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砂の里の忍、特に若い世代にサソリという一人の上忍に憧れる人間は多かった。十代前半だというのに砂の里の主力とも言える傀儡部隊の隊長を勤め、戦に出れば辺り一帯を敵の血で染め上げることから、他里からは“赤砂の”と恐れられ、天才造形師の呼び声高く、更に彼自身が人形のように整った顔をしている……とくれば惹かれない者の方が少ないだろう。必要以上の事は話さない、冷酷で冷淡な性格も年頃の忍から見ればクールに映る。
私もその一人だった。でも、他のくノ一達のような浮かれた甘酸っぱい気持ちとは違う。彼の目に留まるように、役に立てるようにと重ねた努力が実を結び、サソリ様の配下に置かれた時は飛び上がって喜んだ。傀儡師としての才能はあまりなかった私は主に諜報任務に就いていたが、あの方は私が傷つくのを厭った。そのため、次第にサソリ様のお側で雑務をすることが増えた。……顔や肢体の造形の美しさを褒められることも。
彼が必要とされていたのは忍としての私、じゃない。それに少し胸が痛んだけれど、それでもサソリ様に求められるだけで嬉しかった。
憧憬、崇拝、讚美、……恋慕。だから何だって耐えられた。今回だって。
「オレの傀儡になれ、なまえ」
それも単なるコレクションではなく、人傀儡という物に。人間としての肉体を捨て、芸術作品へと昇華させるのだと、いつも“永遠の美”を語る時と同じ恍惚とした表情で語るサソリ様。
ああ、このお方と永遠を生きられるのなら……私がその最初の実験体となれるのなら。喜んでこの身を捧げましょう。恐怖を圧し殺して、私はにっこりと笑って見せた。
「あなた様の為なら、私は何でも致します」
――だってあなたを、愛してしまったから。
結論から言えば――実験は、失敗した。
厳密には、永遠の命を得る事は成功したが、私は一切動けなくなっていた。言葉を発することも、表情を動かすこともできない。唯一、ゆっくりとした速度で瞬きだけはできたが……それだけだ。
サソリ様は動揺することなく私の事を一通り調べ、確かめてから。いつも通り私だけに向けられる笑みを口元に刷いて、密やかな声で囁く。
「ああ、やっぱりお前は美しい」
何も発することのできない私の唇を、サソリ様の指が撫でる。僅かに伝わるその感覚と聴覚・視覚だけが今の私の全てだった。
風の国にあるサソリ様の傀儡置き場。ある砂漠の岩の下に隠されたそこには、サソリ様の数百体ある傀儡人形が収納されていた。必要になれば巻物から口寄せすればいいから、手元に置いておかなくていいのは便利だ。
そして、私もその傀儡置き場にいた。吊り下げられている他の人傀儡とは違い、部屋の最奥で一人掛けのソファに座らされていた。普段は“核”の機能を止めないようチャクラを溜めるために人間でいう微睡んでいるような状態になっているけれど、時折サソリ様に口寄せされ、眺められたり、触れられたり……まるで本当の人形のように、髪を櫛梳られたり服を着せ替えられたりと世話をされることもあった。
「なまえ……」
サソリ様からの呼び掛けに瞬きを返す。一回ならハイ、二回ならイイエだ。意志疎通を図る方法は、今のところそれしかない。
たまに聞かせて貰える断片的な話を繋ぎ合わせると、どうやらサソリ様は自身の人傀儡化に成功され、またそれを機に里を抜けられたようだった。そして“暁”という組織に入ったらしい。
今日も呼び寄せられたと思ったら、サソリ様に抱き抱えられ、時折溢される愚痴混じりの呟きに耳を傾けていた。目が合えば私はゆっくりと瞬きをして、それを見たサソリ様は微かに笑う。
「あと数体でオレのコレクションが三百体になる……三百体目が完成したら、久しぶりにあの傀儡置き場を整理するか。なまえの部屋も整えてやらねぇとな」
心臓がどくん、と鼓動したような錯覚に陥った。会うだけなら、いつも通り口寄せして貰えばいい。だけれど違う。サソリ様が直接私の元へ出向いてくれる。それが嬉しかった。何より、彼とこうして約束を交わすのは、初めてだったから。
だけど、サソリ様が……この部屋を訪れることは、なかった。
ただ微睡んで、時折目を覚ます。それだけの日々が続いた。どれだけの時間が経ったのだろうか。ある時、“三代目風影”と百体の人傀儡達が一斉に口寄せされ、それから……その傀儡達が戻ってこなかっただけでなく、私も、他の傀儡達も一切動くことはなかった。
最悪の想像をしながらも、私は未だ一縷の望みに縋っていた。きっと何らかの理由がある。囚われているか、忍をやめたか、傀儡を使うことをやめたか、もしくは。有り得ない妄想を続け、現実から目を逸らした。
ある時だった。決して開けられることはないように思えた扉が――開いた。
だけど、それは。
「流石、すげー量じゃん……」
「罠を掻い潜って来た甲斐がありましたね」
――サソリ様では、なかった。
何人か……服装からして恐らく、砂の里の中忍と上忍だろう。物珍しそうに傀儡置き場の中を、そして並んでいる傀儡達を眺めている。
落胆と、諦観。胸中に広がる二つの感情。だけど私の表情筋はぴくりとも動かない。
そのまま相手の観察を続けていれば、一人の忍が、最奥に座らされている私に気づいたようだった。
「うわ、キレーな傀儡ですね……」
「待て!」
その忍が私に近寄ろうとした、刹那。上司らしき隈取りのある忍が怒鳴る。
「ソイツ、なんか違うじゃん」
「はい、この人形からは微弱なものですが……チャクラを感じます」
感知タイプらしい別の忍が答える。ああ、バレてしまった。意外と解るものなんだな、と不思議に思う。私だったら……どうだろう。自分の姿を鏡で見たことはないから、判別がつかないかもしれない。
サソリ様の為に、彼の言う通りにして生きてきた。今までもこれからも……それは変わらない。私の中での“永遠”だ。
私には解らない。そんな自分が、人形なのか――それとも人間なのか……。
「まさか……」
一人が呟く。私はそれを黙って見つめる。
サソリ様、貴方にはひとつだけ、不思議に思っている事があるのです。小さな小さな疑念です。そんなものを抱いてはいけないと思っていても、つい考えてしまうのです。
……どうして私には、あなた様のような人傀儡としての仕込みが、何もないのでしょうか。
もしかして……私が動けないのは、失敗などではなく――。
「お前……生身の“核”を持つ人傀儡か」
驚愕の表情でこちらを見る、隈取りのある男に。
私はひとつだけ、瞬きを返した。
サソリ誕生日おめでとう!
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