SCREAM
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夕日が足元のアスファルトを朱に染めている。
学校の帰り道。
一人でだらだらと歩いていたら、いつの間にか日が暮れそうになっていたらしい。
家に帰ってもすることなんてないし、暇なだけだから別にいいんだけど。
「…なまえ?」
後ろから名前を呼ばれて振り返る。
そこには私の数少ない友人の二人がいた。
「仗助!億康!」
何週間かぶりに会った二人に駆け寄る。
中学生と高校生がこうして偶然出会うことなんてないに等しいから、純粋に嬉しい。
年齢の差はたった1つなのに、こういうところで少し距離を感じてしまう。
「久しぶりだなーなまえ」
「そうだね、二週間ぶりぐらい…あれ、今日は康一と一緒じゃないの?」
いつも三人で行動しているイメージがあったから、疑問に思って小首を傾げる。すると頭を仗助の大きな手で撫でられた。
子ども扱いされるのはあんまり好きじゃないけど、ちょっとだけ嬉しいのも確かで。
そのままされるがままになっていると、手が億康のものに代わる。
「あいつは由花子とデートだってよ。ったくよぉーこの後三人でダベるつもりだったのによぉ」
「相変わらずラブラブだね、あの二人」
「あーラブラブだよラブラブ」
冗談ぽく茶化したつもりが逆効果だったらしい。
億康はケッとやさぐれた様子で乱暴にかき回す。私の頭を。
「ちょっ、やめてよ」
抗議をしてもその手は中々止まらない。
助けてと目線で仗助に訴えるけど、奴は面白がるばかりだ。
それでも何とか抵抗し、億康の手から逃げる。
ぐしゃぐしゃになった髪を手ぐしで整え、はぁっと息を吐いた。
「おいおい溜息つくなよなまえ。幸せが逃げるぜ」
「誰のせいだと思ってんの」
「億康だろ?」
にやにや笑う仗助。さらっと言うけど、助けてくれなかったあんたも同罪だからね、という意味を込めて睨みつけてやる。
「コエーコエー」
「うるさい。ほら、億康も! いつまでも拗ねないの」
「別に拗ねてねぇっつの!」
じゃあ何なんだ、それは。
どこからどう見ても康一くんを由花子さんに取られて拗ねているようにしか見えないんだけど。
とりあえずはいはいと適当に流しておく。
きっと今の私は半眼にでもなっているだろう。
「あーもう、なまえ!こうなりゃ康一の代わりだ、お前が一緒に来い!」
「代わりって…」
苦笑いを零した。
友達を作るのが下手で、通っている中学校に仲のいい子がいない私は、こういったことを中々したことがない。
だから行きたいという気持ちはある。
でも、今日は。
「ごめん、この後用事あるから…」
「マジかよ!? いやそこを何とか」
「おい億康、無理やり誘うんじゃねーよ」
仗助の手が億康の後頭部をべしんとはたく。それに大げさに痛がる億康を眺めながら、そっと息を吐いた。
実は。すっごく嬉しかったのは、秘密にしておこう。
「ん、だからまた今度。折角誘ってもらったのにごめんね」
「いーよ、気にすんな」
「ま、仕方ねーか…次は絶対行くぞ!」
な、と二人にもう一度頭を撫でられ、私は自然と頷いていた。
仗助と億康に手を振って別れる。
そうして携帯を取り出し、昨日の夜に突然送られてきたメールを読み返した。
差出人は、あの空条承太郎さんから。
彼からのメールには、「君に話がある。スタンドに関することだ。明日の午後6時、君の家の前まで迎えに行くから待っていてほしい」という簡素な文が綴られていた。
そう、用事というのはこれだ。
初めは何事かと思った。
最強のスタンド使いである彼が、中学生に話すことなんて何があるのか、と。
何度か共闘…と言えるほどでもないが、同じ敵の相手をしたことはある。
だけど、本当にただそれだけ。それだけの間柄であるはずなのに。
そもそも、私のメールアドレスなんてどこで知ったのだろう。
いや、きっと仗助あたりに聞いたに違いない。
…そういうことにしておこう。
▽
「ただいま」
しんとした家に私の声はよく響いた。
一人暮らしをしているため、当然だがこの一戸建てには私以外誰もいない。
親は二人とも出張で家を空けることが多く、私が中学校に入ってからはそれが更に増えた。
家族三人が揃うことなんて一年に一回あるかないかだ。
…もっとも、「出張」の理由が、本当に仕事なのかは定かではない。
生まれつきスタンド使いだった私を両親は避けていた、というよりは嫌っていたし関わらないようにしていたから。
そんな私の面倒を見て、育ててくれていた祖母も去年亡くなった。
頭を切り替えるように制服を私服に着替えて、支度をする。
それにしても、空条さんが私に話すことって何だろう。
スタンド関連なら他に人が呼ばれてもおかしくはないはずだ。
私以外の人、例えば仗助や康一にはもう話していることなのか。
でもそれなら、今日会ったときに話題に上がるよね…
――パッパーッ
甲高い車のクラクションの音で、現実に引き戻される。
急いで鞄を持って靴を履き、家から出た。
