あなただけ見つめてる
name
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
元男子テニス部の先輩だという不良から伊武に助けてもらって、1週間が経った。自分でも単純だと呆れてしまうけれど、あの日からなまえの中で伊武に対する想いは日に日に大きくなっていっている。
きっかけは本当に些細な事で、それまでは他のみんなと変わらない、むしろちょっと苦手なくらいの意地悪なお兄ちゃんのひとりだったのに。あの時助けてくれた広い背中を思い出すと胸がぎゅ、と苦しくなるのだ。
あれからそれとなく杏に伊武の好きなタイプを聞いたら歯並びの良い子だと教えてくれて、歯には少しだけ自信があると嬉しくなった。けれどそれも束の間、どこかから現れた神尾の「伊武か? 外国人の子が好きだって言ってたぜ!」という言葉に落ち込んだりもした。
今から外国人になる事はできないけど、せめて英語の成績を良くしよう。あとは朝の挨拶とかも「ぐっともーにんぐ!」の方が良いのかな? うるさい人や空気の読めない人が嫌いだって前に言ってたし、少しは静かにしなきゃ。
そう決意して、実行し始めてから3日。
「キモい」
伊武から唐突に言い放たれた言葉に、なまえは最初何が起こっているのか理解できなかった。
それは部活終了後、校庭の隅にある流し台での事だ。普段ならこの時間は部員たちが着替えている間、なまえはひとりでマネージャー業務に使った物を片付けているところだった。けれど不良に絡まれた事があってから、せめて冬の暗いくなる間はなまえをひとりで行動させず、誰かが常に仕事を手伝うよう部の中で決定していたのだ。
「えっ」
なんとなく決めた当番制で、今日はたまたま伊武の番だった。だからなまえは内心楽しみにしていて、けれどうるさいと思われぬよう最低限の会話だけに留めて黙々と仕事をこなしていたのに。
「なんなの、最近。お前おかしいよ」
それなのに伊武から話しかけられたと思えば、核心に触れるような内容で。
「それは……っ」
なんとか我に返って、一気に顔が熱くなる。そして、心の準備なんてできてないけれど、伝えるなら今しかないと思った。
「伊武先輩のタイプが外国人で、うるさい人が嫌いって聞いた、から」
好き、です、伊武先輩。あの日助けてもらってから。
言ってしまった。祈るような気持ちで両手を握る。正直自信なんて全然ないけれど、でももしかしたら、と期待する心を止められない。
「……バカじゃないの」
けれどたっぷり間を開けてから聞こえたのは拒絶の言葉だった。自分の心臓の音がうるさくて何も聞こえないはずだったのに、伊武の声だけははっきりと耳から入ってナイフのようになまえの心に突き刺さる。
鼻のあたりがツーンと痛くなって、泣いてしまいそうで顔を上げる事が出来ない。そうしてそのまま俯いていると、不意に鈍い音がして伊武の倒れる姿が視界に入り込んできた。
「―――― え?」
突然の事に出かけた涙がどこかへ消える。思わず顔を上げると、ついこの間ゴミ集積場で遭遇した不良の先輩がテニスラケットを持って立っていた。傍らには更に柄の悪そうな男子生徒が数人控えている。
「いった……っ」
伊武が頭を押さえながらのろのろと上半身を上げる。どうやら先輩の持つラケットで頭を殴られたようだった。
「いやあ、ふたりとも見つかるなんてラッキーっしょ?」
なんて言いながら彼らは数人がかりで伊武を押さえつける。すぐに助けようとするなまえだったけれど、すぐに残りの不良が動き彼女を捕らえてしまった。抵抗するが、男子の力に敵うはずもない。
「この間のお礼をしようと思ってさ~」
「後輩の教育は先輩の義務ってね」
口々に身勝手な事を言いながら、不良のひとりがなまえのセーラー服のリボンを解く。そしてそれを使い、なまえの両手を後ろ手に縛りつけてしまった。
「うっわ、変態だろ!」
ぎゃははっ! と彼らは一斉に盛り上がる。下品な笑いが耳障りでうるさかった。
その内伊武を押さえているひとりを残して彼らはなまえのスカートをめくったり、上半身を弄り始める。悔しくて気持ち悪くて、でも何もできない嫌悪感になまえは痛いほど唇を噛んだ。
その時、横からの衝撃を受けて拘束していた男と共になまえは倒れた。引っ張られるまま転がるように走り出す。彼女の腕を掴んでいるのは険しい表情の伊武だった。隙をついて身体を押さえていた男から逃れ、体当たりでなまえを助けたのだ。
2人が咄嗟に飛び込んだのは校庭の片隅にある体育倉庫だった。わずかに開いていた隙間からするりと入り、扉を閉める。
「伊武せんぱっ、むう」
伊武の片手に口を塞がれてなまえは声を出す事ができなかった。続いて後ろのリボンが解かれるのが分かる。自由になった両手で伊武の手を外そうと試みるが、案外強い力で押さえられているようでビクともしなかった。
するとしばらくしない内に倉庫の前を大人数の通り過ぎる音がする。「どっちだ?」「くそ、あのヤロー!」といくつかの言葉が聞こえた後、静寂は訪れた。伊武の手もなまえの口元から離れていく。