nonsense
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「三井、お前どうしたの?」
「あ?別になんもねーよ。」
机に突っ伏していると、前の席に座っているヤツに話しかけられた。
こいつの言いたいことはわかる。
俺も少し不本意なんだ。
でもあの屋上での別れ際、高橋に言われた。
「わたしからも一言いわせてもらいますと、そのロン毛、三井くんに似合ってないです。」
「オイ…このタイミングでそれ言うか?フツー。」
平静を装うが、さすがにショックを隠せない。
別に格好を付けたくて伸ばしているわけじゃないが、ただ、短いと昔の自分と重ねてしまって嫌で、仕方なくだらだらと伸ばしているのだった。
「短いほうが似合ってます。」
去り際にそう言い残された言葉が胸に刺さる。
そこまで言われたら、なんとなく変えてしまいたくなって、とりあえず切る決心が付くまでは一つに束ねておくことにした。
自分ではコッチのほうが似合ってない気もするが…。
高橋はメガネとヘアスタイルを変えたことでとっつきやすくなったのか、クラスの女子ともたまに会話しているようだった。
相変わらず誰にでも敬語なのでまだ距離はあるが…。
慣れてくればきっと友達もできるだろう。
俺たちは、校内でおおひろげに会話をすることはないが、放課後屋上で話したり、家が近いので休みの日にブラブラと話しながら歩いたり…。
ちゃんと伝えてはいないが、俺はほとんど付き合っているようなつもりでいた。
高橋の無表情からは、真意を探るのは難しい。だから俺の事をどう思っているのか、怖くてハッキリ聞いたことは、まだない。
手をつなげば普通につなぎ返してくれる、それだけの関係だ。
他人が聞けば中学生かよって笑うかもしれないが、その事実だけでも、俺にとっては十分すぎるほどだった。
日曜日の、ゆっくりとした時の流れる住宅街を歩く。
秋から冬に変わっていく、そんな季節。
最近まで日中は暑いくらいだったのに、今は上着がなければ昼間でも肌寒い。
そんな中、俺は最寄り駅から少し離れた公園に到着し、高橋を待っていた。
俺に貸したい本があると言っていたし、それよりもただ、高橋に会えるだけでよかった。
あいつの不自然な敬語で発するおかしな言動にツッコむのは、単純におもしろい。
それに高橋とは意外と話も合う。
好きな本の系統が同じだと知って、いつもいろいろ本を貸してくれる。
ふと頭の中に流れている音楽を、気づけば同じようにくちずさんでいたり、コンビニで買う飲み物が知らず知らず被っていたり。
そんな小さな偶然の連続は、俺を夢中にさせるのには十分すぎるほどだった。
広い公園のベンチに座る。
初めて来る公園だ。かなり広いらしいが、高橋はよく知っているようで、自販機のとなりにあるこのベンチを、待ち合わせに指定してきた。
すると、遠くの方から冷たい空気に反響するように、ボールの音が聞こえる。
それがバスケットボールの音だということに、すぐに気がついた自分にまず驚いた。
ここからちょうど木に隠れたところに、バスケットコートが一面だけあるのが見える。
胸がざわついた。
もうあれから1年以上も経ったのに、まだ俺はバスケットのことなんて考えているのかと、心底嫌気がさす。
あの日から俺は、もう一度もボールを触っていないのに…。
思わずぎゅっと拳を握ったが、爪が食い込んでいるはずの手のひらは不思議と痛みも感じない。
「三井くん、お待たせしました。」
後ろから一定のトーンで落ち着いた声がする。
高橋の声だ。
「おう…。」
「…どうかしましたか?なんか…怒ってるような…。」
「いや、別に。なんでもねえよ。」
「そうですか。」
無意識に強くなる語気を沈める。
