Strawberry blonde【桜木】
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翌日、わたしがいつも家を出る時間の、1時間も前に桜木くんはウチのインターホンを押した。
「朝練あるの忘れてました。」
へらっと笑う彼が乗っているのは、昨日負傷したあの自転車だ。
普通に乗れているのが、やはり不思議だ。
「えっと、今起きたからちょっと待ってて…。」
いつもならまだ寝ているところを起こされた。
ボサボサの髪にパジャマ姿で玄関に立っているわたしは、超特急で身だしなみを整え、漫画みたいにパンをくわえて、桜木くんの自転車の後ろに乗る。
お母さんには、
「あんたの彼氏すごい髪ね…」
なんて言われたけど、今は弁解しているヒマはない。
桜木くんを待たせるなんて、そのほうが恐ろしい。
そのためにわたしは、日課である朝のコーヒーをすんなり諦めた。
「じゃ、飛ばしますよ!遅刻しそーなんで!」
そう言って、二人分の体重を乗せているとは思えない速度で、自転車は進んでいく。
ああ、パンすらもゆっくり食べられそうにない…。
わたしは振り落とされないよう、桜木くんの背中にしがみつくのに必死だ。
はやく新しい自転車を買ってもらわなければ。
「にしても、朝練ってこんなに早くからするものなんだね。」
沈黙になるのも怖いので、適当な世間話をする。
「っすね、美奈子さんはなんも部活してないんスか?」
「うん、わたし勉強苦手だから。部活やる時間を勉強に回さないと、クラスでついて行けないんだ。」
昨日桜木くんは頭がいいといったが、わたしは進学組の中でも下の下だ。
部活との両立なんて、もってのほかだ。
「へー、そういうもんなんですか。
俺は勉強とかまったくしねーから…。」
「だけど、バスケではすごく活躍してるって聞いたよ?」
「えへへ、そーなんすよ!なんか始めちゃったらスゲーウマくなっちゃって?
ま、生まれつきの天才ですから!」
バスケのことを褒めると、心底嬉しそうにしている姿が、不良のイメージとは真逆だ。
思ったよりも親しみやすくて、学校までの時間はそんなに苦ではなかった。
むしろもう着いてしまったのか、なんて思った自分に驚きもした。
いつもより1時間も早くついてしまった教室には、まだ誰もいない。
部活組は朝練をしているし、そのほかの人はもっと遅く来るからしかたない。
寝不足のため机に突っ伏して寝ていると、HRの時間も近づいてきて、だんだん教室内がざわついてくる。
「美奈子!美奈子起きて!」
ざわめきに混じって、わたしの身体を揺らす手がある。
友達の麻衣に起こされ、ねぼけた顔をあげると、必死の形相で廊下を指さしていた。
「おはよ麻衣…。」
「じゃなくて、来客!!」
来客?
彼女の人差し指の先を見ると、制服姿の桜木くんが手をひらひらさせている。
朝練は終わったらしい。
「さ、さく…!!」
驚いて、立ち上がる。
1組は進学クラスのため、正直桜木くんのような生徒はちょっと目立つ。
わたしはクラス中のざわめきと注目を浴びながら、廊下へと向かう。
「朝早かったから、腹減ってるッスよね!」
廊下に出て早々に、差し出された彼の手には、何かが乗せられている。
紙パックのいちごミルクと、焼きそばパン…。
購買で買った物らしい。
「あ、ありがとう…。」
焼きそばパンはいらないって言ったのにな。
そう思うも、わたしのためにわざわざ買ってくれた姿を想像すると、胸がじんわりした。
なんだろう、この気持ちは。
朝までは桜木くんのこと、怖い人だと思っていたのに。
無邪気な笑顔に、わたしの心は翻弄されっぱなしだ。
「じゃ、行きます。帰りはまた、迎えに来るんで!」
軽く左手を挙げ、ズンズンと遠くのクラスへ去って行く背中を見送る。
席に戻ると、待っていたというような怪訝な表情の麻衣がいた。
彼女からの追求が始まる。
「なにがあったの?桜木花道と親しくなるなんて…。」
「それがね…」