そこには黒い普通車が止まっており、その運転席には空条さんが乗っていた。
前に会った時と変わらない、白いコート姿。
仗助に聞いたことによれば外国の血が入っているらしく、彫が深く整った顔立ち。いつも寡黙で思慮深く、彼が取り乱すところなど想像できない。
さぞかしモテるんだろうなあと思う。いや、確か奥さんと子どもがいるんだっけ。
彼は私の姿を認めると、そのエメラルドグリーンの瞳でじっと見つめてくる。
乗れ、ということなのだろうと判断し、軽く頭を下げてから助手席のドアを開けた。
「…失礼します」
「久しぶりだな、みょうじ」
「はい。吉良の一件以来ですから…二か月ぶりぐらいですね」
自分で言って気づく。
吉良との戦いがあってからもうそんなに経ってたんだ。
とはいっても私はほとんど何もしていないし、ただ引きずられる形で仗助について行っただけ。
部外者もいいところだ。
いつしか車はゆっくりと動き出していた。
町の灯りがフロントガラスに当たって滑る。
「いきなり呼び出してすまなかった」
「いえ、大丈夫です。それより、話って…」
「単刀直入に言おう。スタンド絡みのことで、君に頼みたいことがある」
「私に…ですか?」
思わず空条さんを凝視する。
彼は表情を変えぬまま、前を向いてハンドルをきっていた。
「あぁ。君が一番適任だろうと思ってな」
「そんなことは…」
私のスタンドははっきり言って、弱い。
他の――例えばクレイジーダイヤモンドやエコーズ、ヘブンズ・ドアーなどと比べて、だ。
空間を削り取ることができるわけでも、己の髪を自由自在に操れるわけでもない。
攻撃力なんてまるでないし、出来ることといえば自分か相手の体を闇に紛れ込ませ見えなくするだけ。
私のスタンドでは、彼らのように敵を倒すことが――できない。
「…私のスタンドでは、力不足だと思います」
「いいや、そんなことはない。何もスタンドは戦うことだけに使うものじゃあないからな」
驚いて再び彼を見る。
心を読まれた?まさか。
すると今度は空条さんもこちらを見、口元にニヒルな笑みを浮かべる。
「どうだ?まずは話だけでも聞いてみないか?」
「スピードワゴン財団の調査によると、最近とある学園の中等部とその周辺で、事件や事故が立て続けに起きているらしい。被害者や加害者は全てその学園に通う生徒とその家族や親戚だ」
黙って話を聞きながら窓の外を見る。
今夜は快晴で、雲一つない夜空に肥えた月が浮かんでいた。
「最近だと…テニス部のマネージャーが虐められてその虐めの主犯格と思われる女生徒が自主退学した、らしい。先々週あたりのことだな」
……「虐めの主犯格」が「自主退学」?
どこか引っかかりを感じる。
「確かに…妙ではありますね。でも、それだけじゃ…」
「ああ。だから先日、私自らその学校へ調査に行ってきた」
いつしか車は市街地を抜け、山道を走っていた。
街灯の少ない道路を、ヘッドライトと月明かりが照らしている。
「その時に、少し気になることがあってな」
「気になること?」
「テニスのラケットバッグを持った少年と、タオルの入った籠を持った…恐らくマネージャの少女を見かけた。それだけならなんてことはねえんだが――彼ら二人の背後に、スタンドがいた」
「…へぇ」
なるほど。少し繋がりかけてきたかもしれない。
事件のあったテニス部、そしてそのテニス部に所属するスタンド使い…か。
「それで私を――というよりは、私のスタープラチナを見た瞬間か。そのスタンドは姿を消した」
「自分がスタンド使いだとバレてはまずいことが、何かあったかもしれない…と?」
「…私の考えでは、な。まだ確証も何もねえし、根拠が弱い。間違っている可能性も十分にある。――それでも、怪しいと踏んでいる」
前方の信号が黄色に変わった。
車が緩やかに停止する。
「もう前のような惨劇を繰り返すわけにはいかないからな…そういった芽は早めに摘んでおきたい」
そこで、と顔をこちらに向けた彼は、平素と同じ落ち着いた様子で口を開く。
「みょうじなまえ、君にはその学園――氷帝学園中等部に編入し、そしてそのスタンド使いが誰なのかを調べて貰いたい」
――空条さんには、数多くの場数を踏んできた経験、そして鋭い洞察力がある。
信用するには事足りるほどの。
私もさっきの話を聞いて何か怪しいと思い始めたし、正直言って大いに興味を持っている。
力になれるのかという不安は確かにある。だけど。
「――わかりました、空条さん。引き受けさせてもらいます」
「君なら、そう言ってくれると思っていた」
躊躇せず言えば、ふっと空条さんの口元が緩む。
こちらを見つめる彼の目が思ったよりずっとやさしくて、私は思わず息を呑んだ。
「さっきも言った通り、スタンドはただ戦うだけが能じゃあない。君のスクリームなら潜入なんかはお手のものだろう」
「だから私を?」
「そうだ。頼んだぞ、みょうじ」
再び車を発進させた空条さんの雰囲気は、先ほどと同じ落ち着いたものに変わっていた。
合わせるように私も無言で頷く。
そうして再びウィンドウから外を眺め、まだ見ぬ氷帝学園に思いを馳せた。