すると高橋は、これ…と本の入った紙袋を差し出す。
高橋の感情は読み取りづらいが、コイツ自身はよく人のことを見ていると感心するときがある。
しかし今は、あまり詮索されたくない。
「高橋、場所変えようぜ。」
「あ、バスケットの練習している人が! 少し見ていきませんか?」
意外にもバスケに興味があるのか、遠くのコートを指して子どものようにはしゃぐ。
高橋が自分のしたいことを主張するなんて、珍しいがなぜこのタイミングなんだろうか。
「いや、俺は見たくねえ。」
「わたしはみたいです。」
「いいよ、またにしようぜ。」
「三井くん、わたし見たいんですよ。」
いつになく諦めの悪い高橋に、つい押し黙る。
しかし目線はじっと、俺の顔を据えているのが横目にわかった。
「わたし三井くんがバスケしているところ、見たいです。」
「え、」
唐突なセリフに、心臓をおもいきり掴まれたようだった。
思わず、高橋の顔を見ずには居られなかった。
眼鏡の奥のまっすぐな視線が、俺とぶつかる。
「なんで、お前…っ」
「知ってました、最初からずっと。
入学したとき、三井くんは有名人でしたから。
バスケの上手な新入生の、三井寿くん。」
コイツは何も知らないで居ると思っていたのに、知っていたのか。
俺の過去を。俺が全部投げ出して、ここにいることも。
「最初は、有名人だからあまり関わりたくないって思って、顔と名前を覚えたんです。
ですけど、その後はまた別の意味で目立ってましたけどね。」
優しい口調で言い、小さく笑う。
その間も、背後に遠く響いているのはボールの音だ。
俺が何も言えないまま立ち尽くしていると、さらに続ける。
「三井くん、わたしにフツーでいていいって言ってくれましたよね。
それがすごく嬉しかったんです。
わたしは、ずっと人に素顔をさらすのが怖かったです。
…だけど、三井くんのおかげで、今はメガネも外せます。人の顔も見て話せます。」
「高橋…。」
「ほんとうはずっと…素顔のままで生きてみたかったんだって、気づいたんです。
今まで自分の感情にフタをして、自分が傷つかないようにすることで、逆に自分を傷つけていたんだなって」
「…」
俺はたいしたことを言ったつもりはないが、高橋の中では俺は恩人レベルの扱いになっているらしい。
しかし、実際にその変化を望んだのは、高橋自身だ。俺の言葉はただのきっかけにすぎない。
「三井くん、本当はバスケしたいんじゃないですか?」
「んなわけねーだろ…。」
「じゃあなんで、あんなに悲しそうにコートを見ていたんですか?」
「それは…。
キライなんだよ、バスケも、バスケやってるヤツも…。」
「三井くん…」
「ああ、クソ!うるせぇな!!」
思わず声を荒げてしまい、強く握りしめた拳は行き場なく宙を泳いだ。
すぐに我に返り、高橋をみると、少し怯えたような瞳が揺れていた。
「すみません…さすがに出しゃばりすぎましたよね…。」
「あ、いや…悪ぃ、怒鳴って…。」
「いえ。…少し、歩きましょうか。」
促されて、黙って歩き始めたものの、居心地の悪い時間が流れる。
一歩先を歩いている高橋も、こちらを振り返らない。
俺は、さっき高橋に言われた言葉を頭の中で反芻させていた。
考えれば考えるほど、たしかに高橋に言われたことは図星だった。
俺はバスケが嫌いだ。見たくも聞きたくもない。
何度も俺の中で繰り返してきた言葉だ。
だけどそれは、それは…
表を返せば…バスケができない自分が許せないんだ。
あの時バスケから離れた、自分自身が許せない。
こんな風に学校でもバカみたいに暇を持て余して、同じような考えのやつらとつるんでいる、自分が一番許せないんだ。
似合わない髪を伸ばしている自分も、だ。
本当はわかっていた。
毎朝鏡を見る度に、これでいいのかって、いつも思ってた。
