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「お、おい三井!!お前なんかあったのかよ?」
「んだよ?なんかって。」
クラスでつるんでいるヤツの一人が、小さく指を指した先には、ビン底メガネから普通のメガネになり、髪を肩のあたりまでバッサリ切った、高橋美奈子がいた。
「高橋に告ったんだろ?昨日二人して学校来てねーし…。
で、今日来てみたら、高橋はなんか可愛くなってるしよ…。」
「あ?可愛くねーだろ別に。」
正直、あのお化けといわれていた女の見た目が、清楚だといえるレベルまで変わっているのだ。
クラスのやつらも、ひそかにざわついているのは気づいていた。
特に男が、だ。
「え、ヤッたの?」
「は?バカお前…っ!」
ゴホッと、飲んでいたパックのコーヒー牛乳を吹きそうになる。
「それで急に女らしくなったのかと…。」
「んなわけねーだろ!あんな女と何で俺が…!」
「だ、だよな。髪切ろうが何だろうが、元はあのお化け女だしな。」
言い返したかったが、あいつはそれを望んでいないだろうと思い直る。
にしても、あいつはクラスのざわめきに気づいているのか気づいていないのか、あくまで飄々としている。
(大丈夫だよな…?)
あんなに目立ちたくないと言っていた高橋が、俺のアドバイス通りにして、ビン底メガネをやめた。髪も切った。
きっとかなり勇気がいっただろうと、心底尊敬する。
あいつの異常なまでの地味さは、いじめのトラウマによるものだろう。
そんなあいつがまた傷ついてしまわないよう、俺は柄にもなく本気で祈った。
「あ、ここに居ましたか。」
「…高橋。」
HRをサボり、屋上でぼうっとしていたところに、高橋が顔を出した。
もう放課後になっていることは、遠くから聞こえてくるどっかの部活のかけ声からして、わかっていた。
「三井くん、ありがとうございました。」
「何が?」
「わたしを客観的にみて、アドバイスしてくださったことです。
おかげで、クラスに擬態できました。」
「ぶはっ」
擬態という単語を、大真面目に口にする高橋に、おもわず吹き出す。
「まだどこか、おかしいですか?!」
「いやちげーって!言い方がおかしかっただけで…
その、フツーに可愛いよ。」
「そうですか!よかったです…。」
ほっと胸をなでおろす反応は、なにか俺の想像とは違っていた。
可愛いとまで言ったのに、表情一つかえないコイツは、たぶん小さい頃からそう言われて慣れているのだろうと察する。
生まれつきの美人だからだろうか。
「フツーてそんなに嬉しいか?俺は特別がいいぜ。」
「三井くんは、特別ですよ。」
「え?」
聞き返しても、その表情は変わらない。
彼女のまっすぐな視線があるだけだ。
「三井くんには、なぜか心を開いてしまう…。
本音で話せます。
三井くんは、わたしの特別です。」
ストレートなセリフに、つい赤面する。
コイツには人との距離感が、遠いか近いかのどちらかしかないんだろうか。
「お前…そういうの誰にでも言うなよ。」
「誰にでもいいません、三井くんは特別なので。」
「わかった、わかったから!」
顔を見られたくなくて、頬杖をつくフリをする。
特別なんて言葉を言われるのはむずがゆいけど、とても懐かしい感じがした。
俺もかつては、特別だと思われる人間だった。
チームメイトからの期待、信頼、羨望…。
そんなものが俺には常にあって、そのプレッシャーは逆に心地よかった。
だけど…。
「俺はそんな風に言ってもらえるような人間じゃねーよ。
ただのなんもできねーバカだ。」
「…そうでしょうか…。」
屋上の柵に背中を任せていると、高橋もそれにならって俺の横に来た。
放課後の風と共に、甘くていい匂いがする。
「わたしは自分を変えることが怖かったです。
…だけど、三井くんがその勇気をくれました。
三井くんの言葉が、わたしを変えてくれたんです。
だから三井くんは、すごい人です。」
「高橋…。」
こいつは俺の過去も、きっと何も知らない。
それなのに、俺の感情を揺さぶる言葉を…
誰かに言ってほしかった言葉を、はずかしげもなくまっすぐに伝えてくれる。
誰かに必要とされること…。
それがこんなにも嬉しいことだと、久しぶりに思い出した。
「サンキューな、高橋。」
「別にお世辞じゃないですよ。」
「わーってるって。だから言ってんだよ。…サンキュー。」
思わず、隣にいる高橋の手を握る。
冷たいと思っていたが、思いのほかあたたかい。
「え、あの…」
女の手を、こんなに純粋な気持ちで握りたいと思ったことがあっただろうか。
自分の孤独を埋めるためだけの、その日限りで遊ぶ奴らとは違う。
愛おしくて、誰にも傷つけさせたくないという気持ち…。
俺みたいなヤツがそんなことを言うなんて、おかしいのかもしれないが、それでも本心だった。
マネキンのように固まってしまった高橋の反応をみるに、そんなに恋愛経験はなさそうだ。
新鮮な反応に、屋上で手をつなぐというこの状況。
こちらもなぜか照れくさくなってくる。
「…こっちジッと見んなよ…。」
「…ヤンキーなのに可愛いんですね。」
「るせー。」
くすりと小さく笑った高橋が、俺の横目に映っている。
そして彼女はなにも言わず、ただ握られていた手を、指に絡ませてつなぎ直した。