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「淫奔ナイトメア」の続き
ラッキーだと思った。暇を持て余すはずだった休日を、こうして友人と遊んで過ごせるなんて。
予定もなくだらだらしていたお昼過ぎ。高校の頃の友達から突然連絡があって、誘われたのはライブ。理由を聞けば、同行するはずの相手が体調を崩したらしい。
前述のように何も予定のなかった私は、二つ返事で了承した。いくつかのバンドがライブハウスで演奏する、いわゆる対バンライブらしく。友達は推しているバンド目的で行くようだ。たまには前情報なく観てみるのもいいだろうと、特にバンドの情報を調べることもしなかった。
バッグに財布とスマホを突っ込んで、会場であるライブハウスに向かった。数ヶ月ぶりに再会した友人とは会話も弾み、会場が開くまで盛り上がり続けて……ここまではよかったのに。
友達が好きなバンドは確かに良盤だった。インディーズであるにも関わらず、楽曲も演奏者もレベルが高かった。デビューしていないのが不思議なほどに。
広めのハコには若い女性が多くて、彼女らに混ざった友達もきゃあきゃあと嬌声を上げたりヘドバンしたりと楽しそうで。それを後ろの壁に凭れて、缶チューハイを傾けつつ眺めていた。
メンバーの名前を呼ぶ甲高い声に、眉を顰める。耳障りなわけじゃない。ただ、知っている男と同じ名前というだけで。
偶然の一致だ。まさかあいつがいるわけがない。数週間前に大会前の前座で起きた痴態を鮮明に思い出しそうになり、慌てて頭を振って追い出す。あの男には、できればもう二度と会いたくない。
片目が隠れそうなほど長い前髪も、その目の醒めるような緋色も。きっとよくある見た目だろう。ほら、こういうバンドのメンバーってだいたい派手で個性的だし……なんて偏見で無理やり自分を納得させる。現実逃避なのはわかっているけれど、どうしても認めたくなかった。
「もっと前来なよ!」
「ちょっと、待っ……!」
できるだけステージは見ないように、壁の花に徹していた頃。テンションの上がりきっている友人に腕を引かれ、否応なく最前列に立たされる。抵抗も断る隙も与えられず、私は赤髪のベーシストの前に引きずり出された。
髪と同じ色をした瞳をこちらに向けるその男と。視線がばちりと交わって。
一瞬、目を見開いた――八神庵が。にやりと意地の悪そうな顔で笑った。
周囲から上がる悲鳴の中、頭を抱える。ああ、全くもって今日の私は不幸らしい。
ライブ終わり。推しのギタリストを出待ちするらしい友人と別れ、繁華街の路地裏を足早に歩く。
「おい、待て」
「ついて来ないで!」
苛立ちのまま後ろから掛けられた声に噛み付いた。ライブハウスを急いで出てきたにも関わらず、感づかれたらしい八神に追われる羽目になっていた。
深くため息をつく。八神のバンドは演奏も曲も悪くなかった。むしろ好きな部類だ。だけどそのことをどうしても認めたくなくて。
「待てと言っているだろう」
「っ……何か用?」
手首を握られ、立ち止まる。振り払わなかったのは、下手をすればこちらが怪我をしそうだったから。相手はあの八神だ。不本意ながらその実力は私自身よく知っている。
なぜそこまでするのだろうか。当然だが親しいわけではない。関係を持ったのは一度きり。そんな女を、なぜそこまで気にかけるのか。
思考はそこで途切れる。八神がその手に、より一層力を込めたから。彼の手のひらは熱く、火傷しそうなほどだった。頭だけで振り向けば、その顔がよく見えた。
「用……というか」
うろ、と宙を彷徨う彼の視線。八神にしては珍しく、歯切れの悪い言葉が返ってくる。
まるで、自分でもどうしてこんな行動に出ているのかよくわかっていないようで――。
何故だかその姿に、心臓が跳ねた。
絶句し固まっていれば、後ろから抱き締められて。驚いて目を丸める。さっきより力は弱いのに、なぜか振りほどけなかった。
「まさかお前が、ライブに来てくれるとは思わなかった」
「べ、別に、好きで行ったんじゃ……っ」
耳元の囁きが低く掠れる。蜜のようにどろりと甘い声を、直接脳に流し込まれているようで。
寒気のような電流のようなものがぞくぞくと背筋を這い上がる。身体が断続的に震えた。そんな些細な反応でさえ彼は見逃してくれず、喉の奥で笑われてしまう。
するり、と彼の手が身体のラインをなぞる。その動きはだんだんといやらしいものになって。
「ちょ、っと……!」
抗議の声を上げるが八神は意にも介さず、服の内に侵入した指が直接肌に触れた。
それはお腹から胸へと移動し、先端を摘まれたと思えば、壁に押し付けられて。彼の膝が、私の股座を擦る。
「っあ、や……ん」
己の声の甘さに戸惑う。少し触れられただけで乱されてしまうなんて。
まるで自分が自分でなくなってしまうような感覚に、怖さすら覚える。
ぎゅ、と目をつぶると急に身体を開放されて。口角を上げた八神が片手をこちらに差し出す。
「ここでするか、それとも一緒に来るか……選べ」
「そ、んなの……」
選択肢にもなっていない。こんなところで致すなんて冗談じゃない。ましてや、この男と……!
歯噛みすれど、中途半端に煽られた熱を持て余した私は。
今さら抗えるはずもなく――その手を取った。
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