だけど認めてしまったら、あの時バスケを辞めた自分自身を一生責めるであろう事をわかっていたから、気づかないふりをしたんだ。
さっき高橋が言ってたよな、
「自分が傷つかないようにすることで、逆に自分を傷つけていた」って。
たしかにその通りだったと、怒鳴ったことで逆に冷静になった俺の思考は、不思議なくらいすんなりとこの感情を飲み込んだ。
「高橋、俺さ。」
「はい。」
トラックが行き交う道路の歩道で、ふいに立ち止まる。
やっと振り返った高橋は、怯えているのではないかと思ったが、いつもと変わらず淡々としていた。
「俺…本当はバスケがしてぇ。忘れられねえんだよ、ずっと。」
それは友達にも親にも、もちろん自分自身にも言ったことがない言葉だった。
言葉にしたことで、急にそれが感情を持ち始めたような気がする。
すると、ふわっと花でも舞いそうなやわらかい顔で、高橋が笑う。
「はい、知ってましたよ。」
その言葉は俺をすべて肯定してくれているようで、とても安心した気持ちになる。
本当に不思議なヤツだ。
つい最近までは存在すら知らなかった彼女に、こんなにも心を許している自分がいるなんて。
「…けど、今更バスケ部に戻るのは、無理だと思う。
俺も戻りづれーし、部員にも…監督にも合わせる顔がねぇ。」
「そう…ですよね。
簡単なことではないですよね…。」
「ああ…。」
バスケをしたい、と…。
せっかく自分で認めてみても、すんなりいかない現実が立ちはだかった気がした。
沈黙を埋めるように行き交う車の音が、今はありがたい。
「今は自分の気持ちを認めただけでも、褒めてあげませんか?自分自身を。
それで十分だと思います。三井くんはすごいです。」
そして背伸びして、俺の頭をなでる。
最初のころから思っていたが、高橋は俺に物怖じせずなんでも言ってくれる。
これまで他人の意見は耳にフタをして、聞き入れないようしていたのに、高橋の言葉は不思議とすんなり入りこんで、すべてを肯定してくれるような気がする。
そんな空気感が、とても心地いい。
「別に学校でやらなくてもイイじゃないですか。
他にバスケができるところを探してみるとか…。」
「え?」
「詳しくないので、具体的にどんな団体があるのかはわかりませんが…すみません、適当なこと言って。」
高橋は適当なこと、と言ったが、そうでもないかもしれない。
別に学校でバスケをやらなくたって…。
他のところでだってバスケはできるかもしれない。
今は湘北のバスケ部に戻ることより、また別の考え方でいてもいいのかもしれないと、すこし前向きな気持ちが湧いてきた。
「ああ、そうだよな…。
すぐにとはいかなくても…考えてみるわ。」
「はい、是非そうしましょう!」
自分のことのように喜々とする目の前の高橋が、この瞬間愛おしい。
彼女ともっと一緒にいたい。今まで曖昧に思っていたことだが、そう強く感じた。
俺たちはお互いに気難しくて、普通のやつらがすんなり進んでいけることすらも、認められずに遠回りをしているのかもしれない。
だけど、それも含めて自分自身なのだと、認め合える存在になれたら…
俺は少しだけ自分を許して、少しだけ今の自分を好きになれるかもしれない。
「美奈子…。」
「はい…。あの、名前…。」
「美奈子でイイだろ?」
「は、はい。」
「俺と付き合って…ほしいんだけど。」
ストレートに伝えるはずが、語尾に段々自信がなくなってくる。
どうでもいいヤツに言うのなんかとは違い、柄にもなく緊張する。
それが伝わったのかどうなのか、彼女のゆれるような瞳から、真意を探る。
しばらく地を眺めていた高橋だったが、スッとなにかを決意するかのように、まっすぐに俺を見据えた。
「…はい。よろしくお願いします。」
