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放課後の教室。残っている生徒は私と彼の二人だけ。
のろのろと帰り支度をしていた私は、やっと決心して席から立ち上がった。
手に持つのはチョコレート。休み時間には人が多すぎて、渡すに渡せなかったもの。
彼は人気者だから。どうにかして二人きりになりたかった。
渡すとすれば今だ。このチャンスを潰すわけにはいかない。
「あの…幸村くん?」
そう声を掛ければ、彼はペンを走らせる手を止めてこちらを振り向いてくれる。
「みょうじさん?どうかした?」
「え…っと、渡したい物があって…」
声を震えさせないように、ゆっくりと告げる。微笑むその姿もその声も、全てが美しい。顔の造作も、髪のひと房まで。
平凡でただのクラスメイトでしかない私にも、優しく接してくれる。幸村くんのそういうところが、たまらなく好きなんだ。
「これ! よかったら、貰って?」
さっと包みを差し出す。中身は昨日作った生チョコとクッキー。結構おいしくできた、はず。
「本当に? …開けてもいいかい?」
顔を明るくさせた幸村くんに、何も言えなくてただ頷く。
他の人にもいっぱい貰ってるだろうに、こんなリアクションまでしてくれるなんて…ほんと、優しいなぁ。
「わ、美味しそうだな」
「口に合うかわかんないけど…」
「ううん。嬉しいよ、ありがとう」
にっこり笑うその姿に、胸が高鳴る。
あぁ、幸せだなぁ…。
「よかっ――」
「じゃあ、お礼しなきゃね」
よかった、じゃあまた明日。
そう言うはずだったのに、遮られてしまう。
お礼って、何だろう。首を傾げるけれど。
「ね、なまえ」
名前を呼ばれて、思考が止まった。
どうして? 今まで名前で呼ばれることなんて…。
それに名前覚えてくれてるなんて、思ってもみなかった。
立ち上がった幸村くんがこちらへと一歩踏み出す。急に詰められた距離に、驚いた私は。
「へ、ぁ」
足をもつれさせ、後ろへよろめいてしまった。
体勢を立て直すこともできず、受ける衝撃を予想して目を瞑る。けれど。
「っと」
床に倒れ込む前に腰を引かれ、そのまま暖かさに包まれる。
驚いて目を開ければ――至近距離に幸村くんがいて。
あぁ、これは夢なんじゃないだろうか。頬が一気に火照っていく。
私の腰には、回された彼の腕があって。幸村くんに引き寄せられたんだと気づいて、顔が熱くなった。
「っ…ご、ごめんね!」
謝って離れようとしたけれど、彼はそのまま腕の力を強くする。
「駄目だよ…逃がさないから」
耳元で囁かれ、心臓が高鳴った。
どうしよう、どうすればいいんだろう。頭が真っ白になって、何もわからなくなる。
「なまえ?」
「っは、い」
「ふふ。…チョコもいいけど、こっちもね」
いつの間にか幸村くんは、私の作ったチョコを手に取っていた。
それを唇に咥えて、彼はにっこりと口角を上げる。凄みのあるその笑みに圧倒され、体が固まってしまった。
幸村くんの手が、私の頭に添えられる。
「ゆ、きむらく――」
なにを、と問おうとした声は。彼に咥えられたチョコとその唇で塞がれた。
「んぅっ!?」
反射的にぎゅっと目を瞑る。
一体自分が何をされているのか、わけもわからず戸惑い。軽く下唇を噛まれてやっと気づく。
もしかしなくても、幸村くんに…キス、されてる…?
「っふ、あ」
目を見開けば、薄っすらと瞼を開けていた幸村くんと視線が合う。
笑うように細められた目に、その妖艶さにまた頬が熱くなった。
段々と唇の間でチョコが溶ける。
あぁ、もう何も考えられない…。
「ん…っあ」
酸素が欲しくて薄く唇を開ければ、その空いた隙間から溶けたチョコが舌で押し入れられ、甘さが口の中に広がった。
唇をどうにか離そうと試みても、頭を押し付けられて口付けが深くなるばかりだ。
舌を舌に絡ませられ、歯列をなぞられ。
ぴちゃ、と唾液が鳴って。その音に羞恥を煽られる。
「っ、あ…」
「ふふ…ゴチソウサマ」
ようやく頭を固定されていた手から解放され、床にへたり込む。
そんな私とは逆に、何事もなかったかのように、唇に残ったチョコを舌で舐め取りる幸村くん。
私はわけもわからず、疑問を繰り返すことしかできない。
「え、なに、どうして…」
「チョコのお礼だよ…っていうのは建前で」
「へ、っ!?」
手を差し伸べる幸村くん。躊躇っていれば腕を掴まれて立たされ、今度はぎゅっと抱きしめられる。私の心臓の鼓動がまたうるさくなり始めた。
あぁ、もう、死んでもいいかも…。
「ずっと好きだったんだ。付き合って、くれるよね?」
今度こそ、私の思考が完全に止まった。
「…おーい、大丈夫?」
「――へっ?」
一体、何が起こってるんだろう。
幸村くんが、好き? え、誰を?
……私を? どうして?
嬉しさより疑問が勝ち、混乱を極める私をよそに、彼は話し続ける。
「でも、チョコ貰えてよかったよ。中々渡してくれないから貰えないのかと思ってた」
「え、私がチョコ渡すってわかって…」
「好きな子のことぐらいわかるよ。それに休み時間になる度に挙動不審になってたし、ね」
面白かったよ、とまで言われて恥ずかしくなる。
そ、そんなに変だったんだろうか。それに今また好きって…。
俯いているとまた笑われてしまった。
「それで、なまえ…返事は?」
私の顎を指でつい、と上げて問う幸村くん。大人っぽいそのかんばせが微笑む。ああ、答えなんてわかっているくせに。
私はまた顔を赤くさせながら、それにゆっくりと頷いた。
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