その少女は夢をみる【水戸】
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「洋兄、最近なんで花道来ないの?」
リビングのソファに寝転がり、ファッション誌を読みながら、我が妹はつまらなさそうに頬を膨らませた。
バイトから兄貴が帰ってきての第一声が、おかえりでもおつかれさまでもなく、まさか俺のダチの事だとは。
雑誌なんかで流行ばかり追うのはいいが、ちっとは勉強もして欲しいと、自分のことは棚に上げながらも思う。
最近の美奈子は特にそうだ。
中3のくせに化粧なんかするし、今も冬だというのに太ももまでの短いパンツを穿いて、ゆらゆら足を揺らしている。
これが妹じゃなくて別の女の子なら悪い気はしないが、家族ともなるとまるで話が違う。見たくもないものを見せられて、こちらも辟易している。
そして言うことがなんだよ、花道がどうしたって?
マセガキといわずしてどう呼べばいいんだろうか。この妹のことを。
「花道ィ?お前、ちょっと前まで大楠くんカッコイイ―とか言ってなかったっけ?んで、その前は野間だ。」
「うっさいな。今は花道なの。ね、なんで最近ウチに来ないのかって聞いてんだけど。」
うちの妹は昔っからマセている。
小さい頃から俺のダチに片っ端から目を付けては、好きになっただのなんだのと喚いている。
同学年の女子達と同じように、アイドルのおっかけでもしていればいいものを。
なによりいつも好きになるのは、俺と同学年の年上ばかりだ。
たまにはクラスの男どもにも目を向けろよ、と言ってやりたくなる。俺のダチにばっか惚れていないでさ。
正直、俺の妹は美人の部類に入る…と、家族であることを差し引いてもそう思う。
中1とか中2の頃なら、会う度に好きだと言われても、みんな「洋平の妹かわいいじゃん。」くらいの、子どもが何か言ってんなあ、くらいの認識だったのだが、
ここ最近の美奈子を男に会わせるのは、友達だと言っても気が引ける。
大楠なんて会う度に好きだと言われ続け、「美奈子ちゃんとマジで付き合っちゃおうかな?」なんて言うから、全力でやめておけと止めたばかりだったのに。
それなのに、今度は花道かよ。マセガキの新たなターゲットは…。
「アイツは今部活で忙しいんだよ。俺も放課後は、そんなに会ってねえ。」
「え?部活って?なんの?聞いてない!」
「…バスケだよ。」
しぶしぶ告げると、目をキラキラと輝かせた美奈子が、ソファから勢いをつけ起き上がった。
そして食い気味に、花道について根掘り葉掘り聞いてくる。
「バスケ!?なんで?前からやってたの?」
「いや、高校入ってから始めたんだよ。」
「背え高いもんね!似合うんだろうなあ~。すごい!カッコイイ!」
「まあ…否定はしねーけど。」
そして次に続く言葉は、きっとコレだ。
「わたし、試合見に行きたい!」
…やっぱりね。
「へいへい、考えとくよ。」
「洋兄、約束して。わたし絶対に花道のバスケ応援しに行く!」
「途中退場しなけりゃ、最後まで見れると思うぜ。」
「退場って?」
「ハハ…俺には未来が見えた。お前は試合を見たその日に流川に一目惚れして、そのままファンクラブに入るだろーぜ。」
ハッキリと試合の約束はせずに、いつもの調子で濁しておく。
どうせ数日後には、別の誰かを好きになっているさ。
まったく、こうもミーハーな妹を持つと苦労が耐えない。
くるくると好きな対象が変わっていくのに、毎回俺がその相談に乗らされているのだから。
ふいに聞き慣れた電子音が、リビング中に鳴り響く。
うちの固定電話の音だ。イッツアスモールワールド。なぜかうちの電話の音は、昔からこれと決まっている。
「はい、水戸です…って、花道か。なんだよ?」