「…! んじゃ、行くか。」
俺は小さく笑って、まだ宙をみている美奈子の手を引いた。
「あ?別になんもねーよ。」
机に突っ伏していると、前の席に座っているヤツに話しかけられた。
こいつの言いたいことはわかる。
俺も少し不本意なんだ。
でもあの屋上での別れ際、高橋に言われた。
「わたしからも一言いわせてもらいますと、そのロン毛、三井くんに似合ってないです。」
「オイ…このタイミングでそれ言うか?フツー。」
平静を装うが、さすがにショックを隠せない。
別に格好を付けたくて伸ばしているわけじゃないが、ただ、短いと昔の自分と重ねてしまって嫌で、仕方なくだらだらと伸ばしているのだった。
「短いほうが似合ってます。」
去り際にそう言い残された言葉が胸に刺さる。
そこまで言われたら、なんとなく変えてしまいたくなって、とりあえず切る決心が付くまでは一つに束ねておくことにした。
自分ではコッチのほうが似合ってない気もするが…。
高橋はメガネとヘアスタイルを変えたことでとっつきやすくなったのか、クラスの女子ともたまに会話しているようだった。
相変わらず誰にでも敬語なのでまだ距離はあるが…。
慣れてくればきっと友達もできるだろう。
俺たちは、校内でおおひろげに会話をすることはないが、放課後屋上で話したり、家が近いので休みの日にブラブラと話しながら歩いたり…。
ちゃんと伝えてはいないが、俺はほとんど付き合っているようなつもりでいた。
高橋の無表情からは、真意を探るのは難しい。だから俺の事をどう思っているのか、怖くてハッキリ聞いたことは、まだない。
手をつなげば普通につなぎ返してくれる、それだけの関係だ。
他人が聞けば中学生かよって笑うかもしれないが、その事実だけでも、俺にとっては十分すぎるほどだった。
日曜日の、ゆっくりとした時の流れる住宅街を歩く。
秋から冬に変わっていく、そんな季節。
最近まで日中は暑いくらいだったのに、今は上着がなければ昼間でも肌寒い。
そんな中、俺は最寄り駅から少し離れた公園に到着し、高橋を待っていた。
俺に貸したい本があると言っていたし、それよりもただ、高橋に会えるだけでよかった。
あいつの不自然な敬語で発するおかしな言動にツッコむのは、単純におもしろい。
それに高橋とは意外と話も合う。
好きな本の系統が同じだと知って、いつもいろいろ本を貸してくれる。
ふと頭の中に流れている音楽を、気づけば同じようにくちずさんでいたり、コンビニで買う飲み物が知らず知らず被っていたり。
そんな小さな偶然の連続は、俺を夢中にさせるのには十分すぎるほどだった。
広い公園のベンチに座る。
初めて来る公園だ。かなり広いらしいが、高橋はよく知っているようで、自販機のとなりにあるこのベンチを、待ち合わせに指定してきた。
すると、遠くの方から冷たい空気に反響するように、ボールの音が聞こえる。
それがバスケットボールの音だということに、すぐに気がついた自分にまず驚いた。
ここからちょうど木に隠れたところに、バスケットコートが一面だけあるのが見える。
胸がざわついた。
もうあれから1年以上も経ったのに、まだ俺はバスケットのことなんて考えているのかと、心底嫌気がさす。
あの日から俺は、もう一度もボールを触っていないのに…。
思わずぎゅっと拳を握ったが、爪が食い込んでいるはずの手のひらは不思議と痛みも感じない。
「三井くん、お待たせしました。」
後ろから一定のトーンで落ち着いた声がする。
高橋の声だ。
「おう…。」
「…どうかしましたか?なんか…怒ってるような…。」
「いや、別に。なんでもねえよ。」
「そうですか。」
無意識に強くなる語気を沈める。
すると高橋は、これ…と本の入った紙袋を差し出す。
