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「Trick or Treat!」
「……はあ」
欠伸を噛み殺した。
目の前にいるのは目をきらきらさせた吸血鬼。私の主、DIO様だ。
ベッドで眠っていた私の上にのしかかられているので非常にきつい。重い。あんた自分の体重何キロかわかってるのか。
せっかく寝ていたのに起こさないでもらいたかった。時計を見るがまだ朝の5時だ。勘弁してくれ。
「だから! Trick or Treatだ!」
「っちょ……何なんですか、もう」
寝起きでぶっすりしているだろう私をよそにDIO様はずいっと身を乗り出す。変わらず機嫌の良い顔で。
見慣れたとはいえ、ギリシャの石像のように整ったその容貌をここまで近づけられると……多少はどぎまぎしてしまう。
「これを言えば菓子が貰えるのだろう?」
「……誰から教わったんですか?」
「ホル・ホースだ! なまえにこの台詞を言えば菓子をくれると言っていたぞ」
あのアゴ割れガンマンめ、余計なことを……。私の睡眠を妨害した罪は重いぞ。今度会ったらしばく。
「面白い文化だ……このDIOが生まれた時代にはなかった」
「いやハロウィン自体はあったでしょう。多分」
「うるさい! いいから菓子をよこせ」
ほら、と手を差し出すDIO様に溜息をつく。お菓子を持ったまま眠る馬鹿がどこにいるんだ。
「持ってませんよ。今の今まで寝てたのに……」
「なんだと」
よほどショックだったらしく俯くDIO様。195cmの男が拗ねるな。子供かあなたは。
呆れるわまだ眠いわで段々と瞼が下がってきた。さすがに主の前なのでそのまま眠ることはしないが、早く出ていってほしい。一応女の寝室であるわけだし。
「ほらほら、お菓子ならテレンスにでもねだってくださ……」
「つまり、菓子は渡せないということだな?」
「さっきからそう言ってるじゃないですか」
顔を上げた吸血鬼は、なぜかにやにやと笑っていて。嫌な予感がする。
ずい、とさっきより顔を近づけられ、息を呑んだ。鼻先が触れ合いそうだ。
濡れたような紅い瞳に覗き込まれる。心のすべてを。
心臓が早鐘を打つのは、なにもその美しさに魅せられただけではない。
危険だと。そう気づいた時にはもう遅く。
「ふふ。つまり私はお前に悪戯する権利を得たわけだ」
「は、……っ!」
トリックオアトリート。お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ。
確かにそういう意味ではあるけれど、でも。
彼の悪戯は、それだけでは済まない気がする、と喉に食い込む爪が皮膚を破る感覚にうめく。
「ンッンー……いい味だ」
「っ……で、おさま」
指に付着した血を舐めとって、DIO様が口端を吊り上げる。
捕食者に成り下がった私は抵抗することも出来ず、それを見つめるだけ。
「そんなに怯えた顔をするな。“悪戯”だからな――味見するだけだ」
味見で終わればいいな。終わるかな。殺されないかな……。
どうにもできないこの状況に、目を閉じながら。ハロウィンなんてクソ喰らえ、と心の中で唾を吐いた。
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