受話器の向こうから聞こえてきた声は、めずらしく花道のものだった。
この時間だし、さすがに部活は終わっているか。
返事を待つ間にも、背後でキラリと光る女の視線が、俺の背中をチクチクと刺す。
『洋平?今暇か?』
「ああ。今ちょうど帰ったとこだけど?」
『んじゃちょーどよかった!パチンコで勝ったんだよ。だから前に金借りてた分、今からメシおごるから来いよ。』
気づくと、受話器ごしの会話をききたいがために、耳のすぐそばまで美奈子が接近している。
その重圧を感じつつも、なんとか断る方向に持っていきたい。今は、タイミングが悪い。
「あー、俺腹一杯だからさ、また今度…」
「いくいく!いきまーす!ねぇ、どこに集まる?」
断ろうとした瞬間に、俺から強引に受話器を取り上げた美奈子が、まくしたてるように返事をしていた。
『おお、その声は美奈子か?』
「そうだよ。花道久しぶり。」
『確かに最近、洋平んち行ってなかったもんなー。ま、いいや。美奈子も来るだろ?』
「いくいく!じゃ、いつものご飯屋さんに集合ね!」
俺を蚊帳の外にして、どんどん話は進んでいく。
そして勝手に約束を取り決めた後、ついには受話器までも置いてしまった。
「…おい、勝手に決めるなよ。」
「いいじゃん別に。洋兄はわたしと花道を、会わせたくないんでしょ?」
「そんなつもりはねーけど。」
「大体分かるよ。もしわたしと花道が付き合うことになっちゃったりしたら、寂しいんだもんね。」
どこから付き合えるという自信がわいてくるのか分からないが、そういう自信家なところはもしかしたら花道のヤツとお似合いなのかもしれない。
…いや、お似合いなんて一瞬でも思ってしまった俺がバカだった。
花道には最大の想い人である、ハルコちゃんの存在がある。
ハルコちゃんがきっかけで部活を頑張ってるなんて言ったら、さすがにこのポジティブな妹でも傷つくのだろうか。
花道と美奈子が付き合うなんて考えたくもないが、美奈子が失恋して落ち込む姿も、できれば見たくはない。
どっちに転んでも地獄…はあ、胃が痛ぇ。
部屋着から、シンプルなパーカーとジーンズ姿に着替えた美奈子と二人、夜の住宅街を歩く。
待ち合わせの飯屋は、俺の家からも花道の家からもほどよく近い。
その歩き慣れた道中を、まるで遠足でも行くかのようにウキウキとはしゃいでいる。
美奈子が最後に花道に会ったのは、入学式の時だったか。
その間になんで大楠から花道に鞍替えしたのかよくわからないが、とにかく好きな人に会えるとあって嬉しいらしい。
「洋兄はなんで、わたしが花道のこと好きになったのか、気にならない?」
「え?」
心を見透かされていたようで、少し焦った。
そしてまだ気になるとも、なんとも返事していないうちから、そのいきさつを語り出す。
うちの妹はいつも、こうやって人の話を聞かないんだよなぁ。誰に似たのか。
「1ヶ月くらい前だったかな…わたし、ナンパされたの。」
「ほう、そりゃあ奇特なヤツがいるもんだ。」
「うるっさいな!本当にナンパだったの!わたしのことみて、かわいいって言った!」
「そりゃナンパするヤツはみんなそう言うだろうよ。お世辞に決まってんだろ。」
「はいはい、洋兄の嫉妬は置いといて。とにかくそのナンパがしつこかったわけよ。」
言葉ではああ言ったが、最近の美奈子の格好やらふるまいを見ていれば、まぁナンパされたと言われてもうなずける。
ぱっと見は高校生に、見えないでもない。
「そこになんと、花道が登場したわけ!」
「へえ。」
「へえって何、反応薄。本当に花道だったの。それで、しつこいやつらをひと睨みして、パパーッと追い払っちゃったんだから。」
「ほおー、あの花道がね。」
それで急に、白馬に乗った王子様にでも見えたっていうのか?
