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とん、と足先が地面に触れる。同時に妙な浮遊感もなくなって、ああやっと到着したのかと息を吐いた。
徐々に瞼を開けると、まず目に入るのは――。
「うわぁ…」
思わず声が出てしまった。
広々とした前庭の先に鎮座する、敷地も建物も巨大な屋敷。格式高そうな日本家屋だ。刀傷やらなんやらで大きく壊れていなければ、さぞ美しい豪邸に見えただろう。
至る所が穢れていて瘴気まで発している。これは一刻も早く、この家を修復し浄化しないと…早くも問題が山積みだ。
「新しい審神者様ですね?」
「っ!?」
さてどうするべきかと考え込んでいれば、いきなり声をかけられて飛び上がる。きょろきょろと辺りを見回すも人の姿はなく。
「こちらですよ、下です」
「あ! 君は…こんのすけ、でいいのかな」
促されるまま下を向けば、狐のぬいぐるみのような…こんのすけ?がこちらを見上げていた。来る前に読まされた審神者マニュアルに書いてあった通りだ。
「はい、こんのすけです。主さまのサポートをするよう言付かっております」
「よろしくお願いします」
しゃがんで目線を合わせる。そっと手を出せば擦り寄って来てくれたので、撫でながら話を進める。
「この本丸について説明は必要でしょうか?」
「ううん、全部聞いてるよ。前任者が男士に無体、を働いた…とか」
尻すぼみになるのは許してほしい。理不尽な暴力や口に出すのも憚られるような房事の数々だ。思い出すだけでぞっとする。
それらを仔細に聞かされた私は、あまりの内容に、話している間ずっと顔を思い切り顰めていた。
何よりそれらに曝されたのが、神だという事実。
「こっちなら極刑だよ、極刑…」
「こちらでも…死罪は難しいでしょうが、いずれにせよ重罪は免れ得ないでしょう」
こんのすけと顔を見合わせて溜息をつく。
ここはいわゆるブラック本丸、らしい。
前任者の辞任に伴い霊力が枯渇し、敷地内の建物や畑は荒れ果て、気は澱みきって神が御座すとは思えない。
当たり前か。だって件の神様達は傷ついたままこの本丸内に放置されているというじゃないか。
なんて惨い、と眉をひそめた。
「こんのすけ、まずは挨拶がしたいんだけど…」
「男士様たちでしたら、もう大広間に集まってらっしゃいます」
「なら早く行かなきゃね」
立ち上がり、門を見据える。握り締めた拳をそのままに、一歩踏み出した。
▽
こんのすけに連れ添い、大広間へ向かった。
深呼吸をして襖を開ければ、様々な視線が突き刺さる。
立っている者、胡座をかいている者、寝転がっている者。その全てが大小様々な怪我を負っていた。鉄の臭いが鼻をつく。
なるべく気にしないようにしながら畳に跪き、頭を下げた。
「お初にお目にかかります。現世から参りました、裏会実行部隊夜行所属の間流結界師、墨村と申します。本日からこちらの本丸にて審神者を努めさせて頂く次第となりま――」
「帰れ」
冷たく言い放つ刀剣男士の一人。確か、和泉守兼定だったか。大怪我を負っているようで、その息は荒い。艶のない長い前髪の隙間から、ぎらぎらと覗く瞳。気力だけで持っているようだった。
「それは出来かねます。任を果たすか死亡しない限りは現世に戻れませんので」
「なら今すぐ死んで貰えるか?」
抜き身の刀を向けられる。彼は鶴丸国永か。美しかっただろうその純白は、見る影もなく薄汚れていて。
首に当てられた冷たい感触に、しかし動じることなく彼の目を見つめる。
「申し訳ありません…刀剣男士様達の心中はお察し致します、この命を捧げる事で気が休まるなら…と申し上げたいのは山々ですが」
向けられた鋒。その刀身に左手を添え――そのまま握り込む。
拳から流れる血に、さざなみのようにざわめきが広がった。
「生憎と、私はまだ死ぬ訳には参りません」
力を込めて無理やり刀を引き剥がす。
ぼたりと、服に血が落ちた。それを無視して話を進める。
「さて、それでは幾つかお伝えしたい事がございます。まずは本丸の修復です。これにはすぐ取り掛かります。また男士様達には手入れを受けて頂きたいのですが」
「断る。我々はこのまま静かに朽ち果てることを望んでおる。それに人間に触れられるなど…考えただけで虫酸が走るわ」
吐き捨てるように言ったのは小狐丸か。彼の見た目はそれほど変わってはいなさそうだ。ということは、夜伽を命じられていたのだろうか。深く沈みそうになった思考を振り払い、口を開く。
「そう、ですか…もう一つ。この本丸に本来張られている筈の結界が、解かれているのです。出来れば四名程の方、結界の張り直しを手伝って貰えませんか」
「…誰が、人間の手伝いなんか」
鬱々とした声が上がる。それに賛同する声が、ぽつぽつと続いた。
無理を強いたくはない。だけれど結界は何とかしなくては大変なことになる。それに、私はそのために呼ばれたようなものだ。
「良いのですか?」
「何がだ」
「ここは長らく凍結状態にあったと聞きました。その間外界とは遮断されていたと。ですが今回の事で政府により“繋がれて”しまった。穴があれば侵入されるのは当然のこと」
「なんだ…何が言いたい」
反応したのは鶴丸様だった。意味がわからない、という顔だ。そこに混じる狼狽には知らぬふりをして、言葉を続ける。
「静かに朽ちてゆきたいなら――御身を妖に食い荒らされ折れるのは、本意ではないでしょう」
トベコンチヌエド
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