二章 - 暁
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雨隠れには巨大な崖がある。山深い場所に位置するそれは、人避けの結界や数多くの罠に護られて、特定の人間以外は出入りできない仕組みになっている。
今日は霧雨が絶えず降っているせいか、まだ昼間だというのに辺りは薄暗い。
高さにして五百メートル以上はあろうかという切り立ったその崖下に、二つの人影が立っていた。
「コレが?」
「そう。“暁”のアジトよ」
ヒルコの首を持ち上げ、その断崖絶壁を見上げるサソリ。ヒイナは前のめりになってスコープを覗いた。サソリと共にヒルコ内に居るヒイナだが、チャクラをヒルコに接続すれば視覚情報を共有できる人傀儡のサソリとは違い、自らでヒルコのアイピースに接眼する必要があった。
その崖は茶色の岩肌が剥き出しになっていて、所々が緑に覆われていた。一見、只の崖に見える。だが……。
その崖壁には無数の穴が空き、一際大きな穴の側からは一筋の煙が立ち上っていた。
小南は崖の根元にある、何の変哲もない窪みに手を翳し、己のチャクラを少量注ぎ込む。
「こうしてチャクラで認証を行うと……」
「わぁ……」
岩が持ち上がり、小さな洞窟が姿を現した。それを見たヒイナは、思わず声を上げた。ヒルコを通さない高い声が響く。
その岩の洞は、小さいとはいっても人一人なら容易に通り抜けられる大きさがあった。数メートル足らずの路を通れば、すぐに見えてくる――エレベーターが。
「……ほぉ」
広い空間に設置され、明かりに照らされた鉄骨製のそれは中々に大きく、六・七人で乗っても余裕がありそうだった。見た目は武骨で天井すらなく、最低限の手摺があるのみだが、頑丈さは保証されている。
これにはサソリも感嘆の息を漏らさずにはいられなかった。見上げればその昇降路は非常に長く、崩れ防止の為か所々に補強が加えられていた。
二人で搭乗口からエレベーターに乗り込み、小南がボタンを押せばそれは上昇を始めた。中々の速度だ。
「動力はどうなってる」
「水力発電よ。すぐ近くに施設がある」
アジトの崖上には幾つもの水源がある。そこを走る渓流は滝として流れ落ち、滝壺を経由して川の形を成し、中流域へと向かう。それらの水勢を利用し発電していた。
幸いにもここは雨の国で、水には事欠かない。このアジトの側にも大きな直瀑があった。
「着いたわ」
小南の声と同時に、エレベーターの鉄籠が動きを止める。崖の中層程の高度まで上がったが、時間にして数分程度のことだった。
エレベーターを降りた二人。ロビー・エントランスのような部分にあたるここは広々としていて、正面には再び洞窟が口を開けていた。
だがサソリの気を引いたのはそちらではなく。
「あの道は?」
「また別の出入り口に繋がっている。私のように飛べる者向けだ」
サソリ操るヒルコがエレベーターの右側から奥へ伸びている通路を視線と顔の向きで指す。小南の言う通り、そちらからは風が吹き込んでいた。
小南は乗降口正面に口を開けている洞に付けられた小さなスイッチを押す。するとその先にある十メートル程の廊下の電球が、一つまた一つと灯されていった。
「わぁ……!」
一番最後の灯りが点り、扉が照らされる。その演出に目を輝かせたのはヒイナだ。
小南は先程から聞こえる子供の歓声に、微笑ましい思いでヒルコを見下ろす。
「……なんだ」
「いいえ?」
視線に気付いたサソリに訝しげに問われるが、小南はスルーして傘付きの電球に照らされた廊下を進み始めた。
「……ヒイナ、出ろ」
「は、はい」
生温い視線の正体に気付いたサソリは、妙な居心地の悪さから半ば八つ当たりのようにヒイナをヒルコから追い出す。銀髪の幼児は戸惑いながらもそれに従い、開いた甲羅から外に出て、前を歩く二人に続いた。
三人が暫く足を進めれば、両開きの鉄扉に辿り着く。小南がそのハンドルを押せば、ギィ……と音を立ててドアが開いた。
「おかえり、小南」
「ヤット帰ッテキタカ……」
先程のエントランスより広い玄関ホール、そこに立っている人物。植物のような何か……ハエトリグサに似た緑色の物体に身体を包み、左半身と右半身はそれぞれ白と黒の二色に分かれている男。
