Strawberry blonde【桜木】
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「今年はアンタ、運気悪いよ。」
なんて新年早々お母さんが言うもんだから、ちょっとした不運もすべてそのせいに思えて始まった、憂鬱な3学期。
例えば、出かけるときに靴紐をふんで転びそうになったり、コンビニのレジでちょうど100円足りなくて、食べたかったお菓子をひとつ我慢したり、課題のページが1ページずれていたり。
だけどそんな出来事も、言うなればすべて偶然で、なんでも悪いように思えば悪く思えてくるモノなんだって、やっと飲み込めてきたところだったのに。
本当の不運は、まだ訪れていないだけだったのかもしれない。
わたしは道ばたで大柄なシルエットのヤンキーくんが頭を下げるのを、どこか人ごとのように感じながら、そんなことを考えていた。
お正月気分も抜けない3学期のはじまり。
もうすぐ高校1年生も終わってしまう。
寂しいような、春が待ち遠しいような、そんな複雑な季節だ。
海沿いを走る電車をみながら、愛車であるママチャリを漕いで家路に向かう。
高校生なら一度は憧れる、電車通学を頭に思い浮かべながら、痛いほど冷たい風を顔から受ける。
吐く息は白く、手袋の中の指も感覚がない。
はやく家に帰って、石油ストーブで暖まりたいと、そればかり考えていた。
それもいけなかったのかもしれない。
小学校のころに受けた、自転車の交通教室。
交差点では右みて左みて、もう一度右をみるなんていってたっけ。
わたしの不運のきっかけは、その最後の『右』を怠ったことにあったのだ。
いつもの帰り道。左右が高い壁に挟まれた小道から、大通りへと直進した。
するとさっき確認した時には見えなかった自転車が一台、わたしのすぐ右横まで迫っている。
「あぶな…」
キーッという乾いたブレーキ音とともに、その自転車の主が叫んだのが耳元で聞こえた気がしたが、スピードは落ちずにそのままわたしの愛車の前輪に突っ込んできた。
ガシャーンと聞いたこともないような大きな音がして、わたしの自転車は吹き飛んだ。
それと同じくらい、突っ込んできた人も遠くまで吹っ飛んでしまった。
それが事故だと気づくまでには、数秒を要した。
わたしも衝撃で転けはしたが、衝突した人が軌道転換したのがよかったのか、ほぼほぼ無傷で済んだ。
自転車以外は、ではあるが…。
今はそんな事をいっているヒマはない。
怪我人が出るほどの事故に遭ってしまったのだ。
急いでぶつかった相手へと近づく。
「だ、だだだ、大丈夫ですか?!」
震えて言葉にならなかったが、ただただ怯えながら肩を叩く。
しかし反応はない。
道路でうずくまっている姿を見ると、なんと、おなじ高校の男子のようだ。
――死んだ、と思った。
いったいどんなスピードで走っていたのか分からないが、飛距離をみると相当スピードが乗っていたのだろうと思う。
その証拠に、その男子はぴくりとも動かない。
まわりの人たちが集まりだした時、まず指先がぴくりと動いた。
かと思うと、先ほどまで倒れていた人とは思えないほどの早さで飛び起きる。
「ぬあー!!いっってぇー!!」
頭を押さえてはいるが、意識はあるらしい。血も出ていない。
とっさに受け身を取ったのか、顔や手が数カ所、擦り傷のようになっているだけだ。
そして、ぼうぜんと立ち尽くすわたしと目が合った瞬間、その人は飛びつくような剣幕で近寄ってきて、
「大丈夫っすか!?」と言いながらわたしの身体のあちこちを見回した。
「わたしは大丈夫ですけど…!あなたこそ大丈夫なんですか!?
あんなに飛んだのに、なんで…。」
「俺、石頭なんで全然ヘーキっす。
そんなことより、足…!!」
彼の視線を追うと、スカートから出た足が3カ所くらい擦り傷になっていた。
気づいた瞬間から、急に痛みが増してくる。
「うわあ、大変じゃないっすか!ホントすんません!!
俺、急いでて…全然前見てなかったっす。」
唇をとがらせて心底困った顔を浮かべるこの人は、よくみると見覚えがある。
というか、わたしたちの学年ではめちゃくちゃ有名人だ。
元和光中の不良で、赤い頭がトレードマークの彼は、意外にもバスケット部で活躍しているのだとか。
だけどキレやすくて怖い人だと、クラスの人が噂していたのを思い出す。
今は少し伸びた短髪だが、あいかわらず髪の毛は赤に染めている。
名前はたしか、桜木くんだっけか?