そうだとでも言いたげに、美奈子は胸の前で手を組んでその目を輝かせた。
なるほど、そんないきさつがあったわけだ。
そのナンパ野郎が逃げたのは、おそらく花道の存在を知っていたからだろう。学ランで赤い髪となれば、ここらでアイツを知らないヤツはいない。
花道には助けたなんて認識ないと思うけどな、とは、美奈子の純粋すぎる目をみているとさすがに言えなかった。
「ただのミーハーじゃなかったってわけね。」
「ミーハーって人聞きの悪い。わたしはいつも本気で恋してるから。大楠くんにも、野間くんにもね。」
「はいはい。」
美奈子の会話に振り回されながらも、待ち合わせの店に着いた。店の明かりに照らされ、花道のシルエットがぼんやり浮かんでいる。
部活帰りにパチンコにいくなんて、ゴリにバレたらどうするんだろうとヒヤヒヤしたが、一応私服姿だったので、少しほっとした。
きっと勝ったその足で、俺に電話をしてきたのだろう。
「悪いな、妹まで来ちまってよ。」
「構わん構わん!なんたって今日の俺は超がつく金持ちだからよ。」
そうしていつもより膨らんだ財布を見せ、にゃははと調子よく笑う。
俺から見てもコイツは、いいヤツだよ。バカだけど、まっすぐで正直で。
コイツになら美奈子をやってもいいか?
…なんてな、またもハルコちゃんの存在を忘れていた。
花道がうちの妹に恋愛感情を持つなんて、多分この先もないんだろうなあと思う。
なにより、俺の妹としてガキ扱いされてきた期間が長すぎるんだよ。
花道も当然、妹分としか思っていないはずだ。
それを美奈子は、理解していない。
店内では仕事帰りと思わしき中年のオッサンが数人、食べながらぼうっとテレビを眺めている。
そこは老夫婦がやっている大衆食堂で、綺麗な店構えではないにしても、安くて味もいいとあって評判の店だ。
花道はまた、カツ丼やらカレーやら定食やら、バカみたいな量を注文する。
美奈子は夜だという理由で、蕎麦を一杯。
俺もそんなに腹は減っていなかったが、遠慮していると思われるのも嫌で、適当な定食を注文した。
「で、花道!バスケ始めたって本当?」
早く聞きたいといわんばかりに、美奈子が身体を乗り出す。
「ああ、言ってなかったっけか。そうなんだよ、俺の天才的な才能がいきなり開花してだな…。」
「じゃあスーパールーキーってわけ?」
「ナハハ!もう期待の星!次期キャプテンも夢じゃねーぜ!」
ピースサインする花道を横目に、連続退場記録のことや、相手チームへの脳天ダンクを思い起こしながら、俺は笑いを堪える。
花道はポジティブだから、基本マイナスな事は考えない。だけど本当に問題にぶつかった時、真摯にそれに向き合う態度は、尊敬に値するといつも思う。
「そうだ花道…」
「あ?」
「この前はさ、助けてくれてありがとう。」
「この前?」
美奈子の唐突な問いかけに、この前って何だっけ?と首をかしげる。
「だから、わたしがナンパされてるのを助けてくれたじゃん。」
「ナンパ?んなことあったっけ?」
「あったじゃん、駅前の!ゲームセンターの前!」
「ゲームセンター…。」
そこまで聞いて、やっと記憶の断片が見つかったらしい。
ああ、そういえば美奈子と会ったような…と思い出しかけたところで、注文していた丼が目の前に置かれ、花道の意識はそっちに集中してしまう。
「うん、たしかに美奈子とは会った気がする。けど、ナンパがどうとかってのは覚えてねー。」
勢いよく割り箸を割る花道を見ながら、俺はやっぱりねと心の中で呟く。
どうせちらっと目があっただけで相手が逃げてったとか、そんな所だと思ったよ。
花道は妹の気持ちなんてこれっぽっちも知りやしないから、仕方ない。本当に悪気はないのだろう。
しかし美奈子の表情には、正直すぎるほどに落胆の色が滲んでいる。
顔に出すぎだろ、お前。
「じゃあさ、花道!わたしのこと見て、なにか感じない?」
また何か思いついたように、ぱっと顔を上げる。
「何かって…なんだよ。」
「ほら、ちゃんとよく見てよ。特に顔とか。」
「はぁ…。いつもの美奈子と変わらんけど。…洋平、こいつなんか変なモンでも食ったのか?」
いつもと調子の違う美奈子に困惑した花道が、ついには俺に救いを求める。
美奈子は出かける前にビューラーで上げたまつ毛のこととか、そんな事を褒めて欲しかったのだろうが、そんな微妙な変化をこの花道が気づくはずねーって。
俺は呆れたように笑うしかなく、「最近の中学生は考えることがわかんねーんだよ。悪いな。」と軽くフォローを入れておく。
