SCREAM
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空条さんと会った次の週から、私は氷帝学園に編入という形で通うことになった。
今住んでいる家から通うには遠すぎるだろう、と一人暮らしを勧められ快諾。
両親にも一応伝えはしたが反対どころか反応すらなかった。いつもの事だ。
仗助や康一くん達には、「家庭の事情で引っ越す」とだけ伝えておいた。あまり心配もかけたくないし。
それにしても、スピードワゴン財団によるフォローと全面的なバックアップ――主に金銭面の――をしてもらえるのは…正直、非常に助かる。
新しい居住地となった部屋を見回す。マンションの1LDKは今まで住んでいた一軒家よりは狭いが、一人で暮らすには広く。なんだか落ち着かない。
元々持ち物も少なかったので引っ越しはすぐに終わった。
椅子を引いて座り、承太郎さんに貰った資料に目を通す。
一枚、二枚…とめくっていき、そこで手を止めた。
あの時、承太郎さんが会ったという二人の生徒。
すなわち男子テニス部員とマネージャーの二人分の情報が、そこには事細かに記されていた。
「跡部景吾と蜷川遥、ね…」
跡部は同じ学年で蜷川は一つ下、つまり二年生。
跡部の資料を手に取る。顔写真を見る限り、中々に整った顔をしているみたいだ。
「へー、部長なんだ」
しかも財閥のお坊ちゃんで生徒会長までやっている。
いくらなんでもスペック高すぎじゃないかな。
世の中には凄い人もいるもんだ。
蜷川は…って、この子一人でマネージャーしてるんだ。
200人いるテニス部にたった一人のマネージャー、か…やっぱり引っかかる。
ま、いいや。どうせこれから全部確かめることになるんだし。
▽
「着いた…」
氷帝学園中等部。
校門のその文字を確認する…までもない。
中学校と呼ぶにはちょっと大きすぎるんじゃないだろうか、この校舎。
それにしても、家から学校が近くてよかった。
遠かったら確実に遅刻するだろうし。
さて、まずは職員室を探さないと。
広すぎて下手に動き回ったら迷いそうだけど…
「んー? オメェ、何してんだ?」
きょろきょろと辺りを見回していたら、後ろから声を掛けられる。
振り返るとそこには、金色でふわふわした髪の、眠そうな顔をした男の子が立っていた。
この人は確か…芥川慈郎。空条さんに貰った資料に載っていた。
それにしても。こんなに早く、テニス部員に会えるなんて…運がいいのか悪いのか。
「えーっと、職員室を探してて…」
「そーなの? じゃあ俺が案内したげるー。あ、ちなみに俺は慈郎。芥川慈郎ね」
ええ、知ってます。なんて言えないけど。
代わりににっこり笑って自己紹介だ。
「私はみょうじなまえ。案内って…いいの?」
「別にいーよ。なまえちゃんね、よろしく!」
「うん、よろしく」
これってなかなかラッキーなんじゃ…調査の手間も省けそうだし。
それにしても分厚いラケットバッグだなぁ。元いた中学のテニス部が持っているバッグはもっと薄くて軽そうだった。
氷帝のような強豪校じゃなかったから、なのかな。
「それ…重くない?」
「ん? あぁ、大丈夫大丈夫」
ラケットバッグを指させば、朗らかにそう言ってぽんぽんと優しくバッグを叩く芥川くん。
その様子を見ていたら、自然に言葉が口をついて出ていた。
「…好きなんだね、テニス」
「大好きだC!」
明るい笑顔につられて、私も微笑む。
すっかり眠気の覚めた様子の芥川くんに連れられて、校舎の廊下を歩いた。
「あ」
「よ、ジロー。お前、教室こっちじゃねーだろ?何してんだ?」
向こうから歩いてきたのは、芥川くんと同じテニス部の、向日岳人だったかな?