昨日のいきさつをかいつまんで話すと、麻衣は驚きを隠せないようだった。
一番心配してくれたのは、わたしの怪我のことだ。
「そんで美奈子、足は大丈夫なわけ?」
「大丈夫。本当に謎なんだけど、かすり傷以外はどこも悪くないんだよ。」
深刻な空気を脱したくて、へらっと笑って見せる。
麻衣は怪我については納得したらしいが、次は自転車代にと100円を渡してきた桜木くんに怒りだす。
「ほんっと舐めてるわ。本人には言えないけど!絶対言えないけど!桜木花道じゃなければ、わたしがビシッと言ってやるのに!」
「それについては笑っちゃったけどね。」
「送り迎えが自転車代だなんて…美奈子と登校したいだけなんじゃないの?」
「え、ないない!本当に申し訳なさそうだったんだから。」
けどさ、と急に声をひそめた麻衣が、わたしに耳打ちする。
「噂だと、桜木花道って親がどっちもいないらしいよ。一人暮らしみたい。」
「えっそうなの?」
彼についてはいろんな噂があるけど、その噂が一番驚いた。
あんなに明るい桜木くんからは、そんな感じは一切しなかったからだ。
たしかに、両親とふつうに仲良く暮らしているってイメージも沸かないけど…。
きっと本人に尋ねることはないだろうけど、ふとしたときに話題に出さないように、心にとどめておこう。
…だけどその噂の話は、授業がはじまってなお、わたしの思考をぐるぐると支配していた。
なんで一人暮らしをしているんだろうとか、親戚はいないのかな、とか、ごはんはちゃんと食べてるのかな、とか…。
昨日100円しか持っていなかった人がパンとジュースを買うなんて、自分のお昼ご飯代はちゃんとあるのかな?とか。
知り合いになったばかりなのに、気づけば桜木くんのことばかり考えていた。
昨日までは運気が低迷しているせいだ、なんでこんな事に…なんて思っていたのに、不思議だ。
チリっと、絆創膏の下の傷がうずいたような気がした。
「スンマセン、帰りは部活があるの忘れてました。」
朝聞いたセリフとまったく同じセリフを今、わたしは聞いている。
「帰りは迎えに来るんで!」
といった桜木くんを、放課後律儀に待っていたのだけれど、そういえば彼はバスケット部だった。
「全然いいよ、歩いて帰るから。」
さすがに部活を休んでまで送ってもらおうとは思わない。
本気でそう言っているのに、それでも彼はぶんぶんと赤い頭を振り、
「ダメっすよ!怪我してんのに!俺のチャリ乗ってってください。」
となおも食い下がる。
「え、いいよ!桜木くん部活で遅くなるのに…!歩いて帰るの大変だよ。」
「じゃ、じゃあ…待つとか…」
「え?」
「部活終わるまで、待っててもらえたら、ちゃんと責任取って家まで送るっす!」
大きな声で叫ぶので、HRが終わって廊下に出てきた隣のクラスの生徒達が、こっちをみている。
ぼそぼそと、
「責任って何の!?」
とか、
「まさか桜木…」
とか、聞こえてくる。
ああ、ヤバい。あること無いこと噂になりそうだ。
「わかった、待ってる!待ってるから! じゃあさ、ヒマだから練習、見に行ってもいい?」
「全然だいじょぶっすよ!好きなときに体育館来てもらえたら。」
「ありがとう。それで、バスケ部は大体何時くらいまで練習してるの?」
「今の時期は大体…、19時くらいまでっすね。」
「19時…!?」
軽返事してしまったけど、冷静に考えて今から一人で19時まで待つって…
今は16時半。HRが終わってすぐだ。
19時まではまだ結構あるなあ、と時計をしみじみ見て思う。
ああ、なにか朝と同じようなことを繰り返している気がする…。
とにかく長期戦になりそうなので、校門を出てすぐそばにあるコンビニにパンでも買いにいこう、と心に決めた。
コンビニに寄り、イチゴのチョコレートが乗ったドーナツをかじりながら、チラリとのぞいたバスケ部の練習は、さすがインターハイに出るだけあってハードそうだ。
桜木くんは先輩たちにも物怖じせず言いたいことを言っていたけど、いざ練習が始まるとその顔は真剣そのものだったのが、意外だった。