それですっかり拗ねてしまい、美奈子は頬を膨らませたまま完全にうつむいてしまった。
「…花道はさ、彼女とかいんの?」
運ばれてきた蕎麦を見つめながら、そう問い詰める。
先ほどから食事にがっついていた花道だったが、いきなり虚をつかれたような顔になり、ぴたりと箸が止まる。
「か、彼女はいねーけど…。のちのち彼女になる予定の人なら、いる…かも。」
「へぇ、いるんだぁ。そーなんだぁ。」
低い声で返事しつつも、鋭い眼光で俺を睨む。
なんで先に言ってくれないんだ、と目だけで訴えてくる。
「ハルコさんと付き合えたら、俺は死んでもいーぜ。そのためにやってるバスケだからよ!」
「へぇ、ハルコさんっていうんだぁ。そんで、彼女のためにバスケ部に入ったんだぁー。」
花道と話しているはずなのに、美奈子の目線はまっすぐ俺を睨みつける。
睨みつけられても、俺にできることは何もない。
だからコイツらを引き合わすのはイヤだったんだよ。
花道に美奈子の気持ちを汲み取るなんて到底ムリだし、美奈子が傷ついてフラれたとか言いだすのも面倒だ。
考えうる最悪のパターンになってしまったと、バツが悪くなって水を一気に飲み干す。
美奈子は泣き出すかと思ったが、そのあとは案外平気そうに、大人しく蕎麦をすすっていた。
花道と別れた帰り道。
美奈子の足取りは、来る時ほど軽いステップではなくなっていた。
ただゆっくりと大股で、俺を振り返らずに先へ先へと歩く。
その足がぴたりと止まったかと思うと、ゆっくりこちらを振り返った。
「わたしやっぱり、花道のこと好き。」
美奈子の声が、夜の静寂に静かに響いた。
しかし正直予想外だ。
てっきり、好きな人いるなんて聞いてない!告白する前にフラれた!なんて泣きついてくると思っていたのに。
「花道は相当、ハルコちゃんって子のことが好きだぜ?」
落胆させないように、今度は最初から教えておいてやる。
あの花道がバスケまで始めたんだ。ハルコちゃんへの本気度は、計り知れない。
「だけどまだ、付き合ってないじゃん。」
美奈子も美奈子で、諦めるつもりはないらしい。
強い口調には、その意思の堅さが見え隠れしている。
「それにあの花道だよ?どうせすぐフラれるに決まってる。」
「まあその可能性は…否定できねーけど。」
「わたしを助けたこと、覚えてなかったとしても、それでもやっぱりあの時の花道はカッコよかったの。」
「はぁ…。」
「だから、今日会ってやっぱり思った。わたし花道が好き。」
”だけど、お前を恋愛対象として見るかどうかは別だぜ?”
という言葉が喉元まで出かかったが、寸前で思いとどまる。
美奈子は続ける。
「わたしもっと大人っぽくなって、ハルコさんより可愛くなって、花道を振り向かせてみせる。」
「なるほどな。で、具体的にどうするわけ?」
「まずは…制服のスカートを短くする。」
バカに真面目な顔で言うので、柄にもなく俺は焦る。周りが住宅街だということも忘れて、つい声が大きくなる。
「バカか!これ以上短くしたら、マジでスカートなくなるぞ!」
「はあ?なくならないし!つーか妹のスカート丈把握してるとか、洋兄気持ち悪!」
なにが気持ち悪いだバカ。そもそも花道は、スカートの短い女よりも清楚な子がタイプなんだよ。
スカートの長さに拘ってる暇があったら、内面をもう少し成長させて欲しいと、俺は本気でそう思う。
このバカで惚れっぽくて、それでも可愛いと思ってしまう妹に、俺の心配の種はまだまだ尽きそうにない。
親友の恋も応援しているが、妹の恋もできることなら実って欲しい。
その葛藤を抱きつつも、楽しそうに今日のことを語る美奈子に、今はただ兄としてありったけに優しい視線を送った。
リビングのソファに寝転がり、ファッション誌を読みながら、我が妹はつまらなさそうに頬を膨らませた。
バイトから兄貴が帰ってきての第一声が、おかえりでもおつかれさまでもなく、まさか俺のダチの事だとは。
雑誌なんかで流行ばかり追うのはいいが、ちっとは勉強もして欲しいと、自分のことは棚に上げながらも思う。
最近の美奈子は特にそうだ。
中3のくせに化粧なんかするし、今も冬だというのに太ももまでの短いパンツを穿いて、ゆらゆら足を揺らしている。
これが妹じゃなくて別の女の子なら悪い気はしないが、家族ともなるとまるで話が違う。見たくもないものを見せられて、こちらも辟易している。
そして言うことがなんだよ、花道がどうしたって?
