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試合終了のブザーが鳴り響く。
多くの観客が見守る会場の、大きなライトの下に立っている俺は、肩で息をしつつも、その中にたった一人の姿を探している。
しかし見つけられず、しかたなく用意された更衣室へと向かった。
すると、そのドアの前に立つ女が一人。
「お前、なんで最後見てねーんだよ。」
「ちゃんとみたよ。それで試合が終わってから、急いでこっちまで走ってきたんだから!」
はいっと片手で持てる位の大きさの花束を渡される。
俺がもうずっと昔に、好きだと言ったことのある花だ。
「今シーズンお疲れ様。三井寿選手!」
ほころぶような笑顔で笑う彼女に、俺は人目もはばからずに抱きついた。
やめてよ、と身体をねじらせる彼女は、しばらくすると諦めて、受け入れるように俺の背中をそっと抱いた。
あの高校2年の冬の日以来、俺はバスケ部のやつらや安西監督に頭を下げ、部に戻った。
赤木や木暮はあいかわらずで、あいつらなりの方法で俺に接してくれた。
1年後輩に宮城という生意気なヤツがいたが、途中からは俺のプレーを認めたのか、まぁ意気投合した仲にもなったともいえるだろう。
それから3年になり、夏や冬の試合に出場した俺は、スカウトを受けて強豪大学への進学を手にした。
そして今、B1のチームに所属し、こうしてバスケを続けている。
いろいろ回り道したが、結果的に落ち着くところに収まったな。なんて、この前久々に会った木暮に言われたっけ。
その軌跡を思い返すと、俺にとっての大きな存在である彼女のことを、絶対に忘れることは出来ない。
高橋美奈子。
彼女のおかげで、今の俺がある。
一途に俺のバスケのことを応援してくれた、俺の人生において絶対に省くことの出来ない存在。
そんな彼女との付き合いも、もう10年目になるだろうか。
レギュラーシーズンが終わり、これから始まるチャンピオンシップが終わるタイミングで、俺たちは結婚する。
もう今では付き合った頃のような新鮮さはなくとも、彼女といると心から安心できる。
彼女も、俺といることを望んでくれていたようで、ド緊張したプロポーズもなんとか受け入れてもらうことが出来た。
高校生のころから変わらず、これからも彼女を愛し続けること、そしてバスケットを愛し続けることを、俺は強く心に決めている。
試合後のチームミーティングを終え、新居として構えたマンションの一室に戻ると、先に帰宅していた美奈子が夕食の準備をしていた。
「あれ、もう帰ったの?今日はチームで打ち上げかと思ってた。」
「監督の予定で別日になった。その割には、俺の飯も作ってくれてんの?」
「うん、もしかしたら帰ってくるかも…なんて思ってね。」
言いながらスープの味見をする美奈子を、後ろから抱きしめる。
「ちょ、こぼれるよ!手、洗った?」
「ん、まだ…。」
耳もとでささやき、耳の上にキスをする。俺の唇よりも冷たい美奈子の一部が、ひんやりとして気持ちいい。
「やっ…、後にしてよ。」
「嫌だ、今がいい。」
そのまま流れでエプロンの上から胸に手を這わすと、急にみぞおちあたりに肘打ちされる。
「い…って!お前、本当に強くなったよな…。」
「当たり前だよ。三井くんと一緒にいようと思ったら、なりたくなくても強くなっちゃうって。」
「…何度も言うけどよ。お前ももうすぐその、”三井さん”になるんだけど?」
「あ。」
なぜだか分からないが、この10年間美奈子はずっと俺の事を名字で呼んでいた。
最初は慣れないから、という理由だったが、途中からは名前で呼ぶことのほうが照れくさくなってしまったらしい。
結婚しても”三井くん”と呼ばれるような気が、しないでもない。
「直さないとって思うんだけど、やっぱり恥ずかしくて。」
「恥ずかしいって…名前呼ぶことより何より、もっと恥ずかしいこともしてんじゃん、俺たち。」
もう一度肘打ちを食らいそうだったので、反射的に身体を反らす。
そう何度も食らうほど、反射神経は悪くないはずだ。
「呼んでみ?はい、”寿”。」
「ひ、ひさ…… !!…っあー無理だよ、絶対恥ずかしい!!」
「あのヘンテコな敬語も辞められたんだから出来るって。ハイ、もう一回。」
「…うう…。今日意地悪だ、三井くん。」
花束あげたのに…と唇をとがらせる。
俺はそんな美奈子が可愛くて、もっとからかってやりたくなる。
ガスコンロの火を消し、美奈子を軽く抱き上げると、リビングの中心を陣取るソファーの上にそっと降ろす。
「ちょ、ちょっと、料理が…。」
「んー?」
「冷め… あ、」
チラチラとキッチンを気にしている美奈子の、エプロンの結び目をするりとほどき、床に落とす。
渋い顔をしていた美奈子はそれをじっと見つめながら、諦めたようにふっと身体の力を抜き、俺に身体を預けた。
「花束も嬉しかったんだけどさ、別のご褒美はくんねーの?」
「ご褒美って…?」
分かっているくせにとぼける美奈子の前ボタンを外しながら、そっと唇を落とす。
「例えば美奈子とか…。」
「もう拒否権ないじゃん…。」
むくれながらも俺に応じてくれる美奈子は、今日は試合を見に行くからと朝から張り切って髪の毛を巻いていたっけ。
そんなキレイに整えられた髪を乱してしまうことに罪悪感を覚えつつも、彼女の隅々を丁寧に愛でる。
控えめだが透き通るような声で喘ぐ美奈子に、俺も徐々に余裕がなくなってくる。
「っ、美奈子、ゆってみ。俺の名前…。」
「ん…あっ…」
「うん?」
「ひさ、し…っ」
目にうっすらと涙を浮かべる彼女の前髪を撫で、俺はとても満足していた。
普段はその名を呼んでくれなくても、こうして触れあっているときだけは素直になってくれることを、俺は知っているから。
これからもそっちの方向で楽しむのもいいかも、なんて思ってしまう。
「…ほら、笑ってる…だから、ヤなの。」
「はは、笑ってねーよ。ただ嬉しかっただけ。」
むくれる彼女の唇を塞ぎ、ふたたび熱を帯びた舌を探った。
それに必死に応じようとする彼女を感じながら、俺は美奈子とこれから先もずっといられる未来を、そんな幸せを想った。
ーENDー