一章 - 出会い
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風の国には砂隠れの里以外にもいくつか忍里がある。その内の一つが、たった今終焉を迎えた。
夜が明け始め、地平線の彼方に太陽が顔を出す。その光を元に、サソリは己が殺した人間の検分を始めていた。とはいえ傀儡にできそうな……自分の琴線に触れるようなものはそうなく、舌打ちを零す。
数キロ離れた市街地で燃え盛っている炎はサソリが放ったものか、敵……この里の忍の火遁によるものか。遠くでパチパチと火が爆ぜる音以外は静かで、生き残った人間など誰一人としていないことを表していた。
サソリの後ろで、草むらが音を立てて揺れる。だが彼は警戒する様子もなく、赤い髪を揺らして背後を振り返った。
「サソリさま!」
「どうだった」
「はい、ちゃんとかくれてました」
現れたのはサソリの十八番である傀儡、ヒルコ。その蓋を開けて顔を出すのは幼女、ヒイナだ。ヒルコの中にいて済むような戦闘であれば問題ないが、サソリ自らが三代目風影や他の傀儡を操るような時はどうしたってヒイナが邪魔になる。その為サソリは、予めヒイナにヒルコの操作方法を叩き込んでおいた。幼いヒイナはまだチャクラ量が少なく出来ることは少ないが、ヒルコを動かし気配を殺して隠れられれば上出来だと考えてのことだった。まさか目論見通りいくとは思わなかったが。忍ですらない子供を発見することすらできないとは……これもこの里の忍のレベルが低い故か。
「わ……っ!」
周囲に転がる幾つもの死体、血で染まった地面。場の血腥さに似合わない銀と金の輝きを持つ幼女は、いそいそとヒルコから出てサソリを仰ぎ見る。
「わ、わたしも、サソリさまのようになりたいです!」
ヒイナの頬は紅潮し、輝く瞳は瑞々しく潤んでいて。珍しく興奮した様子だった彼女の脳裏には、己の崇拝する男が戦う姿が鮮明に焼き付いていた。
(やっぱり、サソリさまはすごい……!)
物事の善悪など、その指標さえ知らない幼女に判断がつく筈もない。忍だけでなく無抵抗の女子供まで鏖殺する冷徹な姿は、ヒイナの目にはただ「格好いい」と映る。
「オレのように……? フン……」
はしゃぐヒイナを検分するように視線を走らせ、サソリは思考を巡らせる。
ヒルコを操れるのであれば、チャクラコントロールは問題ないだろう。チャクラ量は……これから伸ばしていけばいい。何しろまだ子供だ。伸び代は十分にある……筈だ。
すっかりその気になっている己に気づき、サソリは嘆息を漏らした。
(砂隠れにいた時ですら弟子を取らなかったオレが、こいつを傀儡師にしようとしているとは……)
馬鹿らしい。自身が人の育成に向いていないことは理解しているつもりだ。しかし……とサソリは目の前のヒイナを見定めるように眺める。自分が先走っていることに気づいてか、今度は恥じらって下を向いている幼女。こいつに何かあった時、己を守る力を付けさせるという意味でも悪くない案だ。
(そうだ……いや、だが……)
「ダメ、ですか……?」
サソリの煮え切らない思考を中断させたのは、眉を下げ上目で彼の様子を窺うヒイナだった。
その不安げな表情を暫く眺めていたサソリだったが、やがて大きく息を吐き出す。
「……仕方ねえな」
「ほんとうですか!?」
「あぁ……ただオレの指導に着いてこれなくなった時は切り捨てるからな」
「が、がんばります……!」
嬉しさから珍しく笑顔を見せるヒイナ。花開くようなそれに、サソリは一瞬動作を止める。
(ああ、やはりコイツは――“美しい”)
「ッチ……行くぞ」
「は、はい!」
舌を打ち、さっさとヒルコへ潜り込んでしまったサソリを追いかけるヒイナ。
そして二人はその場を後にした。残ったのは遠くで燃え盛る家や店などの建物、そして物言わぬ死体だけ――。
それから数週間が経った頃。柔らかい光が射し込む森の少し開けた場所に、サソリとヒイナの二人は居た。一人は本体で茣蓙(ござ)を敷いた上に座り、道具を広げて傀儡の調整に勤しみ、もう一人はその前で立ったまま右手に力を込めている。
「こ……こうですか……?」
「違う。体内の二つのエネルギーを意識しろ」
夏の朝の爽やかな空気を切り裂くように、低いサソリの声が飛んだ。殺気こそないものの、到底子どもに向ける冷たさではない。
「はい……っ」
