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「あ、はは……ははははっ!」
部屋でひとり、狂笑する。床に蹲って、腕には力なく項垂れた男を抱いて。
夜闇のような色をした短髪や赤い雲模様が入った外套を羽織ったその姿はいつも通りだが、仮面から覗く黒々とした目は虚ろに見開かれていて、何も映していない。呼吸も止まり、徐々に失われていく体温――……男、うちはマダラは完全に死んでいた。
殺されたのだ。他でもない……私の手によって。
床が赤く染まっていく。彼の写輪眼に似たその色に唇を吊り上げた。
私は、彼のことを愛している。若くして里を抜けた私を拾ってくれて、暁という組織に入れてくれたこの嘘つきな男を。虚言と欺瞞で塗り固められているだろう名前や経歴、信条。その先にある”本当”に触れられるようになりたいと、そう思っていた。
初めは彼の役に立てればそれでよかった。それだけで幸せだった。でも、人の欲望というものに際限はなく……。彼に愛されたいと、全てを受け容れてほしいと……そう考えてしまった。
いつかは彼も、私のことを愛してくれるようになる。そう信じてやまなかった。それなのに……彼は私を、決して愛さない。私は彼に全部捧げたのに、彼のために手を穢したのに、彼は私に何も返してくれない。
――だから、殺した。
「ふ、ふふ……アハハっ」
笑いながら冷たい唇にキスをすれば血が互いの口元を汚す。その赤がまるで紅を引いたように見えて、興奮で手が震えた。
アナタが悪いのよ。何を言っても、どんなに尽くしても、私を見てくれないから。
これでやっと、私のものになった。そう胸中で反芻するだけで気分が高揚する。
誰にも渡さない。私だけの愛しいひと。
仮面に手を掛け、上にずらしていく。やっと彼の素顔が見られると思うと心臓が高鳴った。
徐々に姿を現していく顎、唇、鼻、それから……。
「ひ、っ!」
思わず仮面を取り落としてしまい、それは硬質な音を立てて床を転がった。あんなに欲していた男の身体から後退る。
その理由は、虚ろに空いた左目、その空洞から……蛆虫や百足などの虫が、一斉に這い出してきたから。
「いや、っいやぁっ!!!」
あっという間に虫はその量を増し、私の足元から這い上がってくる。夥しい虫たちが全身を這い回り、その箇所から皮膚が剥がれ落ちる……想像を絶するような痛み。耐えられず叫び声を上げるが、虫たちは攻撃を止めない。
「……良い夢は見れたか?」
背後から、するはずのない声が聞こえて。
全身の痛みが消えると同時に、背中に熱さを感じた私は声を絞り出す。
「どう……して……ッ」
「幻術だ」
耳元で低く囁かれ、身体が震える。私の背に刺したクナイを抜いた男は、崩れ落ちそうになる私の腕を掴んで止め、自分の方へと半回転させる。暗い闇色をした短髪、暁の外套、橙色の仮面から覗く瞳は……冷酷に細められた、赤。そこに居たのは、確かに先程殺したはずの――うちはマダラだった。
驚きで抵抗もできず、何度も腹部を刺し貫かれる。痛みは知覚できず、代わりに熱が広がってゆく。
「優秀な手駒だと思っていたが……残念だ」
平坦で無機質な……本当に残念だとは一ミリも思っていなさそうな声が響く。同時に掴まれていた腕を解放され、その場に崩れ落ちた。彼の血で染まっていたように見えていた床は今度こそ赤く、しかしそれは私の血液で。
ああ、まさかこんなことが……信じられないし信じたくない。やっと手に入れたと思ったのに。今度こそ彼を私のものにできたと……なのに、どうして。
「マダ、ラ……」
「己の人生を、命を賭けても虚無にしか触れられない……憐れだな」
他人事のようにそう溢す男に、追い縋ろうと手を伸ばす。けれど、届かない。
「アナタは、いったい……だれ、」
「オレは誰でもない……誰でもいたくないのさ」
なんとか絞り出した声が途切れる。視界が黒く染まってゆく。
最期まで私を縛っていたのは疑問と悔しさ――だが、やがてそれも、闇の中に掻き消えた。
お題:エナメル様
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