香り【宮城SS】
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香水の香りで昔の恋人を思い出す、なんて歌が一時期流行った。
それを聞いているときに、「香りは脳の記憶と強く結びついてるんだって」なんて教えてくれたのは、どこの誰だったっけか。
そんなことをぼんやりと考えている俺は、今日会ったばかりの女の子の部屋の、ベッドの端に腰掛けている。
シャワーから上がったばかりのその子のシャンプーの香りは、指先を紙切れで切ってしまったときのように、浅くじんわりと俺の心を痛めつけた。
この香りを嗅いだ瞬間に、あの夜のことが鮮明に思い出される。
あの日いた空間、手に触れた感覚、感じた感情まで、余す所なくすべてが、だ。
高校を卒業してすぐの3月のことだった。
バスケ部のメンバーで打ち上げがあり、皆と解散したあと、なぜかマネージャーであったアヤちゃんと俺は、二人きりで帰路についていた。
今思えば、部のヤツらが気を利かせたのかもしれない。
そして会話の流れで、なんとなく彼女の家に上がらせてもらうことになった。
着いたときに家の明かりはなく、聞くと両親は不在だと言う。
初めて入った彼女の部屋は、意外にも物が少なくシンプルにまとまっていた。
俺たちの会話以外なんの音もなかったその部屋で、俺がアヤちゃんを抱くことになるのは、そう不自然な事ではなかった。
彼女への思いが通じたようで、高揚感が全身を走った。
彼女には黙っていたけど、セックスは初めてではなかった。
だけど心から好きな人との行為は、気恥ずかしさもあったがなによりも幸せだった。
しかし事が終わって、彼女は一言こう言った。
「リョータのことは好きだけど、他に好きな人がいるのよ、私。」
だからあなたとは付き合えない、とも、もう会えない、とも言うわけではなく、会話はそこでぷつんと途切れたのだけれど、彼女の俺への思いを察するには十分すぎるほどだった。
3年間心は捧げたけれど、彼女が俺に心をくれたことは、結局一度もなかったのだ。
あの行為は、せめてもの罪滅ぼしだったんだろう。
俺の3年間への、彼女にできる最大の誠意と懺悔。
きっとそんなところだ。
その日彼女に、唇が重なるほど近づいて初めて知った。
彼女のシャンプーの香りが、こんなに俺好みの甘い香りだったなんて。
彼女のことで知らないことがまだあったなんて、と自分でも驚いたし、なんだか滑稽で笑えた。
――それ以来、彼女とは会っていない。
そして今俺の目の前に、薄いキャミソール姿で立っている彼女は、なんて名前だったか?
さんざん酔った飲み会で出会ったばかりなのだから、俺の記憶力なんてせいぜいこんなものだ。
濡れた黒髪からはまだ、パタパタとしずくが落ちている。
「どうしたの?リョータくん」と彼女が聞く。
「あのさ、やっぱやめない?」
どうして?となおも耳の後ろに鼻をすりよせる彼女をそっと剥がし、
「やっぱり順序立ててさ…こういうのは。」なんて今まで一度も吐いたことのないセリフを口にする。
それが俺たちの関係への誠実さを思わせたようで、彼女はあっさりと引いてくれた。
だけど俺がこの子に会うことはもう、二度とないと思う。
アヤちゃんとして俺の中に深く刻まれたこの香りを、別の誰かで塗りつぶしてしまいたくない。
そんな子供じみた理由がハッキリと脳裏に浮かぶと、帰り道の月が反射した川沿いを歩きながら、少しだけ鼻の奥がツンとした。
それを聞いているときに、「香りは脳の記憶と強く結びついてるんだって」なんて教えてくれたのは、どこの誰だったっけか。
そんなことをぼんやりと考えている俺は、今日会ったばかりの女の子の部屋の、ベッドの端に腰掛けている。
シャワーから上がったばかりのその子のシャンプーの香りは、指先を紙切れで切ってしまったときのように、浅くじんわりと俺の心を痛めつけた。
この香りを嗅いだ瞬間に、あの夜のことが鮮明に思い出される。
あの日いた空間、手に触れた感覚、感じた感情まで、余す所なくすべてが、だ。
高校を卒業してすぐの3月のことだった。
バスケ部のメンバーで打ち上げがあり、皆と解散したあと、なぜかマネージャーであったアヤちゃんと俺は、二人きりで帰路についていた。
今思えば、部のヤツらが気を利かせたのかもしれない。
そして会話の流れで、なんとなく彼女の家に上がらせてもらうことになった。
着いたときに家の明かりはなく、聞くと両親は不在だと言う。
初めて入った彼女の部屋は、意外にも物が少なくシンプルにまとまっていた。
俺たちの会話以外なんの音もなかったその部屋で、俺がアヤちゃんを抱くことになるのは、そう不自然な事ではなかった。
彼女への思いが通じたようで、高揚感が全身を走った。
彼女には黙っていたけど、セックスは初めてではなかった。
だけど心から好きな人との行為は、気恥ずかしさもあったがなによりも幸せだった。
しかし事が終わって、彼女は一言こう言った。
「リョータのことは好きだけど、他に好きな人がいるのよ、私。」
だからあなたとは付き合えない、とも、もう会えない、とも言うわけではなく、会話はそこでぷつんと途切れたのだけれど、彼女の俺への思いを察するには十分すぎるほどだった。
3年間心は捧げたけれど、彼女が俺に心をくれたことは、結局一度もなかったのだ。
あの行為は、せめてもの罪滅ぼしだったんだろう。
俺の3年間への、彼女にできる最大の誠意と懺悔。
きっとそんなところだ。
その日彼女に、唇が重なるほど近づいて初めて知った。
彼女のシャンプーの香りが、こんなに俺好みの甘い香りだったなんて。
彼女のことで知らないことがまだあったなんて、と自分でも驚いたし、なんだか滑稽で笑えた。
――それ以来、彼女とは会っていない。
そして今俺の目の前に、薄いキャミソール姿で立っている彼女は、なんて名前だったか?
さんざん酔った飲み会で出会ったばかりなのだから、俺の記憶力なんてせいぜいこんなものだ。
濡れた黒髪からはまだ、パタパタとしずくが落ちている。
「どうしたの?リョータくん」と彼女が聞く。
「あのさ、やっぱやめない?」
どうして?となおも耳の後ろに鼻をすりよせる彼女をそっと剥がし、
「やっぱり順序立ててさ…こういうのは。」なんて今まで一度も吐いたことのないセリフを口にする。
それが俺たちの関係への誠実さを思わせたようで、彼女はあっさりと引いてくれた。
だけど俺がこの子に会うことはもう、二度とないと思う。
アヤちゃんとして俺の中に深く刻まれたこの香りを、別の誰かで塗りつぶしてしまいたくない。
そんな子供じみた理由がハッキリと脳裏に浮かぶと、帰り道の月が反射した川沿いを歩きながら、少しだけ鼻の奥がツンとした。
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