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銃口を胸元に突きつけられているような感覚。紛れもない殺気。体力は互いに五分といったところか。痛む腕を擦った。
リング代わりの広場。対峙する二人。彼を焚き付けられたのは僥倖だ。そうでもなければ、拳を交わす機会など滅多に得られない。
ただの手合わせでも、手を抜く気は毛頭ないようだ。抉るように急所を狙う拳を躱し、こちらも蹴りを繰り出す。爪先が相手――八神庵の頬を掠り、裂けた皮膚に血が滲んだ。
この緊迫感と命のやり取りが心地よくて堪らない。まるで本気のコロシアイをしているような……一歩間違えれば死に直結する、そんな危うさに気分が高揚する。
地を這う蒼い炎を横っ飛びで避けた。そこへ一瞬で距離を詰めてきた八神。驚いて腕を胸の前でクロスし、ガードしようとするが、遅い。
「っぐ……!」
受けきれなかった拳が鳩尾に入る。衝撃で体勢を崩した私は、受け身も取れないまま勢いよく地面に転がった。
肺から空気が押し出され、呼吸すらままならない。這いつくばり、咳き込みながらも体に鞭打って立ち上がろうとする。
だけどそれは、革靴に蹴り飛ばされることによって阻止されて。無様に数回転した私は仰向けになって停止する。そして間髪入れず腹を踏みつけられ、低く呻いた。
全身が重い。まぶたが切れたらしく、血液が片眼を塞ぐ。それでもなんとか上半身を持ち上げ、目の前の男を視界に捉える。
八神は焔を灯した左手を顔の横で構え、そして――笑った。
狂気をその瞳に迸らせて。
「――そのまま死ね」
スローモーションの映像を見ているようだった。腕が伸びる。襲い来る蒼。その全てから、目が離せない。
私がうっすらと口角を持ち上げた、その時。
眼前にまで迫っていた炎が、突然消えた。
「っ……?」
「……フン」
八神が踵を返した。視線が合うことは、ない。もはやこちらに興味を失ったらしい彼が、舞台から去ってゆく。
緊張の糸が切れて、全身の力が抜ける。肩で息をしながら、乾いた唇をぎこちなく舐めた。
残るのは安堵と、一抹の……口惜しさ。
駆け寄ってくるチームメイトを視界に捉えながら、立ち上がることすらできず、その場に蹲っていた。
心臓が激しく脈打っている。うまく息ができない。まるで熱に浮かされているようだ。
震える手を握りしめる。そこで自分の手に何かが刺さっていることに気づいた。地面に落ちていたらしいプラスティックの大きな破片。溢れた血が手のひらから腕を伝い、服を汚している。
私は――痛みも感じないほどに、興奮していた。
チームメイトから何か言葉をかけられているのはわかる、だがそれは一切頭に入ってこない。
手を貸され、されるがままにリングを下りる。八神の後ろ姿から、目が離せないまま。
ああ、まさに一撃必殺。
私は――あの男に殺された。
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