Strawberry blonde【桜木】
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その日から、わたしと桜木くんは毎日一緒に登校した。
校内で話していてもあいかわらずの低姿勢なので、
「桜木花道が1組女子の舎弟になった」と噂になった。
わたしはその噂にハラハラしているのに、桜木くんは知ってか知らずかお構いなしだ。
麻衣とバスケ部の人しか事情を知らないので、弁明もできずそのままになっている。
が、そのうち女番長とか言われだしそうで、内心怯えているところだ。
桜木くんとは行き帰りの会話で、少しだけお互いのことを知った。
といっても些細なことで、わたしの飼っている猫の名前だとか、桜木くんが好きな学食のメニューだとか、そんなどうでもいいことばかりだ。
桜木くんの本心に迫るようなことは、何一つ知らない。
なんでバスケ始めたのか、とか、中学の時はどんなだった?とか。
…好きな人はいるのか、とか…。
初めのうちに聞いておけば良かったと後悔する。
一週間くらい経って、気づいた。
わたしは桜木くんのことが好きなんだと。
ちょっと怖そうな友達と一緒にいるところも、部活を頑張るところも、ふざけて変なことを言ってるところも、たまにみせる真面目な表情も。
全部ひっくるめて好きになってしまった。
新しく自転車を買うまで、という期限付きなのを忘れそうになるほど、彼といる時間は楽しくて、心地よくて…。
だからずっとこんな日々が続くような気がしてしまっていた。
そんなわたしに帰宅早々お母さんから告げられたのは、本来は吉報であるはずの、凶報だった。
「美奈子、新しい自転車届いたわよ!」
「え?」
近所の自転車屋さんで入荷待ちになっているという自転車が、今日届いたというのだ。
「なんでもキャンセルが出て、はやく手に入ったんですって。
よかったわね、明日からは乗っていけるわよ。」
「そうなんだ…そっか…。」
彼とのつながりがなくなってしまうような気がして、全然喜べない。
朝夕の行き帰りだけが、桜木くんといられる唯一の手段だったからだ。
立ち尽くすわたしに、お母さんは慌てて、
「前の自転車と色は違うけど…いいじゃない、かわいいよ?
桜木くんには毎日送ってくれてありがとうって、お礼しとくんだよ。」
と笑いかけた。
明日、最後にしよう。
桜木くんに送り迎えしてもらうのは。
それで帰り道で言おう、もう自転車の件は大丈夫だよって。
何度も頭の中でその言葉を反芻する。
しかし何度試してみても、頭の中のわたしは彼に告白することは、できなかった。
次の日、桜木くんに合せて早めにセットした目覚ましの音で目が覚める。
しかし起きた瞬間からなんとなく下腹部に感じる、鈍い違和感。
無視しようとしても、段々と痛みが増してくる。
ふとカレンダーをみて、なんとなく察した。
「よりによって、なんで今日なの…?」
月に一回のアンラッキー週間、なんて麻衣が言っていたなあ。
女の子が一番落ち込む日といったら、コレが来た日を一番に思い浮かべるだろう。
桜木くんと最後に会う日というのもそうだし、2時間目には体育もある。
とことんツイてない、と久々にそのワードを思い浮かべた。
わたしは生理痛が結構重い方だと思う。
一応朝食の後に、薬を飲んでおく。
そしていかにも元気だという風に、朝いつもどおりやって来た桜木くんに挨拶する。
「おはよー。」
「おはよーございます!んじゃー行きますか。」
おなかの痛みは薬でカバーできても、慢性的な貧血にはあらがえない。
あまり脳みそまで血がまわっていないようで、会話も散漫になる。
せっかく最後の登校日なのに。
明日からは、また別々になっちゃうのに。
本当にツイてない。ツイているようにみえて、実はぜんぜんツイてないじゃないか、と泣きそうになる。
「美奈子さん、どっか悪いんすか?」
「え?」
いきなり話が変わったので、驚いて桜木くんの後頭部をみあげる。
すると少しだけこちらを振り返り、心配そうにする桜木くんが目に飛び込む。
「体調わるそうっすけど。」
「そんなこと、ないない!ちょっと寝不足なだけだよ。超元気。」
「そっすか?なら、いーんですけど。」
桜木くんを心配させてしまった自分を責めつつ、なるべくいつも通りの会話を装う。
学校について、自転車置き場のところで「また放課後に、」と別れた。
そして一日のスケジュールは淡々と進んでゆき、2時間目の体育だ。
女子たちは隣の2組で着替えをして、終わったものからぞろぞろと教室を出る。
寒いのでジャージの下にタイツをはいたり、カーディガンを仕込む強者までいるのが、女子高校生の更衣室だ。
麻衣もそのタイプで、ありったけもこもこのくつしたをはいている。
「ほんっとこの寒いのに体育とか…テンション下がるね。」
「だよね…。」
彼女の悪態にうなずきながら、一歩廊下に出たところだった。
ふわっと頭の先から冷たい物が振ってきて、目の前が真っ白になる。
気持ちが悪く、立っているのも困難になり、やばい、と思った時にはその場に倒れ込んでいた。
「ちょ、美奈子!?どうしたの?ねえ美奈子!!」
近くにいるはずの麻衣の声が遠のいていく。
今わたしはどうなっているんだろう、と、倒れ込んでいるのに身だしなみの心配なんてしている。
ふいに桜木くんのことが頭に浮かぶ。
ざわざわと人が集まる気配を感じつつも、そのまま眠るような感覚の中に落ちていった。
目が覚めると、見覚えのない真っ白な天井が、眼前に広がっていた。
窓の外を見ると赤く夕暮れていて、さっきまで昼間だったわたしの記憶との違いにまず驚く。
あたりは消毒のつんとした匂いに包まれている。
そのことで、ここは保健室なのではないかと悟る。
案の定、わたしは独特の薬品臭がしみついたベッドの上に寝かされていた。
「美奈子さん…?起きたんすか!?」
右下のほうから、大きくてよく通る、聞き慣れた声がする。
みると、桜木くんが丸椅子から立ち上がって、わたしの顔をのぞき込んでいるではないか。
(え、どういうこと?なにがなんだかわかんないんだけど、なんで桜木くんがわたしの寝てるそばにいて…え?え?)
