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ゆるゆると瞼を持ち上げる。カーテンの締め切られた暗い部屋。かすかに溢れる光。
体を起こしてベッド側にある窓に手を伸ばす。ダブルサテンの生地を引けば、露わになったガラスから冷気が伝わる。
「雨…」
呟いた言葉は溶けて消えていく。豚の帽子亭が建つなだらかな丘にさあさあと降る雨粒。辺りには霧がベールのように立ち込めている。その静かな景色をぼうっと眺めていれば、不意に蝶番の軋む僅かな音がした。
「! ごめん、まだ寝てるかと…」
「う、ぅん…大丈夫」
声が寝起きで渇ききった喉につっかえて掠れる。
扉を開けたのはキングだった。後ろめたそうに部屋へ足を踏み入れた彼は、どうやら私の様子を見に来てくれたようで。
断りなく部屋に入ったことを申し訳なく思っているのだろう。別に気にしなくていいのに。
持ってきてくれた何本かの小さな花をこれまた小さな花瓶に生け始めた彼。種類はわからないが、ピンク色をした四枚の花弁が可愛らしい。この雨の中わざわざ摘んできてくれたのだろうか、と嬉しくなる。
「体の調子はどう?」
「うん、良くなってきたよ。迷惑ばかりかけてごめんね」
包帯の巻かれた自身の体に目を落とす。小さな刀傷も多いが、一番深かったのは袈裟懸けに斬られた傷。致命傷とまではいかなくとも、完全に治るまでにはかなりの時間を要するだろう。
情けない、とため息をついた。こんなんじゃ、メリオダスやエリザベス王女の役に立てやしない。七つの大罪でもない私を置いてくれているというのに、これじゃあ足を引っ張っているだけだ。
そんな私のマイナス思考を打ち消すように、キングが声を張り上げる。
「迷惑だなんて思ってないよ! なまえが頑張ってくれた証じゃないか」
「キング…」
ああ、と密かに息をつく。そんなこと、言ってもらえるなんて思わなかった。
そっと私の傷に手を伸ばしたキング。だけどその手が届くことはなく、きゅっと握り締められて遠ざかってしまう。
ねえ、どうしてキングがそんなに苦しそうな顔をするの?
柔らかな雨音は、まだ止まない。
「大丈夫だよ。傷痕は残るだろうけど、」
「大丈夫なわけないだろ! なまえは、女の子なのに…」
きゅ、と胸が締め付けられた。
女性をきちんと思いやり敬うキング。それは高貴な精霊王であるからか、それとも元来の彼の性格からか。
戦闘以外能がない、こんな私も例外ではなかった。入室する時は必ず確認してくれるし、見舞いの花だって欠かしたことがない。
それが擽ったくて、誤魔化すように戯れを口にする。
「傷なんてそんな、元々いなかった嫁の貰い手が益々なくなるだけだって。気に…しないで」
冗談のつもりだったけれど、自分で言っていて悲しくなる。
こんなに傷だらけの女、なんて。誰も好きになってくれないに違いないから。
「っ、ならオイラが貰うっ!」
どくん。脈打つ心臓の音が聞こえた気がした。
真剣な顔のキングに、鼓動は治まることを知らないかのよう。
それでも平常を装い、茶化してしまうのは。本当の事だと、信じられないからで。
「ふふ…なんだかプロポーズみたい」
「っ!」
顔を真っ赤にさせて固まるキング。やっぱり無自覚で言ってたんだ。幸せだったし、ちょっと期待したのに。
――だけど、彼は。
「…そうだよ、プロポーズだよ」
「え、っ」
目を見開く。驚愕で何も言えなくなっている私の手に、今度こそキングが触れた。握られてその力の強さにまた驚く。
「なまえが、どんなに傷ついても…いいや、もう傷つけさせない。オイラが守るから」
強い光を持った瞳に、心まで射られたようで。目が離せなかった。
段々と熱を持ち始める頬に、一筋の涙が流れる。
「だから。オイラの、お嫁さんになって」
手が持ち上げられ、甲に口付けられる。
ああ、びっくりして、嬉しくて、自分がどんな顔をしているのかよくわからない。
それでも私は、精一杯笑いながら大きく頷いてみせる。
窓の外は、いつの間にか晴れ渡っていた。
カランコエの花言葉 … あなたを守る
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