一章 - 出会い
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サソリがヒイナの小さな手に丸薬を落とす。薄い緑色をした丸い一粒。窓から入る日差しに照らされたそれを眺め、ヒイナはごくりと喉を鳴らした。
「飲め」
「はい……っ」
緊張した面持ちで淡い色の唇を開くヒイナ。サソリが眺めるその前で、丸薬を口に運ぶ。
そして、飲み込まれた――
「ぐっ……ア、ぅ」
せり上がってくる吐き気に逆らわず、胃液を吐き戻すヒイナ。
季節は秋から冬へと移り変わろうとしていた。風の国はその殆どが砂漠地帯であり、夏の気候はもちろん冬も厳しい。特に夜は氷点下を大きく下回る気温になるため、サソリとヒイナは野宿ではなく無人の村を拠点としていた。雨に恵まれず十年以上前に捨てられた村だが、石造りの家は風化に耐え形を残しており、短期間の住居とするには十分だった。
その一室で、痛みと苦しみに地面に転がってのたうつヒイナを見下ろし、サソリは嗜虐的な笑みを浮かべて口を開いた。
「これは経口毒の一種だ。植物性の毒で、材料は手に入れやすく簡単に調合できる。耐性が付きやすいのが難点だが……」
ヒイナへ向けた説明だが、未だのたうち回る彼女に聞こえているかは定かではない。ヒイナが飲み込んだ毒は薄められているため死に至ることはないが、死ぬほど苦しいのは確かだ。
水を飲ませて毒性を薄めればその苦しみも緩和されるだろうが、それはしない。なぜならこれは、毒に慣れさせるための修行だからだ。
傀儡師が自らの仕込み毒にやられるわけにはいかない。人傀儡であるサソリにその心配はないが、まだ(・・)生身であるヒイナは別だ。
体外に排出されやすいため比較的安全な経口毒から始め、慣れたら次は経皮毒へと移行させていく。そう、これはまだ第一段階に過ぎない。
体の痙攣が収まってきたヒイナを抱えて固定したサソリは、手で口を開かせ、再び丸薬をその中へ押し込む。
これぐらいで音を上げられては困る。何しろ訓練は始まったばかりなのだから。
サソリとの修行は過酷を極めた。
チャクラコントロール、最低限の忍術や体術、毒の耐性付け。少しでも気を弛めれば罵声と暴力がヒイナを襲った。
その甲斐あって、ヒイナは両手の指からそれぞれチャクラ糸を出し、ぎこちないながらも傀儡を操れるようになっていた。非才なヒイナだが、生まれつきのチャクラ量が普通の忍より多いことも手伝って、文字通り命懸けの特訓は成果を出していた。
「遅い!」
「ぐう……っ」
サソリの操る傀儡がヒイナの脇腹を殴る。ガードが間に合わず地面に転がったヒイナ。痛みに立ち上がれずにいれば容赦なく蹴り飛ばされ、仰向けに倒れたヒイナをサソリが見下ろす。
「サソリ……さま、っく、は」
荒い息を繰り返すヒイナの米神から汗が滑り落ちる。体を起こそうとするが足に力が入らず、その肢体はもう一度地面に転がった。
サソリは舌を打つ。それはヒイナへのイラつきが五割、そして後の半分は……。
彼とヒイナは、つい最近も風の国にある忍里を襲った。だが特に収穫、つまりサソリが作品にしたいと思えるような人間はいなかった。血継限界持ちが多いと聞いていたが、その能力も大した物ではなく。結果として、サソリが得た物は何もなかった。
サソリは苛立ち紛れにもう一度ヒイナを蹴る。最早これは、教育ではなく憂さ晴らしに等しい。
それでも、どれだけ酷い事をされようと受け入れるヒイナを見ればサソリの胸は空いた。今も抵抗せず、ただ従順に暴力を受けている。
「左側の防御が甘い」
「は、はい……っ」
「もう一度だ。早く立て」
ふらつきながらも今度は立ち上がったヒイナが構える。怪我だらけの体とは対照的に、顔は傷ひとつない。綺麗な相貌は苦痛に歪み、しかし目だけは……その両の瞳は獣じみたぎらつきでサソリを注視している。縋るようでもあり、挑むようでもある目線が、サソリのものと絡み合う。
サソリ自らが求められている――彼はそう感じた。思わず口端が持ち上がる。ヒイナのその強い視線に晒されることが、彼にとってはただ心地よかった。
二人が出逢ってから、一年が経とうとしていた。
サソリとヒイナは、砂塵の舞う広大な砂漠をヒルコに入って歩いていた。背後にはもうもうと煙が上がっている。先程サソリが潰した忍里からのものだった。
「しけた里だった……素材として使えそうなのがほとんどいやがらねェ」
「は、はい」