赤みがかったおかっぱ頭はまるでブチャ…げふん。
殴られるとジッパーを取り付けられそ…げふんげふん。
「…ジロー、誰だそいつ?」
「なまえちゃんだよ、今職員室まで案内してんだ」
「なまえ…? 聞いたことねー名前だな」
「みょうじなまえだよ。今日からこの学校に通う…転校生かな」
「「え!?」」
二人揃って驚いた顔。それに苦笑を返す。
いや、在校生で職員室の場所知らない人なんていないだろうし、もうちょっと早く気付いてもらいたかったなー…なんて。
「ってジロー、知ってて案内してたんじゃないのかよ」
「全然知らなかったCー…」
「あはは…」
二人の掛け合いに苦笑を零す。
それよりも。さっそくテニス部員に会えたんだし、この機会に色々聞かないと。
「芥川くんと…えっと」
「向日岳人だ」
「ありがと。向日くんはテニス部なの?」
「うん、レギュラーだぜ」
「お、なまえはテニスに興味あるのか?」
「したことはないけど、試合見るのが好きなんだよねー」
なんて、嘘。
ほんとは試合なんてあんまり見たことないし、ルールさえ昨日ちょっと調べたぐらいで深くは知らない。
芥川くんが嬉しそうな笑顔を返してくれるから、罪悪感はあるけど…仕方ないよね。これも調査の一環だし。
「そーなの?じゃあ、練習してんの見に来てよ!」
「え、いいの?」
「うんうん!ね、岳人もいいよね?」
「…ま、見に来るだけなら跡部も何も言わないだろ」
出た、跡部景吾。気になるしちょっと聞いてみよう。
「ありがとう、芥川くんに向日くん。それから…跡部って、誰?」
「部長だよ部長。俺らテニス部の」
「そうそう、俺様だけどいー奴なんだ」
「な。俺様だけどな」
「へ、へぇ…」
俺様って言われすぎじゃ…?
うーん、どんな人なんだろう。
「あと…その、別にくん付けじゃなくていいぜ?」
「え?」
「名前だよ、名前。俺、もう呼び捨てにしちゃってるし」
あ、そういえば。
全然気にしてなかった…
「ほら、呼んでみそ?」
「えっと、岳人…?」
「なんで半信半疑なんだよ」
「えー岳人ずるいC! なまえちゃん、俺も俺も!」
「ジ、ジロー…でいい?」
「うんうん、オッケー!」
右手で丸を作って笑顔になるジローに、私と岳人は顔を見合わせて苦笑した。
というか彼が騒ぎすぎてるせいで割りと注目されてる。
…ちょっと恥ずかしい。
「ジロー、テンション高いね…」
「朝なのにここまで起きてるの、珍しいんだぜ? お前、ジローに何したんだよ」
何、って言われても…。
「職員室の場所聞いただけ、なんだけど」
「…ほんとかよ」
「本当だって!」
疑り深い目で見られ、躍起になって反論する。
だって、ほんとにそれぐらいしか…。
「…あ、あとジローがテニス好きって話ならしたよ」
「へ」
「そう見えたから、つい言っちゃったんだけど…」
何かまずかったんだろうか。
首を傾げながらそう聞いたけど、岳人は一瞬呆けた顔をし、次に少し笑った。
…ほんとに何なんだ。
「何喋ってんのー? 職員室着いたC」
岳人とこそこそ話している間に、いつの間にか職員室まで来ていたらしい。
近いといえば近かったけど、途中で立ち止まったりして話しながら歩いていたから、時間はそれなりにかかっていた。
「ジローに岳人、ありがとう」
二人に向き直り、軽く礼をする。
出だしはなかなかに好調。こういうのを幸先いいっていうんだろうか。
「いーっていーって。大したことじゃねぇし」
「そうそう。それより放課後! 見に来るの忘れんなよ!」
「うん、わかってる。じゃあまた後でね」
二人が廊下を歩いていくのを見送り、職員室のドアを開けた。
▽
「ここで待っててもらえる? 名前呼ばれたら、教室に入って来て」
「はい」
HR前の教室。学年とクラスを示すプレートには「3-A」と印字されてある。
ドラマや小説でよくあるシーンのように、ドアの前で一人待つことになった。
担任の教師は私を残して教室に入る。
「はー…」
転校か…引っ越しはしたけど転校は初めてだなあ。あれはちょうど小学校から中学校へ変わるころだったし。
自己紹介とかするんだろうか。ちょっと緊張する。
「――みょうじさん、入ってきて」
うわ、意外と呼ばれるのが早い。
ドアを引いて開け、教室に一歩踏み入れる。
と同時に、たくさんの視線が私に突き刺さった。
あぁ、無駄に緊張してきた…
そのまま歩いて、教壇の傍に立つ。
「じゃあ、軽く挨拶お願いね」
「…みょうじなまえです、よろしくお願いします」
笑顔でそう言って、軽くお辞儀をする。
すれば大きな拍手で迎えられ、ちょっとほっとした。
頭を上げ、さっきまでは見る余裕のなかった教室を見渡す。
あ、あれって…
センター分けの左右に跳ねた前髪に、挑発的な瞳と泣きぼくろ。跡部景吾が、いた。