マセガキといわずしてどう呼べばいいんだろうか。この妹のことを。
「花道ィ?お前、ちょっと前まで大楠くんカッコイイ―とか言ってなかったっけ?んで、その前は野間だ。」
「うっさいな。今は花道なの。ね、なんで最近ウチに来ないのかって聞いてんだけど。」
うちの妹は昔っからマセている。
小さい頃から俺のダチに片っ端から目を付けては、好きになっただのなんだのと喚いている。
同学年の女子達と同じように、アイドルのおっかけでもしていればいいものを。
なによりいつも好きになるのは、俺と同学年の年上ばかりだ。
たまにはクラスの男どもにも目を向けろよ、と言ってやりたくなる。俺のダチにばっか惚れていないでさ。
正直、俺の妹は美人の部類に入る…と、家族であることを差し引いてもそう思う。
中1とか中2の頃なら、会う度に好きだと言われても、みんな「洋平の妹かわいいじゃん。」くらいの、子どもが何か言ってんなあ、くらいの認識だったのだが、
ここ最近の美奈子を男に会わせるのは、友達だと言っても気が引ける。
大楠なんて会う度に好きだと言われ続け、「美奈子ちゃんとマジで付き合っちゃおうかな?」なんて言うから、全力でやめておけと止めたばかりだったのに。
それなのに、今度は花道かよ。マセガキの新たなターゲットは…。
「アイツは今部活で忙しいんだよ。俺も放課後は、そんなに会ってねえ。」
「え?部活って?なんの?聞いてない!」
「…バスケだよ。」
しぶしぶ告げると、目をキラキラと輝かせた美奈子が、ソファから勢いをつけ起き上がった。
そして食い気味に、花道について根掘り葉掘り聞いてくる。
「バスケ!?なんで?前からやってたの?」
「いや、高校入ってから始めたんだよ。」
「背え高いもんね!似合うんだろうなあ~。すごい!カッコイイ!」
「まあ…否定はしねーけど。」
そして次に続く言葉は、きっとコレだ。
「わたし、試合見に行きたい!」
…やっぱりね。
「へいへい、考えとくよ。」
「洋兄、約束して。わたし絶対に花道のバスケ応援しに行く!」
「途中退場しなけりゃ、最後まで見れると思うぜ。」
「退場って?」
「ハハ…俺には未来が見えた。お前は試合を見たその日に流川に一目惚れして、そのままファンクラブに入るだろーぜ。」
ハッキリと試合の約束はせずに、いつもの調子で濁しておく。
どうせ数日後には、別の誰かを好きになっているさ。
まったく、こうもミーハーな妹を持つと苦労が耐えない。
くるくると好きな対象が変わっていくのに、毎回俺がその相談に乗らされているのだから。
ふいに聞き慣れた電子音が、リビング中に鳴り響く。
うちの固定電話の音だ。イッツアスモールワールド。なぜかうちの電話の音は、昔からこれと決まっている。
「はい、水戸です…って、花道か。なんだよ?」
受話器の向こうから聞こえてきた声は、めずらしく花道のものだった。
この時間だし、さすがに部活は終わっているか。
返事を待つ間にも、背後でキラリと光る女の視線が、俺の背中をチクチクと刺す。
『洋平?今暇か?』
「ああ。今ちょうど帰ったとこだけど?」
『んじゃちょーどよかった!パチンコで勝ったんだよ。だから前に金借りてた分、今からメシおごるから来いよ。』
気づくと、受話器ごしの会話をききたいがために、耳のすぐそばまで美奈子が接近している。
