一章 - 出会い
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矮躯の男と少女が歩いている。道のりは、今だ果てしなく長い。
男――ヒルコという傀儡の中に入ったサソリは、何度めかのため息をついた。
あの後。運ばれてきた飯をヒイナに食わせ、サソリはその間、幼女に傀儡のことを説明していた。
半ば恍惚として傀儡の素晴らしさを……その芸術性を説くサソリと、箸の使い方も知らず手掴みで食事を口に運びながら食い入るようにその話に聞き入るヒイナ。彼女にとっては、温かく美味しいご飯も、清潔な衣服も、誰かに話しかけられることさえ……覚えている限り、全てが初めての体験だった。
――ヒイナは数週間前、盗賊の集団からこの街に逃げおおせてきたばかりだった。両親は盗賊に襲われて殺され、たったひとり残った彼女は我が家を乗っ取った盗賊たちの下働きをさせられていた。気まぐれに与えられる残飯を床に投げられ、それを這いつくばって口にする食事。眠る場所は納屋で、風呂すら入らせて貰えない。理不尽な苛立ちやからかいの矛先は、全て幼いヒイナに向かう。彼女はその場所で、どんなに酷い言葉を投げつけられても暴力を振るわれても何も言わないこと、他人の顔色を窺う術を身に付けた。
そうやって暮らしているうちに、山中にあった拠点が別の賊に襲われてその盗賊団は壊滅。混乱に乗じ、何とかこの小さな町に辿り着いたはいいものの……孤児を救おうなどと考える物好きがこのうらぶれた街にいるはずもない。スラムの片隅に追いやられるも、そんな場所で五歳に満たない子どもがひとりで生き残れるわけもない。そうして野垂れ死ぬ寸前だったヒイナの前に現れたのが、サソリだった。
だからヒイナにとってサソリは、文字通り神様だった。そこにどんな意図が隠されていたとしても、幼い彼女がそこまで読み取ることはできない。それに……自分を救ってくれたという事実に変わりはない。
「それでこれが、」
「わぁ……っ」
「ヒルコだ」
巻物から調整中だったヒルコを出して見せるサソリ。目を輝かせるヒイナはそれが何なのか・何のために作られた物なのか、今サソリに与えられた片寄った知識でしか理解できていない。だが彼女にとっては初めて与えられる刺激だ。目にするもの全てがヒイナにとって真新しく、驚きと興奮が止まらない。
そんなヒイナの反応に気を良くしながら、サソリは考える。さてこのガキをどう料理しようか、と。
外傷が多いため、癒えるまで待つ必要がある。数日か数週間はかかるだろう。待つことは自分の性分には合わないが仕方ない。
(いや、いっそ……コイツが成長するまで待つか)
サソリはヒイナの顔を見つめる。パーツもその配置も非常に整っている。透き通るような銀髪と金色の瞳という配色も悪くない。あと十数年もすればその美しさを十分に発揮するようになるだろう。
“待つのも待たせるのも嫌い”なサソリだが、この女にはその価値が十分あると思えた。
「お前、……」
言葉にするのを躊躇ったのは何も気遣ったわけではなく、拒否された時にどう丸め込むかと思索したからだ。何も馬鹿正直に言う必要はない。そうだ、黙っていればいい。
「わ、わたしは、」
「……あ?」
「わたしは……サソリさまになら。なにをされても、かまいません」
辿々しい口調で、しかしはっきりと告げられた言葉。薄ら色づいた頬に潤んだ瞳が揺らめく。熱のこもった表情が、それがヒイナの本心であることを示していた。
半ば呆然とそれを眺めていたサソリは、思わず口を開いていた。
「……オレは。お前を――
「はい」
サソリは唇を動かす。欲に取り憑かれたように、口にしないはずだった言葉が溢れ落ちていく。
ヒイナは心から笑う。サソリが“傀儡”や“作品”を素晴らしいものだと語っていた。だから自分もそうなれるなら……サソリから賛辞の言葉を貰えるならどんなに素敵だろう、と。それが己の幸福だと、信じきって。
自らが受け入れられたのだと理解した時、サソリは己の核が震えた気がした。
それから数日。
サソリとヒイナは街を出て、次の目的地に向かって歩を進めていた。
「遅ぇ」
「す、すみませ……っ」
短い叱責には怒りが込められており、ヒイナもそれは理解しているため、早口で謝る。
サソリはヒルコの中で苛立ちを隠さず舌を打った。少女、ヒイナを連れてきたことを早速後悔し始めていたからだ。元来我慢強い性格ではないため、これでも持った方だろう。
ヒルコも決して歩く速度が速いわけではない。だがヒイナの歩みはそれに輪をかけて遅かった。年齢や背丈を考慮すれば仕方ないことではあるのだが、短気なサソリには耐えられるものではなかった。
面倒な事は他にもある。ヒイナのための食料の調達や休息の時間、風呂などとにかく手間がかかった。人の身体を持つ以上仕方ないことではあるが、人ではなくなった自分がそういった些事に再び煩わされるとは……。
自らの性分を甘く見すぎていたかもしれない。そもそも連れ歩くべきではなかった。どこかに預けることも考えたが、早々に売り飛ばされるだろうと思ってやめた。そういった性癖の好事家からすれば垂涎ものの見目をしているヒイナは、瞬く間に餌食にされるだろう。やはり自分の側に置いておくのが一番安全で確実だと思えた。
「……仕方ねぇな」
「っ、わ!」
サソリはヒルコの身に纏わせていた衣を一旦外して上部の甲羅を開き、チャクラ糸で内部にヒイナを引きずり込む。驚いて硬直している幼女を自分の足の間に座らせ、後ろから抱き込むようにしてやれば、多少狭くはあるが二人とも内部の空間に収まることができた。
「さ、サソリさま……」
「静かにしてろ」
いきなり密着した体に戸惑いの声を上げるヒイナを一蹴し、サソリは衣を着け直したヒルコを動かす。そうして二人を収納したヒルコは再び歩き始める。
――暖かな春風が一陣、傀儡を撫でて去っていった。