サソリとヒイナは瞠目する。前者は“今までにない芸術性”、その片鱗を感じたからで、後者は単純にその造形に対する驚きからだった。
「彼もメンバーの一人よ」
「ゼツだよ。よろしく」
「ヨロシクナ……サソリ」
「フン……」
軽い調子で挨拶の言葉を述べるゼツ。その黄色い視線は真っ直ぐにサソリを見ていたが、不意にずらされる。
「ところで、その子は?」
「サソリの弟子だそうよ」
「……挨拶だ、ヒイナ」
ヒルコの影に隠れるように寄り添っていたヒイナだったが、彼の尾によって前へと押しやられる。
おっかなびっくりゼツの前に立ったヒイナは、おずおずと口を開いた。
「あの……ヒイナです。よ、よろしくおねがいしますっ」
最後にぺこり、とお辞儀をした幼女は、再びサソリの後ろに引っ込んだ。
「ああ、隠れちゃった」
「怖クナイゾ」
「それよりペインは?」
ヒイナは人見知りしているだけだ。だがそれを怖がられていると勘違いし、大袈裟に眉を下げて残念そうな声色を作る白ゼツと、それに調子を合わせる黒ゼツ。
そんな二人の事など大して気にしていない様子で、小南は組織のリーダーの所在を問うた。答えようとゼツが口を開いた、その時。
「戻ったか、小南」
「ええ」
小南やサソリ達が入ってきた玄関の扉、その正面の壁際に設置された螺旋階段を降りてきた男がいた。
オレンジ色の短髪に、耳だけでなく顔中に装着されたピアス……ではなく黒い受信機が目立つ。ゼツよりはマトモだが、それでも異様な見た目の男だ。
「……へェ」
サソリが注目したのは、その容姿ではなく――ふたつの輪廻眼だった。眼窩に嵌まった紫が波紋模様を描いている、その珍しい瞳。
(六道仙人と同じように、神話やら御伽話の類いかと思っていたが……まさか実在するとはな……)
ヒルコ中で顎を手で触りながら、ニヤリと笑うサソリ。実在すら怪しいとされている伝説の瞳術、それを目にすることができるとは。小南に次いで二人目の作品候補が、彼の中で決まった瞬間だった。
そんなサソリの胸中を知ってか知らずか……ペインは変わらぬ表情で、腰の曲がった男の“傀儡”をその紫水晶に映す。
「よく来てくれた。オレが暁のリーダー、ペインだ」
「……サソリだ」
互いに短い自己紹介を済ませ、沈黙の帳が降りた。妙な緊張感が辺りを漂う。
その空気を散らしたのは、ゼツだった。
「じゃ、ボクはこの辺で。またねー」
「……ジャアナ……」
主にヒイナに向かって手を振ったゼツは、地面に溶け込むように消えていった。
ゼツが立ち去るのを見届けたペインは、サソリの背後に立つ幼児を見下ろした。無遠慮な視線と表情の冷たさに肩を震わせた子供……ヒイナは、それでも頑張ってペインを見つめ返す。
「えっと……っ、ヒイナです。よろしく、おねがいします……!」
「……あぁ」
緊張の面持ちで頭を下げるヒイナ。その銀髪がさらりと揺れた。それに相変わらず感情の読めない声と顔で短く返事をし、右手を持ち上げようとしたペインは……結局躊躇い、その手を下ろした。
「アジトの案内は?」
「これからよ」
「そうか……後は頼んだぞ、小南」
代わりに小南へと向けられた視線。
短いやり取りの後、サソリ達に背を向けたペインは、瞬身の術でその場から消えた。
「……で、メンバー紹介はこれで終わりか?」
「いいえ、あともう一人いる」
これは“お目見え”だと理解しながら茶化すサソリの問いに、無表情で答える小南。
もう一人のメンバー……角都は、今日の夜にはアジトへ戻ってくるだろう。そうなればサソリと組ませ、ツーマンセルで任務へと送り出す事となる。
そして、最後の一人は……まだ表舞台へ出る気はないようなのでノーカウントだ。
「さて、案内を続けるわ。まずは……そうね、アナタたちの部屋から。言われた通り、広くしておいたわ」
玄関ホールの右側から奥へと続いている通路に足を向ける小南。サソリとヒイナもそれに続く。
これが組織での第一歩だ。始まるだろう新生活に、ヒイナは胸の騒めきを感じて背筋を震わせた。
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