サソリのぼやきは殆ど独り言のようなものだ。肯定も否定も求めていない。ヒイナはそれを察しながらも頷く。サソリの足の間に座ることにも、冷たい体が密着することにも慣れてきていた。むしろ安らぎすら覚えている。今やヒイナにとってサソリの側は、最も安全な場所となっていた。
「次は当たりだといいが……っ」
不意により強い砂塵がヒルコを襲う。同時にサソリは気配を感じ、ヒルコ越しに空を見上げた。
「風の国に点在する忍里が――たった一夜で潰される事件を何度か耳にした」
白い紙片が宙を舞う。そこには、黒地に赤い雲模様が描かれた外套を着た女が、紙で出来た白い翼を纏って浮いていた。
見知らぬ相手に怪訝な表情を浮かべるサソリと、そのどこか神秘的な姿に目を見張るヒイナ。
「アナタの仕業だったのね、赤砂のサソリ」
「なんだ……てめえは?」
声を掛けられた時はてっきり砂隠れからの追い忍だと思ったが、そうではなさそうだ。サソリは女を警戒しつつ疑問を口にする。
「アナタを“暁”に誘いにきた」
「“暁”? 聞いたことねぇな」
女――小南はサソリの問いには答えず、勧誘のため淡々と台詞を述べる。マダラが暁のメンバーに引き入れるよう名前を上げた三名のうちの一人、砂の抜け忍で傀儡の天才――それがサソリだった。マダラの齎した情報によれば、今目の前にいる腰の曲がった壮年の男はサソリ自身ではなく、彼の傀儡だという。本体はその中に潜んでいるらしいが……気配は、二つあった。
案内役のゼツはマダラの元に戻り、今は小南一人。大人しく着いてきてくれればいいが、一筋縄ではいかないだろう。
「これからの活動にアナタの力が必要。私たちに力を貸しなさい」
「クク……随分と上からの物言いじゃねぇか」
挑発するように言ってのけるサソリだが、小南は特に反応せず、目の前の男を注視する橙色の瞳は冷めていた。漂う緊張感に、ヒイナは固唾をのんで二人の会話を聞くのみだった。
「“暁”は抜け忍のアナタを守る場所と考えればいい」
小南は地上に降り立ち、翼を解く。辺りを舞う紙片を観察するサソリだが……術の仕組みはわからない。だが、強力であることは確かだろう。思考を止めず相手の様子を窺う。
「仕事さえしてくれれば、後は何をしても御咎めはない」
「なるほど、悪い話じゃない。悪い話じゃないが――」
サソリは“隠れていろ”と音は発さず口の形だけでヒイナに伝える。頷いたヒイナを確認し、瞬時にヒルコから飛び出しその身を現した。
ヒイナはその時に生じた土煙に隠れつつ急いでヒルコを移動し、大きな岩の影に身を潜めた。
小南は突如現れた赤髪の男には驚きを示さなかったが、その男が地面に巻物を広げたため僅かに表情を動かす。
「何をする気?」
「あいにくと自分の身は自分で守れるんでな」
巻物に書かれた“三”の文字に手をつくサソリ。勢いよく噴き出す煙の中、僅かに高揚した声音で続ける。
「どうやらオレはついている。さっきの里にはがっかりしたが――今、こうしてオレの前になかなかの素材が現れてくれた」
煙が晴れればそこには、サソリの作品である人傀儡“三代目風影”が衣を揺らして立っていた。
ここ最近では一番の素材が登場したことに、サソリは珍しく浮き立っていた。三代目を思いきり使えることにもだ。
「喜べ、お前は三代目レベルのコレクションにしてやる!」
三代目の人傀儡が両袖から刃を覗かせると同時に、小南へと襲いかかる。奮われた刃が小南の体を三つに裂くが……それは瞬く間に紙へと変わり、宙を舞った。
(またか……さっきから何だ、この術は)
初めて見るその技に、サソリは胸中で呟いた。何らかの禁術か、それとも血継限界か……。
背後を振り返り、再び人の形を成していく紙から目を離さないようにしながら、ヒイナの気配を探る。どうやら目の前の女はあの幼児に手を出す気はないらしい。目的はあくまで自分のようだ、と結論付けた。
それなら――久方ぶりに思いきり戦える、とも。
「仕方ないわね。だったら……」
サソリは三代目風影を再び構え直し、眉を顰めた小南とは対照的に、不遜な笑みを浮かべる。
二人の間を、一陣の風が吹いた。
「実力で連れて行く」
「クク……なかなか興味深いな、お前」
笑い声がサソリの口から漏れる。気が昂るせいでチャクラが乱れそうになった。目の前の相手は自分をどう楽しませてくれるだろうか。あの術は一体何だ。今のサソリの内を占めるのはそればかりだった。
「徹底的に調べてやる」