目が合いそうになって慌てて逸らす。
同じクラスなんだ…空条さんが仕組んでくれたことなのかな。
「なまえさんの席は…跡部くんの隣が空いてるから、そこにしましょうか」
「…わかりました」
というかそこしか空いていない。
なんてベタな、と思っていたら担任が私の耳元で「頑張ってね」と囁いた。
やっぱり既に根回し済みなのか。さすがはスピードワゴン財団、抜かりない。
もう一度視線を戻し、そこで怯みそうになる。
跡部が人一人射殺せそうな目でこちらを見つめて、というか睨んできていた。
それに他の生徒達からの興味と嫉妬の入り混じった視線も痛い。
あぁ、跡部ってやっぱり人気なんだ…そりゃあここまで色々できてお金も地位もあるなら当たり前だよね。カリスマ性もありそうだし、何より顔の造作が美しすぎる。
現実逃避しそうになるが何とか踏み止まり、教室の後ろの方にある席へと歩む。
「よろしくね」
「…あぁ」
そっけない返事にちょっと苦笑する。
うーん、何とも不愛想だ。財閥のお坊ちゃまってこんなものなのかなぁ。
椅子を引いて、跡部の左側…窓際である席に座った。
「はい、じゃあ今日の連絡事項は――…」
担任の話を適当に聞きながら、私はこれからのことを考え始めていた。
跡部が時折こちらを伺っていることに、気づきもしないで。
▽
あれから。授業の合間にクラスメイトから多数の質面責めに合い、それをなんとか無事やり過ごした。
ちなみに跡部はこちらに対し無関心を貫いている、ように見える。
今は昼休み。
昨日の夜は準備やらなんやらでてんてこ舞いで、お弁当の下準備ができなかった。
なので今日はちょっとサボって、購買で買うことにする。
購買の場所は前の席の女の子に聞いた。
そう、平素から人と「仲良く」することの苦手な私だけど、今回は頑張った。
その結果、学校のことは聞ける程度には彼女と親しくなれたんだ。
これも学園生活をスムーズに過ごすため、ひいては調査のため。…あまり気は進まないけど。
「っ」
「わっ」
考え事をしながら歩いていたら、前から歩いてきた人にぶつかってしまった。
バランスを崩し、床に尻餅をつく。
いった…。若干涙目になっていると、すっと手が差し出される。
「…大丈夫か?」
その手を握り、引っ張り上げてもらう。
目を覆うほどに長い前髪の男子生徒。
確かこの生徒は――テニス部で二年生の日吉若。
朝からテニス部員と出会いすぎじゃないだろうか。世間ってこんなに狭かったっけ?
「ごめんね…ありがと」
苦笑して謝る。すると溜息を吐かれた。
「何もなかったんならいい。前ぐらいちゃんと見て歩けよ」
「うん、ほんとにごめん」
「じゃあな」
もう一度謝れば、話は終わったとばかりに去っていく日吉くん。
多分、私が先輩だってことには気づいてないんだろうなぁ…。
「ん…?」
どこからか、強い視線を感じた。
辺りを見回すけど、こっちを見てる人なんていない。何なんだろう。
…まぁいいや。そんなことより、早くお昼ご飯買わないと。
▽
――胸騒ぎがした。
朝、岳人先輩やジロー先輩と歩いていた女の人を見た瞬間に。
そしてその人は今、若くんと喋っている。
ざわざわと落ち着かない、この感覚が今朝からずっと止まない。
それをかき消すように、わたしは痛み始めた首元の痣を擦った。
→ 跡部side
転校生が来る。
そう知らされたのは、朝のHRで、だった。
やけに遅いその情報に、俺は眉を顰めた。
まるで急に決まったような、それとも敢えて今まで隠し通されていたような。
少し興味を抱いたが、その転校生は至って平凡に見えた。
笑顔で淀みなく自分の名前を述べるその姿を見て、どことなく胡散臭さがある、と思ったぐらいか。
下げられた頭が上がり、再び彼女の顔が前を向く。
その瞬間、彼女の眼光が変わったように感じた。
まるでこちらを観察し…探るようなものに。
今までの女がこちらを見るような熱のこもったものではなく、ただただ冷静に分析するようなそれ。
彼女はゆっくりとその眼を動かし、それが俺のところで数秒止まった。
すぐに逸らされてしまったが、あれは一体何だったのか。
「よろしくね」
「…あぁ」
俺の隣の席――一週間ほど前から何故か空いていた――に座ることとなった彼女は、またさっきと同じ笑顔を貼り付けて言葉を吐く。
それに返事だけを返せば苦笑された。これは素のようだ。
話を聞いていたり授業を受けている姿に違和感はなかったが、人と話す時はぎこちなさがある。
…何をここまで探ってんだ、俺は。きっと疑心暗鬼になってるんだろう。
何しろ、あいつのことが片付いた矢先だ。
しかし――みょうじなまえか。
注意しておいて損はない、のかもしれない。
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