Short
name
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
吸い込まれるように安宿の寝台へと横たわる。冷たいシーツが肌に沁みた。
疲労を訴える身体は重い。この数ヶ月間、何も考えなくていいように、ペインから命じられるままひたすらに任務をこなしていたからだ。休息を十分に取った記憶がない。
せめてシャワーぐらいは浴びてから寝転がれば良かったか、とも思ったがもはや布団に沈みきった手足は言うことを聞かない。汚れきった暁装束を脱ぐこともなく、全身返り血に塗れたままだ。それでも眠気には勝てず、意識は溶けきったバターのように沈む。
そして。再び瞼を開けた私の目の前には――サソリがいた。
記憶と寸分違わぬその姿が、薄暗い部屋に一つだけ置かれた蝋燭に照らされる。その燭台には、あわい褐色が灯っていた。
こうして二人だけで会うのは初めてかもしれない。“いつものように”笑いかければ唇を持ち上げる彼。
ああ、やっぱり生きていたんだ。嬉しくなって息を吐くけれど、驚くほど冷めきった脳は。
これは夢だ、と――現実を見せつけるように結論付ける。
「サソリ」
「…何だ」
ぶっきらぼうな物言い。ほら、いつものサソリだ。これが虚構だなんて、あるわけがない。でも、だけど。
試しにその硬質な頬をなぞっても、燃えるように赤い髪に触れても、ただ同じ組織の一員だっただけの私を拒否しないのは。願望によって捻じ曲げられた思い出に、これほどまでに忠実なのは。
自分が作り出した幻想である証拠だ。
「好きなの」
二人、向かい合って座っているこの部屋はサソリのもの。戸口で数回言葉を交わしたぐらいで招かれたこともないのに、再現度が高い気がするのは特有の既視感だろうか。
夢ならそれでいいや、と。半ば自棄になって口にしたのは告白。
最後まで、伝えられなかった言葉。
「そうか」
「愛してる」
「知ってた」
「うん。…好きだったよ」
あなたが死んだなんて信じられなくて、信じたくなくて。目を背けるように任務に没頭した。ペインは何も言わずにいてくれたけれど、きっとばれているんだろう。
ぎこちなく彼の背に腕を回す。受け入れも抵抗もせず、されるがままのサソリ。私の中の虚構の彼。
冷たいはずのその身体が暖かい気さえして、思わず腕に力を込めた。
「さよなら、」
別れを最後まで告げる前に、完全に目が覚めてしまった。点け放しだった囲炉裏の火が爆ぜる音がする。
瞼を薄く開き寝台に横たわった私は、ゆっくり手を握り締めた。
あなたの体温を、顔を、声を。これ以上、忘れないようにと。
ユリ柩様
24/86ページ