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「君って、かわいいよね」
亜風炉くんが何を言っているのか、理解できなかった。
放課後の教室で二人きり。とは言っても彼は委員会、私は日直で帰りが遅くなったからで、そこに甘い理由は全くない。考えるだけで恐れ多い。
今は日誌を書いている途中で。前の席に座ってこちらの手元を覗き込んでくる、亜風炉くんの無遠慮な視線に耐えていた。
彼と会話するようになったのは最近のこと。席替えによって前後に配置され、自然と機会が増えたから。仲良くなったと言うのもおこがましいような、そんな間柄だ。
ぽかんと口を開けた私のアホ面に、その神々しい微笑みが投げかけられる。もう一度目を瞬かせた。この美の化身のような男の子は今、誰のことをかわいいって言った?
きめ細かく艶のある白い肌。けぶるように長いまつ毛。それに彩られた瞳は影を宿した、ガーネットのように濃い真紅で。つんと高い鼻や形の良い薔薇色の唇まで、全てが神の采配によって然るべき場所に配置されている。そう思わせるぐらい、私の貧弱な語彙では言い表せないほどに美しい。
淡麗な美貌の彼はしかし、可愛さも持ち合わせている。例えるならうさぎだろうか。たまに頭上にふわふわした耳が見える気さえする。
痛みを知らないストレートのプラチナブロンドが、重力に従ってさらさらと彼の輪郭を伝い、流れる。それを眺めながら、亜風炉くんの言葉を反芻した。もしかして、皮肉なんだろうか。こんな平凡な私に、あろうことか彼がかわいいなんて言うわけがない。
「もしかして疑ってる?」
「えっ、いや……そりゃ、まあ……」
どうやら私の思考は読まれていたようで、歯切れ悪く返事をする。
疑うに決まってる。繰り返すけれど、私は見た目も中身も至って普通の女子中学生だ。そんな私に、いきなりそんなことを言うなんて。……もしかして、彼は。
「亜風炉くん、疲れてるの?」
「っ、ふふっ……そうきたか」
思わずといった様子で軽く噴き出す亜風炉くん。どうやら予想が外れたみたいで、だとすればどうしてだろう、と首を傾げる。
……少し、本当に少しだけ期待してしまう。でも彼が私にそんなことを言うなんて……ありえない、と気づかないふりをした。
「ま、いいや……これから時間をかけて伝えていけばいいんだし」
「へ、っ……!?」
亜風炉くんがシャーペンを握ったままの私の手を取った。そして、そのまま……手の甲に口付けられて。あまりの衝撃に固まってしまう。
「明日から、覚悟しててね」
笑った亜風炉くん。でもその笑みはいつもと違って、凄味があるというか――獲物に狙いを定める猛禽類のようで。
ああ、彼は草食動物なんかじゃなくて肉食動物だったのか。そして獲物はきっと私だ。
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