まずい人ととんでもないことになった、と瞬時に思った。
そうなっては足の傷の痛みなんかより、頭の血の気が引いてくる。
「病院行きましょう、いや…救急車!?」
「い、いや、大丈夫です!本当にただちょっとかすっただけなんで!
自転車も、中古のぼろいヤツだったんでちょうど良かったですよ!あっはっは!
ほんと大丈夫だったんで!あなたも、念のため病院行った方が良いですよ!じゃ!」
まくしたてて立ち去ろうとするも、腕をわりと強めに掴まれて、前に進めない。
どうしよう、逆にわたしが怒られるかもしれない…。
瞬時に身構えたが、一向に怒号は飛んでこない。
彼の視線は、ボロボロになったわたしの自転車だ。
「そうだ自転車!べ、弁償します…!!」
そういってもう片方の手で制服のポケットを探ると、彼の手には飴玉のゴミと、100円玉が一枚。
「…。」
「…。」
二人で顔を見合わせ、あはは…と愛想笑いを浮かべた。
なんでポケット1回探したんだろう。だいたい分かってたよね?
すると飴のゴミをもう一度ポケットに戻し、
「あの、とりあえずコレで…。」
と、言いながら握っていた100円玉を渡してくるので、さすがにおかしくなって吹き出してしまった。
「ふは…っ! あ、すすすすみません笑って!
ホント、大丈夫なんで。」
差し出された100円を丁重にお断りし、吹っ飛んでいた2台のぼろぼろな自転車を、邪魔にならないよう道の隅に移動させる。
桜木くんの自転車はなぜか形を保っているが、わたしの自転車は前輪がぐにゃりとひん曲がっている。
横からの衝撃を物語るそれは、明日から乗って通学することは困難だろう。
自動的に明日は憧れの電車通学?なんてのんきに考えていたら、桜木くんがなおも申し訳なさそうに頭を下げる。
「ホントーにすみませんでした!
弁償してーけど、俺金ねーし…。
なんか出来る事無いっすかね?」
「出来る事?ないない、そんなのないですよ。」
正直この自転車は、古いからもう買い換えようと言う話になっていたものだ。
だから弁償なんて、本当にもう良いんだけどな…と思いつつも、罪悪感からそう提案してくれる桜木くんは、見た目よりも真面目な人なんだなあと感心した。
話に聞くほど悪い人ではなさそうだ。
「ホントになんでもいっす!雑用でも何でもします!」
「雑用って…例えば焼きそばパン買ってくるだとか…?」
なんとなく、漫画なんかでみるシーンを思い出した。
冗談で言ったつもりだったのに、桜木くんの切れ長な目がキラリと光った気がした。
「ソレだ。自転車代として俺のこと、こき使っていいっすから!!えっと、何年…?」
「こきって…同い年だよ。1年1組。高橋美奈子です。」
「あ、1年だったんすね。」
驚いたように目を大きくする。
たしか桜木くんは7組あたりだった気がする。
教室も遠いので、同じ学年でも顔を合わすことはないのだ。
「高橋さん。1組って…進学クラスじゃないっすか。頭いいんすね。」
「わたしは悪い方だよ。えっと、桜木くん…。」
「え、俺の事…」
「知ってるよ、バスケ部の有名人だもん。」
「有名人…。」
そう言われて嬉しかったのか、あきらかに口元がゆるんだが、加害者であるという意識を取り戻したのか、むりやり真面目な顔を作っている。
すべて顔に書いてあります、というようにコロコロかわる表情は、怖い人というよりも可愛らしい。
もっともわたしのいう有名人は、彼が喜んでいる理由の有名人ではないのだが…。
それは黙っておいた方が良さそうだ。
「じゃ、焼きそばパンですね!わかりました!」
「いやいや冗談!冗談だから!焼きそばパンいらないよ!」
あわてて否定すると、「じゃあ何をしたら…」と眉尻を下げて考え込む。
そして桜木くんは、
「とりあえず壊しちまった美奈子さんの、自転車の代わりになります!」
と決定の強い口調で言った。
そんないきさつで、私が自転車を買い直すまでの間、桜木くんが自転車で送り迎えをしてくれることになったのだ。
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