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「貴様、俺のことが好きだろう」
「……ハ?」
呆気にとられて隣の男を見る。突然何を言い出すんだ、こいつは。
そこには至極真面目な顔をした八神がいて、ついため息をついた。
「何言ってんの……」
「なんだ、違うのか?」
首を傾げられて、目眩。くらりとしたけれど、なんとか踏みとどまった。
人通りの少ない路地で、二人並んでの一服。彼は煙草を吸って、私は缶ジュースを飲む。もはや恒例と化した光景だった。
呆れついでに凭れかかったフェンスが、音を立ててきしむ。
「突っかかっては来るが、偶然にしてはよく会うし、その度にこうして誘われる。最初は嫌われているのかと思ったが、そもそも嫌いな人間と一緒にいたいとは思わないだろうからな」
「……自意識過剰すぎなんじゃない?」
いたたまれなくて八神の吐き出す紫煙へと目を逸らす。蒼穹へ昇ったそれは瞬く間に雲散霧消した。
こいつ、こんなにナルシストだったっけ。バンドのファンにモテすぎて、頭おかしくなっちゃったんじゃないだろうか。
「今だってそうだ。俺を見ながらどんな顔をしているか……気づいているのか?」
「……さあ? 見当もつかないけど、あんたが期待してるようなものじゃないのは確かね」
どんな顔、って……どういう顔なんだろうか。
気にはなるけれど、相手にしたら終わりだとも思えて。だからわざと冷たく突き放してやった。
「俺が欲しいという目だぞ、それは」
「っちょ、っと」
突然、頬を撫でられて。びく、と体が震える。一瞬で触れられた箇所へ熱が集まっていった。
反論しようとして視線を上げて――片手で煙草をふかしながら意地悪く笑う、その姿に。見惚れてしまう。
ああ好きだなあと、改めて考えたりして。我に返り、息を呑んだ。
不味い、と。思ったときには、もう遅い。
「……顔が赤いぞ」
「ち、がう……!」
動揺が隠せない。誤魔化していた胸の高鳴りが大きくなっていく。
――ああ、こいつにだけは知られたくなかったのに。弄ばれるのなんて、わかりきっているから。
「なまえ。俺も好きだと言ったら、どうする?」
ほら。即座にこうやって人の心を揺らしにかかる。なんて残酷な男なんだろう。
真剣な顔で発されたその言葉を聞いて、思わず心臓が跳ねてしまって。それがまた悔しかった。
「……嘘、でしょ」
「良く分かったな」
疑えばすぐ表情が崩され、悪どい顔で肯定されて。ああやっぱりかと脱力する。
そうだろうとは分かっていたけれど……少しだけ。期待、してしまった。私は――なんて馬鹿な女なんだろうか。
「誰でもわかるわよ……っクソ……」
往生際悪く呻くけれど、彼は意に介さず。いやに優しい手つきで私の髪を梳く。
私をからかうためだとわかっていても、それすら幸せだなんて。綯い交ぜになった心を閉じ、黙り込む。どうにもこうにも、振り払えなかった。
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