎日会えることが嬉しかった。
そして部活になると、いつも部員たちに一声かけてくれる。
そんなに熱心に部活にきてくれる顧問なんて、この学校にはそういないのに。
試合の日は、私たちと同じように高校のロゴが入ったジャージを着てくれていたことが嬉しかった。
移動のバスでたまたま近くの席に座ってドキドキしたっけ。
その時なにげない会話をして、先生が好きだと教えてくれたバンドのCDは、わたしとはすこし世代が違っていたけど…。
どうしても聞きたくてレンタルショップで探した。
今その曲のフレーズが、何度も頭に思い浮かぶ。
海の音が聞こえる海岸の駐車場に着くと、街灯の下に先生のシルエットが浮かんでいる。
遠くからでもわかってしまうほど、わたしはいつも学校で先生の影を追っていた。
「高橋?」
「先生…」
自転車のストッパーを下ろしていると、ツカツカと先生が近づいてくる。
「ダメだろ、こんな時間に家出てきたら。」
「だって、先生、来年はいないって…転任するってきいて…それで、会って話さなきゃって…」
きちんと整理して言おうと思った言葉は、涙にかき消されてボロボロとこぼれ落ちていった。
きっと叱ろうとしたはずの先生は、わたしの涙をみると一呼吸おいて、深く長いため息をついた。
「…もっと後で、みんなにはちゃんと言うつもりだったんだよ。」
そう言う先生は、もういつもの穏やかな表情で微笑んでいる。
「ていう事は、やっぱり本当に、転任するんですか?」
わたしの言葉に、今度はハッキリと頷く。
本当は直接会って、嘘だと言って欲しかったのだ。
その希望が、一瞬にして消えてしまった。
喪失感とともに、街灯の外の暗闇がいっそう存在感を増した気がした。
それでもなんとか涙を堪え、感謝の言葉を繋ぐ。
「…ありがとうございました。先生のおかげで、バスケが大好きになりました。」
「…うん、そういってもらえると嬉しい。」
最初は正直、そんなにバスケが好きじゃなかった。
ただなんとなく、中学からの惰性で入部したにすぎない。
だけど今のわたしがあるのは、紛れもなく木暮先生のおかげだ。
「お前らは強いチームになるよ。初任の学校でバスケ部の顧問になって、お前らの代と出会えて、俺は本当に楽しかった。来年からは一緒に居られなくても…応援してるよ、ずっと。」
「はい。…先生が、大好きです。」
「俺も、お前たちが大好きだよ。」
本当は半分、告白を込めて放った言葉も、先生には届かない。
だけどそれでもよかった。
言えてよかった、目を見て直接、先生に。
「じゃあ、握手してお別れしようか。」
迷いなく差し出された手に、わたしは少しだけ躊躇した。
ワガママと思われてもいい。この道中、ずっと考えていたことを言ってみる。
「握手じゃなくて、ハグにしてください。」
「…うん。」
てっきり断られると思っていたのに、気づいた時には目の前のトレンチコートが、わたしの顔のそばまで近付いていた。
ふわりと大きな腕に抱かれて、先生の匂いに包まれる。
今までどこか遠くにいると思っていた先生に、強く男性というものを感じた。
大人の男の人って、こんな感じなのか…。
暖かくて、ドキドキするのに、なぜか落ち着く。
その腕の余韻に浸っている暇もなく、すっと体を剥がされる。
「じゃあ、気をつけて帰りなさい。」
「…はい。」
わたしは涙目のまま、来た時と同じように自転車に乗る。
先生は、わたしの姿が見えなくなるまで、街灯の下で見送ってくれた。
わたしはその帰り道、バカみたいに泣いた。
夜中の住宅街にその声がこだましたって、何一つ恥ずかしくなかった。
先生への恋心だなんて、大人が聞いたら笑うだろうか。
だけどそれが若さゆえの間違いだったと言われれば、わたしはきっと幾つになってもそれを否定するだろう。
たまたま好きになった人が、木暮先生だった。
そしてこの恋を乗り越えられた時、わたしはもうすこしだけ大人になれるような、そんな気がしている。
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