Short
name
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「快楽の虜」「抱いて濡れて」「よるにおぼれる」と同じ夢主
真夜中の零時ちょうど。変わった日付は二月十五日。自室の机の前で椅子に座った私は、溜息をついた。
宿題が難しいとか、そういう理由じゃない。勉強なんてとても手につかなかった。
目の前にあるのは可愛らしくラッピングされたチョコレート――ガトーショコラだ。もちろん私の手作り。
作るだけならいいよね、学校でも配るんだし、なんて言い訳をしながら手を動かしていたのは昨日のこと。自分でも上手くできたと思う。
結局渡せなかったな、と嘆息を漏らす。
思い浮かぶのは赤髪の男。整った容貌は氷を思わせるように冷たく、それとは裏腹に腹の底で燃え盛る炎。彼の熱を思い出し、思わず体が震えた。
そもそも渡してもいいものなのだろうか。あの男が喜ぶとは思えないし……自分と庵は恋人同士でもないのに。
告白してお付き合いして愛を育んでいく、という世間一般の恋人関係とはとてもいえない間柄。不確かで不明瞭な、身体だけの繋がり――。考えすぎないようにしていたことがどんどん頭の中に広がってゆく。
――ヴーッ、ヴーッ。
「う、わっ」
突如、静寂を切り裂くようにスマホのバイブ音が鳴り響く。物思いに耽っていた私は、思わず肩をびくつかせてしまった。反射的に、表示も見ず電話に出る。
「も、もしもし」
「外だ」
どくり、と心臓が大きく音を立てる。一言で相手が誰なのかわかってしまったから。
慌てて窓を開ければ、外の道路に――庵が立っていて。
「え……っな、なんで」
「……近くを通りがかった。それだけだ」
しんと静まり返った住宅街は、声がよく通る。なんだかいけないことをしている気分になって、小声になった。
「寝ていたのか?」
「う、ううん。大丈夫」
私のパジャマを見てそう判断したのだろう。こんなことになるならもっと可愛いものを着ておけばよかった、と今更後悔しても遅い。
会話を続けなければと思うのに、緊張して何も言えなくなってしまう。しばしの静寂があたりを包む。
「……じゃあ、な」
「っ……」
必死に頭を動かしている間に、庵はくるりと踵を返す。
ああ、庵が帰ってしまう。いつの間にか持っていたチョコレートの袋の上部を、ぎゅっと握りしめた。
頑張って作ったのに、せっかくそこに庵がいるのに。渡せないの? そんなの――嫌だ。
そう思った時、体が勝手に動いていた。
「待って!」
窓から身を乗り出し、振りかぶった右手で――悩みのタネを投げた。
ピンクの小袋がくるくると落下する。振り返った庵が、驚いた顔のままそれを受け止めた。
「何を……」
「ば、バレンタイン! だった、から……」
ぎこちなく口を動かす。最後の方はしどろもどろになってしまった。反応が怖くて、庵の顔を見ることができない。
「じゃ、じゃあね!」
「おい、待――」
庵の言葉を待たずに窓を閉める。カーテンまで締め切って、ずるずるとその場に崩れ落ちた。
何というか、とても――とっても恥ずかしいことをした気がする。
今更ながら羞恥心が湧き起こり、私は床で転げ回った。頬どころか、体中が熱い。
悩みが解決したところで、今夜は眠れそうになかった。
次の日。
庵から「悪くなかった。ホワイトデー、覚えておけよ」というメッセージが届いて更に転げ回る羽目になるのだが、それはまた別の話。
19/86ページ