パニックになるわたしに気づきもせず、桜木くんはわたしの手をぎゅうっと握った。彼の手は、あの日の缶コーヒーみたいに熱い。
「大丈夫ですか?俺、めちゃくちゃ心配で…そんで…。」
泣きそうに震える声の桜木くんに驚くも、まだ身体は思うように動かない。
なんとなく背中が痛いのは、どこかで打ってしまったんだろう。
「あの、わたし…」
「廊下で倒れたんすよ、美奈子さん。
たまたま通りかかったら人だかりできてて、そん中で美奈子さんのダチの…麻衣さんの声が聞こえて。」
「桜木くんが、運んでくれたの…?」
「…っ あの、変なとこ触って無いっすから!!」
重かっただろうなあ、とじわじわ羞恥心が募った。
それにわたしが倒れた理由って…それが明確になっているから、なんだか大げさに感じてよけいに恥ずかしくなる。
段々と事の次第がわかってきて、今すぐにでもここから逃げ出したい気持ちになる。
しかし桜木くんは続ける。
「もしかして、事故の後遺症なんじゃないかって思うんですよ。
あんとき頭打ったんじゃないっすか?やっぱ、ちゃんと医者に診てもらった方が…。」
「あの、本当に大丈夫…、」
「大丈夫じゃないっす!!美奈子さんに何かあったら俺、絶対後悔しますから!」
語気を強める桜木くんに驚きつつも、真剣にわたしを心配してくれる桜木くんは、いつものちゃらっとした桜木くんでないようで、ドキドキしてしまう。
握られた手に意識が集中する。
本当に心配してくれているようだ。あの事故のときも、そうだった。
「あのね、あの…」
ちょいちょい、と手招きをして、桜木くんを引き寄せる。
言われるがままにわたしに耳を貸す彼に、わたしは耳元で小さく、「ただの貧血なんだよ…。」と呟いた。
「実は朝から生理痛が酷くて…。」
「せ…!」
「まって桜木くん、今めちゃくちゃ恥ずかしいから、何も言わないで。」
本当のところを言わないと、すぐにでも病院に連れて行かれそうだったので、素直に打ち明けたのだ。
カーテンで囲われたベッドの外では、石油ストーブの上でぐつぐつと煮立つヤカンの音が聞こえる。
なんだか気まずくなってしまい、二人とも黙ってうつむいてしまった。
わたしがなんとか次の言葉を探していると、長く深いため息を吐いた桜木くんが、猫背をさらに丸めて言った。
「よかったっす、ほんと、理由がわかってて…。」
「そんなに心配しなくても、大丈夫なのに。」
「俺、色々あって、突然人が倒れたりするとスゲー心配になっちゃうんすよ。
だから…取り乱しちまいました、ゴメンなさい。」
彼のクセである唇をとがらせる仕草をぼんやり見つめながら、大げさだなあと思いつつも、今日の放課後に伝えるはずだったことを思い出す。
自転車の件だ。
もう送り迎えは終わりでいいんだよ、今までありがとうって、言わなくちゃ。
いざ用意したセリフをいうとなると、緊張するのはなぜなんだろうか。
足りない酸素を補うように、すうっと大きく息を吸う。
「あの、桜木く…」
「俺、美奈子さんのことスキです!!」
勢いづいた言葉を止められ、驚く。
部活の時みたいに大きな声で言ったあと、まっすぐわたしの目だけをみつめて、彼はわたしの返事を待っている。
その視線から、わたしも目が離せなくなる。
夕焼けに照らされてか、桜木くんの赤い髪が反射しているせいか、なんだか耳まで赤い気がするのは、わたしの気のせいだろうか?
脳内シュミレーションでは絶対に言えなかった言葉を、彼は堂々と、廊下にまで響きそうな大きな声で言ったのだ。
「わたしも…桜木くんがスキです。」
「!…あの、美奈子さん、これからは登下校以外でも、一緒にいませんか?嫌ならその、いいんですけど…。」
「嫌じゃないよ。これからはずっと、そうしよう。」
ベッドに横たわったまま微笑むと、にかっと綺麗な歯列を見せて桜木くんは笑った。
…この時から、わたしは占いなんて信じないことにした。
だって、最悪だ!って思ったことも、後に幸せに繋がることだってある。
どんな物事も、感じ方が変えれば悪いことばかりではないのだ。
わたしが桜木くんと出会えたのは、必然ではなく偶然だったのかもしれない。
そんな素敵な偶然が、これから先も二人に降りかかりますように。
オレンジから紺色に変わりかけた空を見上げながら、自転車を漕ぐ桜木くんの背中にそっとキスした。
<♡スキボタンでおまけあり>
つづきのお話→baby doll【桜木】もよろしければどうぞ。
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