その重圧を感じつつも、なんとか断る方向に持っていきたい。今は、タイミングが悪い。
「あー、俺腹一杯だからさ、また今度…」
「いくいく!いきまーす!ねぇ、どこに集まる?」
断ろうとした瞬間に、俺から強引に受話器を取り上げた美奈子が、まくしたてるように返事をしていた。
『おお、その声は美奈子か?』
「そうだよ。花道久しぶり。」
『確かに最近、洋平んち行ってなかったもんなー。ま、いいや。美奈子も来るだろ?』
「いくいく!じゃ、いつものご飯屋さんに集合ね!」
俺を蚊帳の外にして、どんどん話は進んでいく。
そして勝手に約束を取り決めた後、ついには受話器までも置いてしまった。
「…おい、勝手に決めるなよ。」
「いいじゃん別に。洋兄はわたしと花道を、会わせたくないんでしょ?」
「そんなつもりはねーけど。」
「大体分かるよ。もしわたしと花道が付き合うことになっちゃったりしたら、寂しいんだもんね。」
どこから付き合えるという自信がわいてくるのか分からないが、そういう自信家なところはもしかしたら花道のヤツとお似合いなのかもしれない。
…いや、お似合いなんて一瞬でも思ってしまった俺がバカだった。
花道には最大の想い人である、ハルコちゃんの存在がある。
ハルコちゃんがきっかけで部活を頑張ってるなんて言ったら、さすがにこのポジティブな妹でも傷つくのだろうか。
花道と美奈子が付き合うなんて考えたくもないが、美奈子が失恋して落ち込む姿も、できれば見たくはない。
どっちに転んでも地獄…はあ、胃が痛ぇ。
部屋着から、シンプルなパーカーとジーンズ姿に着替えた美奈子と二人、夜の住宅街を歩く。
待ち合わせの飯屋は、俺の家からも花道の家からもほどよく近い。
その歩き慣れた道中を、まるで遠足でも行くかのようにウキウキとはしゃいでいる。
美奈子が最後に花道に会ったのは、入学式の時だったか。
その間になんで大楠から花道に鞍替えしたのかよくわからないが、とにかく好きな人に会えるとあって嬉しいらしい。
「洋兄はなんで、わたしが花道のこと好きになったのか、気にならない?」
「え?」
心を見透かされていたようで、少し焦った。
そしてまだ気になるとも、なんとも返事していないうちから、そのいきさつを語り出す。
うちの妹はいつも、こうやって人の話を聞かないんだよなぁ。誰に似たのか。
「1ヶ月くらい前だったかな…わたし、ナンパされたの。」
「ほう、そりゃあ奇特なヤツがいるもんだ。」
「うるっさいな!本当にナンパだったの!わたしのことみて、かわいいって言った!」
「そりゃナンパするヤツはみんなそう言うだろうよ。お世辞に決まってんだろ。」
「はいはい、洋兄の嫉妬は置いといて。とにかくそのナンパがしつこかったわけよ。」
言葉ではああ言ったが、最近の美奈子の格好やらふるまいを見ていれば、まぁナンパされたと言われてもうなずける。
ぱっと見は高校生に、見えないでもない。
「そこになんと、花道が登場したわけ!」
「へえ。」
「へえって何、反応薄。本当に花道だったの。それで、しつこいやつらをひと睨みして、パパーッと追い払っちゃったんだから。」
「ほおー、あの花道がね。」
それで急に、白馬に乗った王子様にでも見えたっていうのか?