背が大きいから、シュートのフォームもサマになる。
今まで運動部の部活風景なんてみたことのない帰宅部だったから、こういうのはなんだか新鮮だ。
それに、外が暗くなるまで学校に残っているのも、文化祭の準備の日以来でわくわくする。
待っているのが大好きな彼氏、とかだったらいいのに。
そりゃあ桜木くんは、思ったより素敵な人だなって思っているけど、わたしたちの会話は他人行儀で、完全に加害者と被害者の図式だ。
せめてあの敬語はやめてもらいたいんだけどな…
と考えていたのだけれど、今日の練習をみると桜木くんは女子全員に敬語で接するみたい。
…なぜか男の先輩や先生には、ため口なのが気になるけど…。
「んじゃ撤収ー。」
「ういーおつかれー。」
体育館のすみでうとうととしていると、どうやら練習が終わったようだった。
みなが片付けに掃除にと、動きだしている。
するとキャプテンっぽい先輩がタオルで顔を拭きながら近づいてきて、わたしに声を掛けてきた。
「きみ、誰待ってんの?」
「あ、えっと、桜木くんを…。」
「え。マジで?」
その人はニヤっと面白いおもちゃを見つけたような顔で笑ったかと思うと、大きな声で
「おーい花道ー!カノジョ待たすなよー!」
と叫んだ。
遠くで片付けをしている桜木くんが、顔だけこちらに向けて返事をする。
「ばかリョーちん!カノジョじゃねーよ!」
言いながら、大きなモップで床掃除をすすめる。
「あれ、そうなの?」
「はい、なんていうか、桜木くんとぶつかって壊れた自転車を買うまで、送り迎えしてくれるそうなんです。」
先輩は拍子抜けしたような顔だったが、そりゃ大変だなと同情してくれた。
「遅くなってスンマセン!」
制服姿に戻った桜木くんと、自転車置き場で落ち合う。
一応待たせたという罪悪感があるのか、ここまで走ってきたみたいだった。
「お疲れ様!はいどうぞ。」
息を切らす桜木くんの胸あたりに、さっき自販機で買ったばかりの缶コーヒーを差し出す。もちろんホットだ。
外が寒いので、渡すまではコートのポケットに入れてカイロ代わりにしていたのだった。
「え、これ…。」
「朝のパンのお礼だよ。部活お疲れ様の気持ちでもあるけどね。
あと、寒くてわたしの分も買っちゃった。」
そしてもう片方のポケットから、缶コーヒーを取り出す。
桜木くんのはブラックで、わたしのは微糖だ。
わたしのコーヒーのほうが、いかにも甘そうな薄いベージュのパッケージをしている。
もし桜木くんがブラックが飲めなければ、交換しようかなとも思ったので、二つ買っておいたのだ。
芯まで冷えた頬にぽかぽかの缶コーヒーを当てると、やけどしそうなほど熱く感じた。
そんなわたしの顔をじっと見つめ、何も言わない桜木くん。
どうしたのかと戸惑っていると、わたしのもう片方の頬に先ほど渡した缶コーヒーをそっと当ててくれる。
両側から暖かいものを押し当ててられたからか、桜木くんの行動に困惑したからかわからないけど、真冬なのに体中が熱くなるのを感じる。
真意を彼の瞳の中に探すが、あるのはまっすぐ見つめ返されるやさしい視線のみだ。
「美奈子さん…、ありがとーございます。」
「う、うん…。」
彼の真剣な声色を聞いたのは、初めてだったかもしれない。
すこし口元をゆるませて笑った彼に、瞬間胸が高鳴る。
本当にわたしは、朝からずっとおかしい。変だ。
こんなのは…。
「…行きましょうか。
ウチの人心配しますよね。また、飛ばします!」
「あっ、桜木くん、ゆっくりで!ゆっくりでいいからね!」
すぐにでも出発しそうな桜木くんの背中につかまり、急いでうしろの荷物置きに飛び乗った。
朝もそうしていたはずなのに、今はどうだろう。
桜木くんの背中につかまるのに、ほんの少しの勇気が必要だった。
ほてった身体に、1月の切れそうなほど冷たい空気が心地いい。
なんとなく、無言のまま進む家路。
桜木くんの背中の体温を感じながら、静かに冬の空気を吸った。