今夜も君を待っている
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結局、交換した連絡先には何も送信しないまま夜を迎えた。いや、何を送ればいいかわからなかった、という方が正しい。
快斗…キッドからの連絡もなかったし、直接来いということか。彼の言う通りにするのは何だか癪だけど、行くしかない。…何のために? わからない。
彼に会いたい、と思ってしまうなんてどうかしている。
別所での仕事を終わらせ、盗んだ書類を懐に忍ばせたまま向かったのは、キッドが予告状を出した美術館のある高層ビル。今回の獲物もまたビッグジュエルだろう。
周囲に誰もいないことを確認し、変装を解いた。予告時間から既に30分は経っている。
先程傍受した警察の無線によれば、キッドはグライダーで屋上から飛び立った、らしい。でも恐らく、それは…。
警官や警備員はそちらに総動員されており、もぬけの殻となったビルの廊下で一人佇む。
ライトは全て落とされており、一面ガラス張りの壁からは、少し遠くでキッドを探し回っているヘリコプターが数機見えた。
本当は全部わかっている。胸の高鳴りの理由も、会いたいと思う理由も。
静寂の中、少しずつ大きくなる靴音に振り返った。
「こんばんは、瑠璃さん」
「…快斗」
闇の中から現れた純白の名を呼ぶ。否定しないところを見ると、やはりあの少年はキッドだったのか。
自虐的に笑う。あぁ、素顔も名前も知られてしまった。そして、心さえも。
「…私を、どうしたいの」
「そんな顔をしないでください。言ったでしょう? あなたが欲しい、と」
それだけですよ、などとのたまう彼を睨み付ければ笑って。その細められた眼に蕩けるような色が混ざっていて、思わず後退った。それもすぐにガラスに阻まれ、ボディスーツの背中に冷たい感触が広がる。
キッドが歩みを止める頃には顔が鼻先が触れ合えるほど近づいていて、堪えられず目を逸らした。
「っ、誰かに見られたら…」
「警察でしたら、今頃は飛ばしたダミーを追っていますよ。だから今は、私だけを」
腰を抱くように回された腕と、頬に添えられた手。咄嗟に目を瞑れば、優しく合わさる唇。
だがその隙間から舌が侵入して、思わずびくりと肩を震わせる。
「っ、ん…」
鼻から抜けるような自分の声に、ぞわりと背筋が粟立った。
歯列をなぞられ、舌同士が絡み合う感覚と音。どちらも初めてのもので、膝から力が抜けそうになる。
どろどろ、どろどろ。頭から爪先まで溶けてしまいそう。
「…は、すっげー」
やっと唇が離れたころには私の息はすっかり上がっていて。頬も頭も、全てが沸騰しているように熱い。
耐え切れずにずるずると座り込んだ私を、見下ろすキッドが憎かった。
「夕方もそうだけど、一体何のつもり、で」
「あー…まさかあんな所で偶然会うとは思わなくて、つい」
「ついじゃない…!」
わりーわりー、とまるで悪びれていない様子のキッドを再度鋭く睨む。といっても上目遣いでは威力も半減だろうけれど。
「ま、名前とか学校はお互い他言無用ということで。連絡先もバラまくなよ?」
「あんたこそね…」
どうやら私に教えたことは、嘘ではないらしい。自分の情報がバラされることもなさそうだし、そこは安堵した。でもどうして、と聞く前に遮られる。
「これ、ありがとな」
彼がしゃがんで私に渡したのは、白い袋。開けてみればそこには、私が貸したタオルがきちんと畳まれて入っていて。
「…どうも」
「あと今度遊ぼうぜ!」
「馬鹿じゃないの?」
「なんでだよ!」
一刀両断してやればぶうぶう文句を言い始めるキッドに、思わず噴き出してしまう。
「やーっと笑った」
立ち上がって彼が見せた笑みはキッドではなく快斗のもので、目を奪われてしまう。鼓動まで早くなってしまい、いよいよ末期な気がしてきた。
「ほら、立てるか?」
手を差し出され、ゆっくりと掴む。それすらも意識しそうになってしまう。
引っ張り起こされながらそっと溜息をついた。
これはもう、彼に恋をしている、と認めるしかないようだ。