そうだとでも言いたげに、美奈子は胸の前で手を組んでその目を輝かせた。
なるほど、そんないきさつがあったわけだ。
そのナンパ野郎が逃げたのは、おそらく花道の存在を知っていたからだろう。学ランで赤い髪となれば、ここらでアイツを知らないヤツはいない。
花道には助けたなんて認識ないと思うけどな、とは、美奈子の純粋すぎる目をみているとさすがに言えなかった。
「ただのミーハーじゃなかったってわけね。」
「ミーハーって人聞きの悪い。わたしはいつも本気で恋してるから。大楠くんにも、野間くんにもね。」
「はいはい。」
美奈子の会話に振り回されながらも、待ち合わせの店に着いた。店の明かりに照らされ、花道のシルエットがぼんやり浮かんでいる。
部活帰りにパチンコにいくなんて、ゴリにバレたらどうするんだろうとヒヤヒヤしたが、一応私服姿だったので、少しほっとした。
きっと勝ったその足で、俺に電話をしてきたのだろう。
「悪いな、妹まで来ちまってよ。」
「構わん構わん!なんたって今日の俺は超がつく金持ちだからよ。」
そうしていつもより膨らんだ財布を見せ、にゃははと調子よく笑う。
俺から見てもコイツは、いいヤツだよ。バカだけど、まっすぐで正直で。
コイツになら美奈子をやってもいいか?
…なんてな、またもハルコちゃんの存在を忘れていた。
花道がうちの妹に恋愛感情を持つなんて、多分この先もないんだろうなあと思う。
なにより、俺の妹としてガキ扱いされてきた期間が長すぎるんだよ。
花道も当然、妹分としか思っていないはずだ。
それを美奈子は、理解していない。
店内では仕事帰りと思わしき中年のオッサンが数人、食べながらぼうっとテレビを眺めている。
そこは老夫婦がやっている大衆食堂で、綺麗な店構えではないにしても、安くて味もいいとあって評判の店だ。
花道はまた、カツ丼やらカレーやら定食やら、バカみたいな量を注文する。
美奈子は夜だという理由で、蕎麦を一杯。
俺もそんなに腹は減っていなかったが、遠慮していると思われるのも嫌で、適当な定食を注文した。
「で、花道!バスケ始めたって本当?」
早く聞きたいといわんばかりに、美奈子が身体を乗り出す。
「ああ、言ってなかったっけか。そうなんだよ、俺の天才的な才能がいきなり開花してだな…。」
「じゃあスーパールーキーってわけ?」
「ナハハ!もう期待の星!次期キャプテンも夢じゃねーぜ!」
ピースサインする花道を横目に、連続退場記録のことや、相手チームへの脳天ダンクを思い起こしながら、俺は笑いを堪える。
花道はポジティブだから、基本マイナスな事は考えない。だけど本当に問題にぶつかった時、真摯にそれに向き合う態度は、尊敬に値するといつも思う。
「そうだ花道…」
「あ?」
「この前はさ、助けてくれてありがとう。」
「この前?」
美奈子の唐突な問いかけに、この前って何だっけ?と首をかしげる。
「だから、わたしがナンパされてるのを助けてくれたじゃん。」
「ナンパ?んなことあったっけ?」
「あったじゃん、駅前の!ゲームセンターの前!」
「ゲームセンター…。」
そこまで聞いて、やっと記憶の断片が見つかったらしい。
ああ、そういえば美奈子と会ったような…と思い出しかけたところで、注文していた丼が目の前に置かれ、花道の意識はそっちに集中してしまう。
「うん、たしかに美奈子とは会った気がする。けど、ナンパがどうとかってのは覚えてねー。」
勢いよく割り箸を割る花道を見ながら、俺はやっぱりねと心の中で呟く。
どうせちらっと目があっただけで相手が逃げてったとか、そんな所だと思ったよ。
花道は妹の気持ちなんてこれっぽっちも知りやしないから、仕方ない。本当に悪気はないのだろう。
しかし美奈子の表情には、正直すぎるほどに落胆の色が滲んでいる。
顔に出すぎだろ、お前。
「じゃあさ、花道!わたしのこと見て、なにか感じない?」
また何か思いついたように、ぱっと顔を上げる。
「何かって…なんだよ。」
「ほら、ちゃんとよく見てよ。特に顔とか。」
「はぁ…。いつもの美奈子と変わらんけど。…洋平、こいつなんか変なモンでも食ったのか?」
