あなただけ見つめてる
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それは放課後、杏が新生男子テニス部に向かおうと思った矢先の出来事だった。
「見つけた!」
突然腕を掴まれた感覚に杏は驚き、勢いよく振り返る。先にいたのは自分と似た背丈の少女で、そこまで大きな反応をされると思って居なかったのか向こうも目を剥いてこちらを凝視していた。
その少女の事を、杏は少しだけ知っている。
「なまえちゃん!?」
自身の名前を呼ばれ、少女―――― なまえは「えへへ」とはにかみながら杏の腕を離す。ふたりは数日前にストリートテニス場で知り合った仲だった。あそこには滅多に女の子が来ない上にお互いなかなかの実力者だったため、仲良くなるのに時間はかからなかったのだ。
「杏ちゃん、同じ学校の先輩だったんだね」
視線を杏の上履きに向けてなまえは呟く。彼女の視線につられて杏も下を見ると、2人の上履きに入れられた学年色のラインが違っているではないか。道理で、と杏は心の中でつぶやいた。九州から転校して少し経つけれど、校内でなまえを見かけた事がなかったから。
「これからは敬語じゃないといけないですね、橘先輩?」
おどけた口調でなまえはからからと笑う。今更改まわれるのはなんだかむず痒かった。
「もう、今まで通りで良いわよ」
「本当に?」
「本当に!」
「じゃあ、お言葉に甘えて!」
そう言ってなまえは杏の腕に自身のそれを絡めた。そしてふたりして廊下を進み、下駄箱に向かう。
道すがら、なまえは再び口を開いた。
「杏ちゃん女テニにいないから、てっきり他校の人だと思ってた」
「私、実は転校してきたばかりなの」
それにあそこはね……と杏は苦笑を浮かべて言葉を濁す。杏も転校してきた当初は女子テニス部に入ろうと思っていた。けれど男子部ほどとは行かないまでも女子部の雰囲気もどちらかと言えば楽しくのんびりテニスをするような場所だったので、はっきり言って彼女の肌に合わなかったのだ。この際だし、学校では兄の応援に徹しようと決めていた。
「來里こそ、部活見学した時にいなかったじゃない」
「あー、だって、ストテニ行った方が楽しいし……」
言葉を濁すなまえの目線は「杏ちゃんなら分かるよね?」と訴えているようで、同じ気持ちを抱えていた杏も同意せざるを得ない。こんな身のない話をしても仕方がないので、杏は空気を改めようとコホン、とひとつ咳をした。
「学校では兄の応援をしているの。新テニス部の部長なのよ」
「え、あの噂の!?」
目をパチクリと見開かせるなまえの反応が新鮮で楽しい。今から兄である桔平の元に向かうつもりだと告げると、なまえは自分もついていくと意気込んだ。
それから杏の紹介で新テニス部の部員たちとなまえが知り合ってから、もう数ヶ月が経とうとしている。