高橋の感情は読み取りづらいが、コイツ自身はよく人のことを見ていると感心するときがある。
しかし今は、あまり詮索されたくない。
「高橋、場所変えようぜ。」
「あ、バスケットの練習している人が! 少し見ていきませんか?」
意外にもバスケに興味があるのか、遠くのコートを指して子どものようにはしゃぐ。
高橋が自分のしたいことを主張するなんて、珍しいがなぜこのタイミングなんだろうか。
「いや、俺は見たくねえ。」
「わたしはみたいです。」
「いいよ、またにしようぜ。」
「三井くん、わたし見たいんですよ。」
いつになく諦めの悪い高橋に、つい押し黙る。
しかし目線はじっと、俺の顔を据えているのが横目にわかった。
「わたし三井くんがバスケしているところ、見たいです。」
「え、」
唐突なセリフに、心臓をおもいきり掴まれたようだった。
思わず、高橋の顔を見ずには居られなかった。
眼鏡の奥のまっすぐな視線が、俺とぶつかる。
「なんで、お前…っ」
「知ってました、最初からずっと。
入学したとき、三井くんは有名人でしたから。
バスケの上手な新入生の、三井寿くん。」
コイツは何も知らないで居ると思っていたのに、知っていたのか。
俺の過去を。俺が全部投げ出して、ここにいることも。
「最初は、有名人だからあまり関わりたくないって思って、顔と名前を覚えたんです。
ですけど、その後はまた別の意味で目立ってましたけどね。」
優しい口調で言い、小さく笑う。
その間も、背後に遠く響いているのはボールの音だ。
俺が何も言えないまま立ち尽くしていると、さらに続ける。
「三井くん、わたしにフツーでいていいって言ってくれましたよね。
それがすごく嬉しかったんです。
わたしは、ずっと人に素顔をさらすのが怖かったです。
…だけど、三井くんのおかげで、今はメガネも外せます。人の顔も見て話せます。」
「高橋…。」
「ほんとうはずっと…素顔のままで生きてみたかったんだって、気づいたんです。
今まで自分の感情にフタをして、自分が傷つかないようにすることで、逆に自分を傷つけていたんだなって」
「…」
俺はたいしたことを言ったつもりはないが、高橋の中では俺は恩人レベルの扱いになっているらしい。
しかし、実際にその変化を望んだのは、高橋自身だ。俺の言葉はただのきっかけにすぎない。
「三井くん、本当はバスケしたいんじゃないですか?」
「んなわけねーだろ…。」
「じゃあなんで、あんなに悲しそうにコートを見ていたんですか?」
「それは…。
キライなんだよ、バスケも、バスケやってるヤツも…。」
「三井くん…」
「ああ、クソ!うるせぇな!!」
思わず声を荒げてしまい、強く握りしめた拳は行き場なく宙を泳いだ。
すぐに我に返り、高橋をみると、少し怯えたような瞳が揺れていた。
「すみません…さすがに出しゃばりすぎましたよね…。」
「あ、いや…悪ぃ、怒鳴って…。」
「いえ。…少し、歩きましょうか。」
促されて、黙って歩き始めたものの、居心地の悪い時間が流れる。
一歩先を歩いている高橋も、こちらを振り返らない。
俺は、さっき高橋に言われた言葉を頭の中で反芻させていた。
考えれば考えるほど、たしかに高橋に言われたことは図星だった。
俺はバスケが嫌いだ。見たくも聞きたくもない。
何度も俺の中で繰り返してきた言葉だ。
だけどそれは、それは…
表を返せば…バスケができない自分が許せないんだ。
あの時バスケから離れた、自分自身が許せない。
こんな風に学校でもバカみたいに暇を持て余して、同じような考えのやつらとつるんでいる、自分が一番許せないんだ。
似合わない髪を伸ばしている自分も、だ。
本当はわかっていた。
毎朝鏡を見る度に、これでいいのかって、いつも思ってた。
