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草木も眠る丑三つ時のこと。吐く息が白くたなびく。かじかんだ手を擦り合わせた。
寝室から抜け出した私は、空を眺めていた。星も月もその顔を見せない夜空を、ひとりで。
本丸の庭は暗い。消灯時間はとうに過ぎているので邸には何の明かりも灯っていないし、石灯籠はいくつかあるが、電気ではなく火を使っているその光は心もとない。
まさしく、闇夜と言うに相応しい宵だった。
「主よ」
「……三日月さん」
声を掛けられ、振り向けば蒼い狩衣姿が僅かな灯火に照らされていた。目を凝らせばいつもの笑顔で立っている彼――三日月宗近がいて。安堵に胸を抑え、吐息を漏らす。
見つかったのが三日月でよかった。他の男士…特に歌仙だったら、説教は免れ得なかっただろう。
「こんなところに居ては身体を冷やすぞ」
「…どうして」
私の問いには応えず、三日月は一歩一歩こちらに近づいてくる。その度に玉砂利を踏む音が鳴り響いた。
彼の藍色の瞳に光る朏。朔日である今、その打除けは本物の月を凌駕し輝いて見える。
「羽織など持ってきてやればよかったか。気がきかんで悪いなあ」
これで我慢してくれ、と後ろから優しく抱き締められる。
突然のことに驚いたけれど。すっかり冷え切っていた身体に、じんわりと感じる体温が心地よくて、されるがままになる。次第に四肢の緊張がほどけ、力が抜けていった。
「良いものだなあ、現身というのは」
「三日月、さん?」
「主をこうして温めることができる」
ぎゅ、と強くなった締め付け。それに隠し事を責められているように感じてしまい、口を噤む。…ああ、駄目だ。また余計なことを考えてしまう。
そうして暫くの間、二人の呼吸音だけがあたりに響いていた。
「さあ主よ、部屋に戻るぞ」
「っ……そう、ですね…」
唐突に三日月に腕から開放される。あ、と溢れそうになった言葉を慌てて飲み込むみ、代わりに相槌を打つ。
彼の温もりが恋しい、だなんて…とてもじゃないけれど言えなかった。
「なに、眠れずとも俺が相手をしてやる」
「…気づいていたんですか」
「主のことは全てお見通し、というやつだ」
乾いた唇を、そっと舐める。
眠るのが怖かった。朝が来るのが怖かった。
時々ある、理由もなく不安に駆られる夜。夜が明けるまでまんじりともせず布団に横たわり、ひたすら鬱々とした考えを巡らせている時間は、際限がなくつらいものだ。だからこうして、外で時間を潰そうとしていた。矮小な人間にとっては永劫とも思える刻を。
そんな私の胸襟を知ってか知らずか、三日月がふわりと微笑む。慈しむように優しい笑みに、つめたく緊張していた心が溶かされていくようで。ひそやかに息をついた。
「さて、何をしようか。子守唄を歌いきかせるもよし、とらんぷをするもよし…」
自然な動作で彼が私と手を繋いだ。絡まりあった指に導かれるまま、三日月の隣で屋敷への道を辿る。
そっと握られた手の、手袋越しに伝わる熱が心地よくて。私は滲む涙をそのままに表情を崩し、へたくそに笑った。
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