アダルトな恋の始め方【水戸SS】
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休憩から戻ってすぐに淹れたコーヒーは、一口も飲まないまま冷めてしまっている。
そのツヤのある黒褐色の液体を眺めながら、本日何度目かのため息をついた。
気持ちも体もずっしりと重いのは、今日が月曜日だという理由だけではないことを、私自身が痛いほど理解している。
【アダルトな恋の始め方】
先週の金曜日は、会社の飲み会だった。
9月は人事異動の季節で、それはうちの部署も例外ではなく、移動してきた数人のために歓迎会が開かれたのだ。
不要な飲み会はキャンセルしがちな私も、さすがに歓迎会には出なければと思い、参加した。
もちろんお酒は強くない。
なかなか無理をして飲んでいたわたしは、2杯目のビールジョッキを開けたあたりで、かなり陽気になっていた。
昔からそうなのだ。大人しいくせに、飲むとテンションが高くなって、別人のように積極的になる。
そんな陽気なわたしは、歓迎会で隣の席に座った水戸洋平くんと意気投合し、2人で2次会へと抜け出した。
移動しきたばかりの、2コ下の後輩くんだ。
彼はわたしのウザ絡みにもノリよく返してくれて、話を聞いて笑ってくれた。
そんな彼といることが心地よくて、あろうことかその日ホテルに泊まり、しかも一線を超えてしまった。
どちらが誘っただとか、それももうよく覚えていない。
どちらからともなく、そういう雰囲気になったのかもしれない。
しかしそんなことはどちらでもいい。
わたしは後輩の男の子と寝てしまった。
それだけが動かぬ真実なのだから。
どんな顔して会えばいいのか、考えがまとまらないまま迎えた月曜日。
仕事が手につかないわたしのデスクに、あの水戸くんが近寄ってくる。
そして無言で、机の隅をトントン、と叩いた。
綺麗に揃えられた爪が、彼の性格を思わせる。
驚いて彼を見上げると、周囲にバレないくらい自然な様子で、ニコっと笑って見せた。
…これはどういう意味なんだろう。
きっと、誰とでもすぐに寝る女だと思われたに違いない。
さっきの合図は多分、
『今晩もどうですか?』
のサインだ…。
身体から始まる関係はセフレに発展しやすいと聞いたことがある。
彼と話すのは本当に楽しくて、
だからこそ、こんな成り行きではなく、ちゃんと段階を踏んで仲良くなりたかったのに…。
そんな今更すぎる後悔をして、金曜の自分をこれでもかと責める。
微笑んだ後、事務所を出た彼を追って、わたしもデスクを離れた。
追った先はビルの屋上へと通じる階段。
ゆっくりドアを開けると、夕陽に照らされた水戸くんが、プカプカと紫煙をくゆらせていた。
「あれ、美奈子先輩どうしたんすか?」
喫煙者だっけ?と問われるも、あんなことがあったのに淡々としている彼に、モヤモヤする気持ちでいっぱいだった。
「水戸くん、あのさ、ハッキリ言っとくね。」
「何を?」
「わたし、あの時は酔ってただけで、その、あなたのセフレにはなれません!」
「え、セフレって…。あの先輩、なんの話ですか?」
きょとんとした彼の、先端に溜まったタバコの灰がはらはらと落ちる。
「だって、机トントンって…それってそういうコトでしょう?」
本当になんのことかわからないといった様子でフリーズしていた水戸くんが、急に吹き出して笑い始めた。
「あのね、わたしは本気で…!」
「あぁ、やっぱちゃんと言わねーと伝わんないか。」
タバコの火を持っていたシルバー製の携帯灰皿に押し当てて消すと、寄りかかっていた柵から離れ、あっという間に距離を詰められる。
向かい合うと、あの夜の彼を思い出してしまい、羞恥心が募る。
「なんか勘違いしてると思いましたよ。トントンってしたら、めちゃくちゃ泣きそうな顔で俺のこと見るし。
…アレは一応、”スキです”のサインだったんですけど…。」
「え?スキって…」
「センパイ、俺とちゃんとお付き合いしてくれませんか?」
「え、ええ?」
間抜けな声が出る。わたしは今、どんな顔で彼の目に映っているのだろう。
彼の誠実さを思わせるストレートな告白は、あれこれ考えていたわたしの胸をまっすぐ突いた。
返事を待っているであろう水戸くんは、すこしだけ不安そうな表情になり、
「やっぱダメっすか?先に手ェ出すような男は。」
と眉をひそませた。
「その、わたし後悔してたんだ。水戸くんのこと、いいなって思ったのは本心だったから、ちゃんと段階を踏んで行きたかったなって思って…それで…。」
歯切れの悪い言葉しか言えない私を、彼はそっと抱きしめた。
先ほどまで吸っていた甘めのタバコの匂いに、包まれる。
「色々順番間違っちゃいましたけど、ソレはまぁ大人同士のご愛嬌ってことで。」
身体から始まる恋も悪くない。
始まりがどうであれ、お互いの気持ちさえあれば、それはきっと素敵な恋になるのだから。
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