だけど認めてしまったら、あの時バスケを辞めた自分自身を一生責めるであろう事をわかっていたから、気づかないふりをしたんだ。
さっき高橋が言ってたよな、
「自分が傷つかないようにすることで、逆に自分を傷つけていた」って。
たしかにその通りだったと、怒鳴ったことで逆に冷静になった俺の思考は、不思議なくらいすんなりとこの感情を飲み込んだ。
「高橋、俺さ。」
「はい。」
トラックが行き交う道路の歩道で、ふいに立ち止まる。
やっと振り返った高橋は、怯えているのではないかと思ったが、いつもと変わらず淡々としていた。
「俺…本当はバスケがしてぇ。忘れられねえんだよ、ずっと。」
それは友達にも親にも、もちろん自分自身にも言ったことがない言葉だった。
言葉にしたことで、急にそれが感情を持ち始めたような気がする。
すると、ふわっと花でも舞いそうなやわらかい顔で、高橋が笑う。
「はい、知ってましたよ。」
その言葉は俺をすべて肯定してくれているようで、とても安心した気持ちになる。
本当に不思議なヤツだ。
つい最近までは存在すら知らなかった彼女に、こんなにも心を許している自分がいるなんて。
「…けど、今更バスケ部に戻るのは、無理だと思う。
俺も戻りづれーし、部員にも…監督にも合わせる顔がねぇ。」
「そう…ですよね。
簡単なことではないですよね…。」
「ああ…。」
バスケをしたい、と…。
せっかく自分で認めてみても、すんなりいかない現実が立ちはだかった気がした。
沈黙を埋めるように行き交う車の音が、今はありがたい。
「今は自分の気持ちを認めただけでも、褒めてあげませんか?自分自身を。
それで十分だと思います。三井くんはすごいです。」
そして背伸びして、俺の頭をなでる。
最初のころから思っていたが、高橋は俺に物怖じせずなんでも言ってくれる。
これまで他人の意見は耳にフタをして、聞き入れないようしていたのに、高橋の言葉は不思議とすんなり入りこんで、すべてを肯定してくれるような気がする。
そんな空気感が、とても心地いい。
「別に学校でやらなくてもイイじゃないですか。
他にバスケができるところを探してみるとか…。」
「え?」
「詳しくないので、具体的にどんな団体があるのかはわかりませんが…すみません、適当なこと言って。」
高橋は適当なこと、と言ったが、そうでもないかもしれない。
別に学校でバスケをやらなくたって…。
他のところでだってバスケはできるかもしれない。
今は湘北のバスケ部に戻ることより、また別の考え方でいてもいいのかもしれないと、すこし前向きな気持ちが湧いてきた。
「ああ、そうだよな…。
すぐにとはいかなくても…考えてみるわ。」
「はい、是非そうしましょう!」
自分のことのように喜々とする目の前の高橋が、この瞬間愛おしい。
彼女ともっと一緒にいたい。今まで曖昧に思っていたことだが、そう強く感じた。
俺たちはお互いに気難しくて、普通のやつらがすんなり進んでいけることすらも、認められずに遠回りをしているのかもしれない。
だけど、それも含めて自分自身なのだと、認め合える存在になれたら…
俺は少しだけ自分を許して、少しだけ今の自分を好きになれるかもしれない。
「美奈子…。」
「はい…。あの、名前…。」
「美奈子でイイだろ?」
「は、はい。」
「俺と付き合って…ほしいんだけど。」
ストレートに伝えるはずが、語尾に段々自信がなくなってくる。
どうでもいいヤツに言うのなんかとは違い、柄にもなく緊張する。
それが伝わったのかどうなのか、彼女のゆれるような瞳から、真意を探る。
しばらく地を眺めていた高橋だったが、スッとなにかを決意するかのように、まっすぐに俺を見据えた。
「…はい。よろしくお願いします。」
「…! んじゃ、行くか。」
俺は小さく笑って、まだ宙をみている美奈子の手を引いた。