今夜も君を待っている
name
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「…よし、もう大丈夫ね。完治おめでとう」
「ありがとうございます」
家お抱えの女医に礼を言って、服を着る。お抱えといっても親戚だ。気は知れている。
この間の肋骨のヒビがやっと治った。酸素カプセルなどのお陰で通常よりは早かったが、暫くただ安静にしているだけというのは退屈すぎて死ぬかと思った。
スマホで報告していたらしい女医があら、と声を上げる。
「今夜から仕事復帰ですって。忙しいのねえ」
「ここのところずっと休んでましたから…」
橘家分家の裏家業の一つに、窃盗がある。そしてそれが私の主な仕事だ。まだ高校生ということもあって、私がするのは窃盗だけ。だけど他の皆はオールラウンダーだ。いつかは私もそうならなきゃいけない。
でも、まさか旧家の名門である"橘"の分家が裏で金を積まれれば子守から殺人まで何でもする、文字通りの便利屋をしてるだなんて。誰も夢にも思っちゃいないんだろうな。
「頑張ってね、瑠璃。でも無茶はしちゃ駄目よ?」
「はい。ありがとうございました」
一礼して部屋を出る。そのまま自室に戻り、後手に襖を閉めて凭れかかった。
この間は結局、キッドに何も聞けないまま終わってしまった。でも何故か、胸中に漂っていた靄はなくなっていて。
それに。
「…また、キスされちゃった」
唇を指でなぞりながら独りごちた。
どうして、と声にならない疑問が口から滑り落ちる。これで二度目。考えれば考えるほど胸が痛くなって、鼓動が早くなって。
とりあえず、と気持ちを切り替えるように電灯のスイッチを入れる。考えてたって仕方ない。夜に控えている仕事の準備をしなくちゃ。
▽
こんなもんか、と息を吐いた。今回盗みに入るのは美術館。結構大きいから時間はかかったけど、警備員の巡回のタイミング、部屋の構造、監視カメラの位置などは粗方分かったし。そろそろ切り上げよう。
この時、意外に少ない監視と久々の仕事を無事に終わらせられた安堵で、私は完全に気が緩んでしまっていた。
──チャキッ
「動くな」
「っ!?」
背筋が凍った。冷や汗が一気に噴き出る。
一瞬の油断が命取りになる、なんて初歩的なこと、わかっていたつもりだったのに。後悔先に立たず、とはこのことだ。
「…なーんて。冗談だよ」
打って変わって明るい声がして、一気に空気が変わる。
恐る恐る後ろを振り向けば、そこにいたのはキャップからタートルネック、デニム、スニーカーに至るまで全て黒一色の少年が立っていた。
初めて会うような気がする…というか帽子のせいで顔がほぼ隠れていて見えないので、誰なのか判定のしようがない。
「油断しすぎだっつの」
「だ、誰?」
「ふふ、わからないんですか?」
いや。その手に握られている銃には見覚えがあった。それにその声も。
顔を拭う仕草をする少年、その下から現れる白に思わず声を上げる。
「怪盗キッド…!」
「ご名答」
息を呑んだ。そうだ、この声はこの気障な怪盗の声だ。
そして少し心配になった。ここ監視カメラ付いてるんじゃ…? こんなに派手なことして大丈夫なんだろうか。
「あぁ、ご心配なく。カメラなら全て止めていますよ、タイムリミットはありますが」
「考えてること読まないでよ! しかしまた現場が被るとはね」
ま、今回は狙う物がそれぞれ違うけど。
そう続ければおや、と片眉を上げられる。
「あなたの狙いは宝石でしょ? 私が今回盗むのは絵画だもの」
「先ほどの慢心ぶりでは、それも危ういですがね」
「うるっさい!」
噛み付くが、意外なことにキッドは心配そうな表情をしていて。
「危なっかしくて…見ていられませんよ」
ひどく優しげな声音。狼狽えて後退る私とは反対に近づいてくるキッド。私の歩幅はだんだん狭くなり終いには立ち止まって、彼は大きな一歩で一気に距離を詰めた。
「怪我は? もういいのか?」
「う、うん…」
「…よかった」
戸惑いながら頷けば、思い切り抱きしめられて。
「ひゃ…っ」
「…抵抗、しねえの?」
「し…ない、よ」
固まったままの私にキッドが問う。
それにぎこちなく。しかしはっきり肯定の意を示せば、回された腕に込められた力が強くなった。
キッドの胸に顔を埋めるような体制に、思わず赤面する。
「っ!」
それでも大人しく、胸元に頭を預ければ今度はキッドが固まった。
どくりどくりと速い鼓動が耳に伝わる。あ、緊張してるの、私だけじゃないんだ…。
それがなんだか嬉しくて、そっと腕をキッドの背中に回す。
「ずりーぞ…」
「あんたがそれ言うの?」
頬に赤く染めたキッドを見上げて笑った。
コンニャロと呟いた彼が思い出したように懐中時計を確認する。
「さて…名残惜しいですが、タイムリミットのようです」
もう一度私をきつく抱きしめたキッドが、耳元でそう囁く。
そういえば、さっきそんなこと言ってたような…。あぁなるほど。カメラが止まるのが数分ならただの不調で済むかもしれないが、止まったままでは流石に怪しまれる、ということか。
「それでは、」
「ぁ…待って」
思わず離れていくキッドの袖を掴んで制止する。
「この間は…ありがとう」
そのまま礼を口にすれば、ぽかんとしていたキッドがにかっと笑った。
いつも見せるのとはまた違った笑顔に胸が高鳴る。
「…またな!」
「っ!?」
不意打ちで鼻の頭にキスされ、驚いて思わず目を瞑ってしまう。
その隙を突いて姿を消したキッド。相変わらず鮮やかな手口だ。
一人残された私はそっと掌を握った。
彼に触れていた箇所がまだ温かい気がして、その熱を逃したくなかったから。