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窓の外は雨。ベッドの上で、今日もあの人の帰りを待つ。
「ただいま」
「……おかえりなさい!」
ドアの開く音と同時に声がして、私は精一杯の笑顔で彼を……長門さんを迎える。彼が靴を脱いだところで側に寄り、暁のマントを受けとる。ハンガーに掛けて皺を伸ばせば私の仕事は終わり。あとは長門さんが隣に来るのを待つだけだ。
「今日は何をしていた?」
「ずっと本を読んでいました」
ソファに座った長門さんの隣に同じように座り、先程読み終えた小説の表紙を見せる。長門さんが買い与えてくれたものだ。タイトルからしてよくある恋愛ものかと思ったけれど、中々面白かった。
「そうか。どんな内容だった?」
「えぇっと、確か……」
拙いながらあらすじを説明すれば褒めてくれる。頭を撫でられるのはまだ馴れなくて、つい肩を跳ねさせてしまうけれど。恐る恐る長門さんの方を見るも、そのことについて特に言及はなかった。
「どうした?」
「いいえ……何も」
笑顔で受け答えしながら、心中で臍を噛んだ。
――この男に私が攫われて、もう三ヶ月ほどが経つ。忍であるらしいこの男に私は抵抗ひとつできず、この家に閉じ込められた。長門と名乗ったその男は、オレンジ色の髪に紫色の水の波紋のような模様をした目、極めつけには沢山装着されたピアス……とかなりイカれた格好をしていた。そう、イカれている。全く面識のない相手を家に閉じ込め、身の回りの世話をするなんて、イカれているとしか言いようがない。
左足に嵌められた足枷、繋がれた鎖。動ける範囲はドアの前までだ。どちらもかなり頑丈なもので、忍ではないただの一般人の私には、壊すどころか傷ひとつ付けられなかった。一応足に布を巻かれた上から装着されているが、それでも当たってしまう部分には傷が付き、うっすらと血が滲んでいる。
長門さんが私の前に跪き、鎖に繋がった私の左足をやさしく持ち上げる。まるで慈しむように……崇拝するように。そのまま爪先に口付けられ、私は無言でそれを受け入れる。嫌がったり抵抗したら、何をされるかわからないからだ。舌が足の甲を滑る感覚に、嫌悪感から背筋を震わせた。
その丁寧な所作に……昔、行商人だった親と一緒に訪れた先で出会った、赤い髪の男の子を思い出した。どうしてだろう、見た目は全然違うのに。彼と出会ったのも雨の止まない町だった気がするけれど……もうあまり覚えていない。
足を愛撫し終えた長門さんは満足したようで、先程と同じように私の隣に座り直した。そのまま手が伸ばされ、ビクリと肩を震わせる。でも彼は私の手を取っただけだった。
「……綺麗だ」
「あ……はは」
どう返すのが正解かわからなくて、曖昧に笑う。私の目にはただの生白い足にしか見えない。それももう何日も太陽の光を浴びていないというだけの白い肌。食事は摂っているが運動どころではないので、筋力は確実に落ちているだろう。……逃げるなんてことは、できない。
ぼんやりと考える。この狂った関係は、いつまで続くのだろうか。あと半年? 一年? 数年?
――それとも、私が死ぬまで?
絶望的な想像に、背筋が震えた。
「……大丈夫か? 今日は冷えるだろう」
「だ、いじょうぶ、です」
なんて的外れな気遣いだろうか。途切れ途切れに答える私を見つめる長門さん。その表情は、いつも無表情だ。
彼は私をどう思っているんだろう。何度も考えた疑問が再び沸き上がる。私のことが好きなのだろうか。ここまで狂ったことをするぐらいだから何らかの感情を抱かれていることは確かだ。……でも、もし好きだとしても、ここまでされる理由が私にはわからない。理由のわからない好意は、ただ怖いだけだ。
冷えきった私の手を握る長門さんの手もまた、冷たい。まるで、死人の手のようだった。
――窓の外は今日も、雨。
明日も明後日も、きっと、ずっと雨だ。
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