あなただけ見つめてる
name
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「本当に辞めちゃうの?」
男子テニス部の部室の前で、なまえは杏や他のテニス部員たちに囲まれていた。杏は眉尻を下げ、名残惜しげになまえの手を取っている。
「うん、ごめんね」
「仕方ないよね、あんな事があったんだもの。ご両親に何か言われた?」
不良たちへの怒りと、部活でなまえを失う悲しみを混ぜた様子でおずおずと聞く杏に、なまえは笑って曖昧に答えを濁した。
なまえが伊武と共に体育倉庫に閉じ込められてから、既に3日が過ぎていた。あの日は伊武の予想通り30分もしない内に学校中を探し回った部員が助けに来てくれて、その足で職員室に向かって一連の事件を教頭に話したのだ。テニス部を辞めていった部員の中でもガラの悪い生徒が何人かいた事を学校は今まで黙認していたが、今回の事は悪ふざけでは済まされないという事で、例の不良たちは厳重な処分を受ける事になった。
「本当にすまなかった。みょうじにはなんて謝ったら良いか……」
「やめてください、橘さんの所為じゃないんですから!」
頭を下げようとする桔平を制して顔を上げさせる。監督者として余程の責任を感じているのか、桔平がこうして謝る姿はもう何度も見ていて、その度になまえは必死で否定して来た。
「マネージャーの仕事はもうできないけれど、たまには顔を出しに来ますし、試合の日は絶対に行きます!」
いつものように明るく振る舞うなまえの表情からは、見知らぬ男たちに酷い事をされかけたなんて事は微塵も感じない。たまらず杏はなまえを抱きしめ、部員たちも我先にと彼女の頭を撫でた。
「―――― ねえ邪魔なんだけど」
そんな時、輪の外から気だるげに声をかける人物がひとり。
「伊武お前……今日でみょうじが辞めちゃうんだぞ!」
いちはやく声の正体を察知した神尾が非難するような声を向ける。けれど張本人である伊武はいつもと変わらぬ無表情を貫いていた。
「元々部員でも何でもないし。それにもう練習時間過ぎてるのに部長の神尾がぼーっとしてるから代わりに声をかけただけだろ……俺が悪いわけ? なんなんだよもう……」
ひとりだけ全く調子の変わらない彼の頑なな態度が逆に場を和ませ、桔平が「ったく、相変わらずだな深司は」と苦笑したのを合図に部員たちはなまえに最後の別れを告げて部室に入っていった。杏もようやくなまえから離れ、テニスコートに向かう。残された伊武も部室のドアノブに手をかける直前、ちらりをなまえに視線を投げる。
「何仲良さそうに話してんの?」
「ご、ごめんなさい」
「……………………」
今度はなまえの顔も見ずに、伊武は部室に入っていく。誰もいなくなってなまえは弾けるように駆け出し、校門ではなく校舎に向かった。誰もいない教室まで戻り、窓から男子テニス部の練習が始まるのを見ている。
本当は部活動を両親に止められてないし、何があったかなんて知らせてもいない。けれど深司先輩がもう誰とも関わるなって言ったから。私は深司先輩のモノになったのだから。
『あとでお仕置きだから』
部室に入る直前、なまえにしか聞こえない小さな声で囁かれた言葉を思い出すと、身体の芯からゾクリゾクリと知らない感覚が湧き上がるのを感じた。自分を支配していくこの感覚は未だに少し怖いけれど、大好きな深司によってもたらされるこの気持ちは、もう絶対に手放せない。
「お仕置きって、どんな事されちゃうんだろう……」
熱がこもった声が誰かに聞かれることはなかった。