それでも泣き言一つ漏らさず、ヒイナは真剣な顔でチャクラを練る。彼女は今、サソリから傀儡師となるべく教育を受けている最中だった。
傀儡を操るにあたって、重要なのはチャクラコントロールと手先の器用さ……手の滑らかな動作だ。前者ができなければチャクラ糸の出力を調整できない。チャクラ糸が太すぎればチャクラ不足に陥るし敵にも気取られやすい、細すぎては傀儡を操りきれず切れてしまう。そして後者は一番大切な傀儡の動きに関わってくる。
逆に言えば、この二つと操る傀儡の仕込みを覚えられるだけの頭があれば傀儡使いになることができる。血継限界やら強力な術やらがなくとも里の戦力になり得るわけだ。それは恒常的な人材不足に陥っている砂隠れにとって、あまりにも魅力的だった。だからこそ二代目風影は傀儡の術の普及に力を入れたのだろう。
更に人傀儡なら……傀儡にした人間が生前使っていた術、それどころか血継限界までが使えるようになる。
サソリはメンテナンス中だった傀儡……三代目風影を眺める。サソリが造り出す人傀儡は強力な武器、そしてサソリにとっての芸術、“永久の美”を体現する作品。
(コイツも人傀儡に……何よりも美しい最上の状態で……)
だから今は我慢しなければ。心を鎮めるようにそう唱えるサソリ。
「さ、サソリさま……」
「……チッ」
「すみま、せ……」
何度挑戦しても結果は変わらない。チャクラ糸とも呼べない脆弱な物体が指先から垂れ下がっているだけだ。チャクラを練ることはできているが、出力が上手くいっていない。
ヒイナはまだ五歳にも満たない子供だ。できるようになるまで時間がかかるのも仕方ない……と思えないのはサソリが天才であるがゆえだ。祖母であり歴戦の傀儡師でもあるチヨから英才教育を受け育ったサソリは、ヒイナとそう変わらない年から傀儡を操り、父母が亡くなった六歳の頃には人傀儡を作り出す
同年代の子供に比べても静かで面倒がかからない方であるヒイナだが、サソリは前述の通り他の子供を知らない。世話をするストレスに加えて中々上達を見せない事への苛立ちも募り、気の短いサソリは不機嫌になる事が増えた。
(やはり……殺すか?)
サソリの脳裏に過る考えは至極当然とも言えた。ここまで耐えられたのが奇跡だろう。ヒイナと行動するようになって数ヵ月、幾度となく思い至ったがその度に己を抑え込んできた。衝動的に手に掛けなかった事を褒めてもらいたいぐらいだった。
だがそれも……もう終わりだ。自身の右手部分を外し、仕込み刀をゆっくりと露出させていく。
「サソリ、さま」
「……何だ」
ヒイナから切々と名を呼ばれ、サソリは動作を止めた。
聡い所のある幼女だ。今から自分がどうなるか理解しているのだろう。反撃に出るか、泣くか……そんなところか。
そう考えていたサソリだが――まるで違った。
「……めいわくばかりかけて、ごめんなさい」
ヒイナへと視線を移したサソリは、揺れるふたつの瞳に絡め取られるような錯覚に陥った。頭の中で警告音が鳴り響くが、もう遅い。
「もっとおやくにたてるように、がんばります、なんでもします、だから」
小さな口が必死に言葉を紡ぐ。もしサソリが人間のままであったならば、彼は喉を鳴らしていただろう。
「おねがいです、すてないで……っ」
目に涙を溜めながら懇願するヒイナ。それは確かに忠誠だった。自分を全て捧げると……幼女は“主”に対して二度目の誓いを立てた。
ヒイナは、殺されると明確に理解していたわけではない。だけど、いつか盗賊が言っていた。“役立たずでは意味がない”と。サソリも言っていた、“切り捨てる”と。その二つの言葉の冷酷さを覚えていた。だから役立たずのまま捨てられたくないという、ただその一心でサソリに縋った。
呆気に取られていたサソリだが、次第に口端を歪めていく。ここまで純粋な感情をぶつけられたのは彼にとって初めてだった。胸の奥からジワジワと沸き上がるのは、疼き始めるのは。ようやくヒイナを手中に収めた気分になる。
(違う、こいつは……最初からオレの物だ)
「ああ……いいだろう。オレに従え。そうすればお前の事は、傍に残してやる」
サソリは歪んだ笑みを浮かべる。これがあの日生じた妙な感覚の答えか。支配欲――そんな矮小なモノがまだ自分にあった事に驚き、呆れる。
けれど、もう後戻りはできない。手を差し出したのはどちらの方か。歪な主従関係が、ここに出来上がった。