nonsense
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「お前…なにしてんだよ。」
「三井さん、昨日はすみませんでした。」
コレ…。
と、会うなり封筒を手渡してくる。
形から察するに、金だろうと思った。
「いらねーよ。」
「いえ、昨日制服を汚してしまったので…。
クリーニング代です。」
なかなか手を下げないのでその封筒を奪い取り、無理矢理メガネ女の鞄の中に戻す。
「あっ、」
「ほんとにいらねーから。
クリーニング代もかかってねぇ。」
「そうでしょうか…。」
まだ罪悪感があるらしく、スカートを指先で触りながらおどおどとしている。
「ていうかお前、授業始まってんぞ。
ずっと待ってたのか?」
「はい、三井さんと話すのは、ここがいいかなと思いまして…」
「あぁ…。」
瞬時に、俺を話すところをクラスのヤツに見られたくないのだと悟った。
たしかにコイツは真面目だし、俺なんかと話していたら目立つ。教師や周りのやつらも黙っていないだろう。
「三井さんは目立ちますし、近寄ると周りに注目されてしまいますので…。」
「悪かったな。」
「あ、いえ、そういう意味ではなくて…。
わたしが極力、目立ちたくないんです。
誰からも存在を、気づかれたくないので。」
「なんだそりゃ。」
思ったような理由ではなくて、拍子抜けする。
今のままでも十分すぎるほど地味なのに、なにをそんなに気にしているのか、俺にはよく理解できない。
「では。」
そう言って、校門をくぐらずに帰ろうとするビン底に、俺は思わず声を掛ける。
「おい、学校行かねえのか?!」
「はい、途中で入ると目立ちますので…。」
「はあ?俺と一緒だと目立つっつーんなら、先に行けよ。
なんなら俺は帰ってもイイし…。」
「いえ、そういう問題ではありません。
遅刻して目立つくらいなら、休んだほうがましです。
帰ります。」
無表情で淡々と言うコイツの手を、思わずつかむ。
「おい、待てって…!」
「わっ…」
その衝撃で振り返ったコイツのメガネが、おもしろいくらい綺麗に滑り、地面へと落ちる。
カシャンと高い音を立てて、金属のフレームが地面に打ち付けられるのがわかった。
「わ、悪ぃ…」
「いえ…」
今までメガネのせいでよく顔の見えなかったコイツと、初めて正面から向き合う。
その顔は、想像していたよりもずっと美人で驚いた。
白い肌に、化粧なんてしていなくても人形のように整った顔立ち。
クラスのやつらにはブスだの暗いだの言われている女が、だ。
一瞬目が合った。が、すぐにくるりと方向転換して歩を進める。
「お、おい、お前、メガネもないのに前見えんのか?そんなド近眼のくせして…。」
「それは伊達メガネですので大丈夫です。」
伊達メガネ?
あの分厚い、ビン底メガネが?
もう何が何だか理解が追いつかない。
一体コイツは何がしたいのか…。
とりあえず、下で見事に割れているメガネをひろい、高橋の後を追う。
先ほどのおどおどとした態度とは一転、颯爽と歩きながら言う。
「三井くんはわたしのメガネを壊しましたので、昨日の件はこれでチャラですよね?」
「ああ…。でも、弁償はするって。メガネのほうが高ぇし…。」
「結構です。度は入ってませんし。
これで制服の件をチャラにしてもらえるなら。」
どうやらそれが一番コイツの望んでいることらしい。
正直メガネなんていくらするのかもわからないし、チャラになるというのならそれが一番いいはずだ。
しかし、なぜかここで話を終わらせたくない気がして、食い下がる。
「嫌だ。弁償するからソレまで待ってろ。」
「…あのですね、わたしは三井くんと必要以上に関わりたくないんです。」
メガネのない高橋は、怒りの表情を露わにして声をあげる。
「なんでそんなに目立ちたくねーんだよ?