いつもと調子の違う美奈子に困惑した花道が、ついには俺に救いを求める。
美奈子は出かける前にビューラーで上げたまつ毛のこととか、そんな事を褒めて欲しかったのだろうが、そんな微妙な変化をこの花道が気づくはずねーって。
俺は呆れたように笑うしかなく、「最近の中学生は考えることがわかんねーんだよ。悪いな。」と軽くフォローを入れておく。
それですっかり拗ねてしまい、美奈子は頬を膨らませたまま完全にうつむいてしまった。
「…花道はさ、彼女とかいんの?」
運ばれてきた蕎麦を見つめながら、そう問い詰める。
先ほどから食事にがっついていた花道だったが、いきなり虚をつかれたような顔になり、ぴたりと箸が止まる。
「か、彼女はいねーけど…。のちのち彼女になる予定の人なら、いる…かも。」
「へぇ、いるんだぁ。そーなんだぁ。」
低い声で返事しつつも、鋭い眼光で俺を睨む。
なんで先に言ってくれないんだ、と目だけで訴えてくる。
「ハルコさんと付き合えたら、俺は死んでもいーぜ。そのためにやってるバスケだからよ!」
「へぇ、ハルコさんっていうんだぁ。そんで、彼女のためにバスケ部に入ったんだぁー。」
花道と話しているはずなのに、美奈子の目線はまっすぐ俺を睨みつける。
睨みつけられても、俺にできることは何もない。
だからコイツらを引き合わすのはイヤだったんだよ。
花道に美奈子の気持ちを汲み取るなんて到底ムリだし、美奈子が傷ついてフラれたとか言いだすのも面倒だ。
考えうる最悪のパターンになってしまったと、バツが悪くなって水を一気に飲み干す。
美奈子は泣き出すかと思ったが、そのあとは案外平気そうに、大人しく蕎麦をすすっていた。
花道と別れた帰り道。
美奈子の足取りは、来る時ほど軽いステップではなくなっていた。
ただゆっくりと大股で、俺を振り返らずに先へ先へと歩く。
その足がぴたりと止まったかと思うと、ゆっくりこちらを振り返った。
「わたしやっぱり、花道のこと好き。」
美奈子の声が、夜の静寂に静かに響いた。
しかし正直予想外だ。
てっきり、好きな人いるなんて聞いてない!告白する前にフラれた!なんて泣きついてくると思っていたのに。
「花道は相当、ハルコちゃんって子のことが好きだぜ?」
落胆させないように、今度は最初から教えておいてやる。
あの花道がバスケまで始めたんだ。ハルコちゃんへの本気度は、計り知れない。
「だけどまだ、付き合ってないじゃん。」
美奈子も美奈子で、諦めるつもりはないらしい。
強い口調には、その意思の堅さが見え隠れしている。
「それにあの花道だよ?どうせすぐフラれるに決まってる。」
「まあその可能性は…否定できねーけど。」
「わたしを助けたこと、覚えてなかったとしても、それでもやっぱりあの時の花道はカッコよかったの。」
「はぁ…。」
「だから、今日会ってやっぱり思った。わたし花道が好き。」
”だけど、お前を恋愛対象として見るかどうかは別だぜ?”
という言葉が喉元まで出かかったが、寸前で思いとどまる。
美奈子は続ける。
「わたしもっと大人っぽくなって、ハルコさんより可愛くなって、花道を振り向かせてみせる。」
「なるほどな。で、具体的にどうするわけ?」
「まずは…制服のスカートを短くする。」
バカに真面目な顔で言うので、柄にもなく俺は焦る。周りが住宅街だということも忘れて、つい声が大きくなる。
「バカか!これ以上短くしたら、マジでスカートなくなるぞ!」
「はあ?なくならないし!つーか妹のスカート丈把握してるとか、洋兄気持ち悪!」
なにが気持ち悪いだバカ。そもそも花道は、スカートの短い女よりも清楚な子がタイプなんだよ。
スカートの長さに拘ってる暇があったら、内面をもう少し成長させて欲しいと、俺は本気でそう思う。
このバカで惚れっぽくて、それでも可愛いと思ってしまう妹に、俺の心配の種はまだまだ尽きそうにない。
親友の恋も応援しているが、妹の恋もできることなら実って欲しい。
その葛藤を抱きつつも、楽しそうに今日のことを語る美奈子に、今はただ兄としてありったけに優しい視線を送った。
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