二章 - 暁
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数多の紙片が青空を舞っている。
己の人傀儡“三代目風影”が小南の操る“式紙”によって無力化され、鈍い音を立てて地に倒れ伏したのを見てサソリは舌を打った。
紙が小南の左半身に集まり、その姿を形作ってゆく。戦闘に勝利したというのに、彼女は変わらず無表情だった。
「もう一度言う。私たちに力を貸しなさい」
サソリは口端だけで笑うと、三代目の傀儡を巻物に仕舞った。白煙が立ち込め、だがそれも風に流されてゆく。
「負けたオレに選択肢はない、どこにでも連れて行け」
「思いの外、物分かりがいいわね」
「フ……他の“暁”の奴らを見てみたくなっただけだ」
空を見上げ、そこに舞う紙たちに視線を移すサソリ。そのまま言葉を続ける。
「お前の術のように――今までにない芸術性を感じられるかも知れないからな」
小南の見たことのない術に刺激されたのは、芸術家としての感受性。碌な素材のいないこんな国に留まっていても進歩はない……そう感じたからでもある。
「そこを期待されても困るけど、アナタが入ると決めたのなら――それでいいわ」
全ての紙片たちを自らに同化させた小南の瞳に、不敵な笑みを浮かべたサソリが映る。
移動するため体を反転させようとした小南の前で、サソリは口を開いた。
「あぁ、それともう一つ……条件がある」
「条件?」
今更何を、と眉を顰める小南を余所に、背後の岩へと目線を移すサソリ。
小南もそれに倣ってそちらを見る。そこには彼の傀儡がある筈だ。そして、もう一人分の気配も。
「来い、ヒイナ」
サソリが名前を呼ぶと同時に、サソリの十八番であるヒルコが岩陰からその姿を見せ、サソリの傍へと移動する。
「出ていいぞ」
「は、はい……っ」
ヒルコを通さず発された声は高く幼い。傀儡の上部の蓋が開き、衣をかき分けて何者かが顔を出した。
ふわりと地面に降り立った人間、その全体像を目の当たりにした小南は、彼女にしては珍しく驚きの表情を浮かべた。
(子供……? しかも、まだ幼い……)
百センチあるかどうかすら怪しい低い背に、丸みを帯びた頬。肩口で切り揃えられた銀髪は太陽の光を受けて艶めき、金色の瞳は硬質な輝きを見せる。子供ながら優れた容貌をした幼女は、戸惑った表情を浮かべている。
知らない人間に見つめられて居心地が悪くなったヒイナは、小南から隠れるようにサソリの半歩後ろに立った。
そんな彼女を注視する小南。視線が合ったが、すぐ反らされてしまった。
「コイツも連れていく」
「……何?」
「それが条件だ」
小南の眉がピクリと動くが、サソリは特に気にした様子を見せず、それどころか口端を上げる。緊張の走る空間で、ヒイナは不安そうに二人を眺めていた。
「“暁”は託児所じゃないのよ」
「それができねぇってんなら、この話はナシだぜ」
はっきりと顔を顰めた小南に、サソリは嫌味な笑みを浮かべる。終始無表情だったこの女の調子を崩せたことで、意趣返しができたように感じていた。
小南はこの条件を呑まざるを得ないだろう。年端もいかない小娘一人を抱え込むのが面倒だからか、随分と悩んでいるが……どうせ頷く筈だ。
小南が逡巡しているのは幼児を巻き込むことへの罪悪感からなのだが、サソリはそんな事を知るよしもなかった。
「……、……一つだけ聞かせて。アナタにとってこの子供は何?」
「……何、だと」
眉間に皺を寄せて考え込んでいた小南だが、やがて重い口を開く。
彼女からの問いに、次に戸惑うことになったのはサソリだ。自分にとってこの子供は何か……言うまでもない。作品の素材だ。
サソリが答えを示そうとしたその時だった。弱い力でズボンの横側を掴まれる。ぎこちなく首を動かしたサソリが左下を見やれば――潤んだ金色の視線が、弱々しく、だが真っ直ぐに……こちらを見ていた。
ああ、コイツは……ヒイナは、素材だ。その為にこの一年と少しを費やしてきた。だが。
――何故だか、それだけだとは思えなかった。
「……弟子、だ」
ややあってサソリが口を動かした。どこか呆然とした様子で、僅かに動揺しながら。
しかしどうにも収まりが悪い。もっと他に当てはまる言葉があるような気がするが……今のサソリには思い付かなかった。
「え、っ……!」
その言葉に真っ先に反応したのは、ヒイナだった。見る見る頬が紅潮し、大きく破顔する。
だって嬉しかったから。ヒイナにとってサソリは救世主で、仕えるべき主人で、文字通りヒイナの“全て”だ。そんな
「……そう」
そんな二人の様子を眺めていた小南は、安堵の息を吐いた。きっと単純な関係性ではないのだろう。まだ会って数分だが、それぐらいは察することができた。それでも取り敢えずは、自分が考える
「案内するわ。私たちの、アジトへ」
小南は少し口角を上げてそう告げ、今度こそ踵を返して歩いていく。少し惚けていたサソリだが、やがて未だ頬を綻ばせているヒイナを抱き上げ、ヒルコへ乗り込んで小南の後を追った。
二つの背を、追い風が吹き抜けていった。
そして。
進み始めた二人を、背後から観察する人影がひとつ――。
「小南メ……勝手ナ真似ヲ……」
「かわいい子だったね」
“暁”の衣を身に纏い、左右で色の違う身体をハエトリグサのような物体で包まれた男……ゼツ。彼は小南による勧誘を監視していた。
砂漠を歩いてゆく二人を高台から見下ろし、ゼツの白と黒が交互に話す。
「ま、ボクらの仕事は終わったし。とりあえず……戻ろっか」
「ソウダナ……」
自分達の今の主は、マダラ……を名乗っているオビトだ。暁を真に支配し動かしている者。彼に報告しなければ。
ゼツはゆっくりと、地中へその姿を消した。