別に遅刻したり、クラスのやつと話すくらいフツーだろうが。」
「…三井くんには関係ないです。」
「関係ねーけど…気になるだろうがよ。」
すると、高橋は大きなため息をひとつついて、
「…まあ、三井くんならいいか…。」
と呟いた。
「わたし、中学の時いじめられてて。」
歩く途中にあった公園のベンチに腰掛けた高橋が、話し始める。
平日の真っ昼間に、そこに俺たち以外の人間はいなかった。
時折鳥の鳴く声が聞こえるほど、静まりかえっている。
「わたしの両親、芸能活動してるんです。
なので、何もしなくても目立ってしまって。
ほっといても噂は広まるし、他のクラスからわたしの顔を見に来たり、面白半分で告白されたり…。
そんな風にヘンに目立つので、それをよく思わない人もたくさん居て。
なので、高校では絶対目立ちたくなくて、メガネを。」
こっそり耳打ちされた両親の名前は、普段芸能にうとい俺でも知っている名前だった。
父親は大物俳優、母親は元アイドルだ。
俺をまっすぐよどみのない目で見つめるこいつは、その両親どちらにもよく似ている。
「それで執拗に目立ちたくないと言ってたわけか…。
でも、なんで俺に言った?バラすかもしんねーだろ。」
あきらかに不良として通っている自分になぜ真実を話したのか、単純に不思議だった。
俺ならそんな事はしない。
「三井くんは、なにか自分に近いモノを感じました。
無理に自分を作っている感じが…。」
「はあ?無理してねーよ。」
「そうですか?
三井くんはいつも、だれといても楽しくなさそうです。
本当は不良、無理してるんじゃないですか?」
急に胸を深くえぐられたような気がして、ドクンと跳ねた。
こいつの透き通るように茶色い目に、俺の知らないでいる心の奥まで見透かされそうで、一瞬恐怖感がよぎる。
「…バーカ。ねーよそんなの。」
「その証拠に、三井くんは怖くないです。
最初は怖いと思ってましたが…
こんな見た目なのに、やさしくて話しやすいです。」
そしてこれまで無表情を通していた人形は、一瞬頬をゆるませて笑う。
そのギャップに、思わず目を奪われて離せない。
「…お前さ、この変なメガネやめたら?
あとそのわざとボサボサにしてる髪の毛も。
言いたかないけど、お前逆に目立ってるぞ。」
「え?!!目立ってますか!!?」
初めて気づいたというように、素で驚いている。
本当に気づいていなかったんだろうか。
「ああ、クラスで逆に噂になるくらい目立ってる。」
「ええ!?嘘…!!
じゃあこの変装は、まったく意味が無かった…?
むしろ逆効果だったってことですか…?」
「そういうこと。」
どうしましょう、とさっきまでのクールな態度が一転し、焦り出すこいつは、思ったよりもわかりやすい人間なのかもしれない。
ついつい笑いそうになり、口角があがりそうになるのをこらえる。
「とりあえずメガネ、もっとふつーのやつにしろよ。
髪も最低限、綺麗にしろ。
そんでフツーに黙って座っとけば、そこらへんにいるフツーの女子だよ。」
「フツー…ですか。」
「なにニヤニヤしてんだよ。」
「フツーって言われて…すごく嬉しくて。」
「なんだそれ。」
普通って単語に喜ぶ女なんか見たことがない。
心底変わったヤツだと思う反面、コロコロかわる表情に胸が温かくなるのを感じる。
最初はおどおどしていたのに、立場が反転した途端にそっけなくなり、本心を話したら急に可愛らしくなった。
公園で会話をした後、今更学校に戻るのも面倒に感じ、俺も家に帰ることにした。
高橋とはそこで別れ、別々の帰路につく。
一応、「明日はサボるなよ」と声を掛けたが、アイツはわかったのかわかっていないのか、ペコリと頭を下げただけだった。
そのまま家に帰っても俺はなぜか、高橋のことがアタマから離れないでいた。