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【未完】初期刀:山姥切

本丸での生活はなにも不自由はなかった。わからないことは兄弟をはじめ、そのときに近くにいる刀たちが教えてくれる。不得手のことがわかれば、それが得意なものが代わりをしてくれる。
晴れた日に縁側でぼんやり過ごすことが気持ちいいことを知った。時折お茶や菓子を分けてもらうが、そのまま眠りにつくのが心地いい。目を覚ますと、たいがい本科のストールがかかっていた。
この本丸の本科はとても穏やかな性格だ。自分に知識として植えつけられている山姥切長義という刀は美しくも苛烈という印象だ。特に写しである俺に対して「山姥切」の号について揉めがちである。だがここでは本科が先に顕現しており、「山姥切」は元より本科のものだ。俺はその本科の写しとしてここにいる。写しと揉めるはずの「山姥切」という座を既に得ているから穏やかなのか。

「それは違うと思うよ」

俺より少し先に顕現した信濃藤四郎は首を傾げる。縁側に座り畑で取れた枝豆の収穫作業の片手間、雑談から本科の話となった。信濃藤四郎は顕現して間もなく、本科と同室で過ごし今は粟田口の部屋に移っている。

「兄弟から聞いたんだけど、この本丸の初期刀は山姥切国広なんだって。だから山姥切さんは、その、確執?は体験してるんじゃないかな」
「俺が、初期刀?」

初耳だった。しかし俺以外の山姥切国広をこの本丸で見たことがない。そもそも同じ刀剣男士は顕現しないと聞いていた。
それはつまり、初期刀の不在──折れたことを指す。
自分が二振り目であることにショックは受けたものの、本科の態度について納得した。写しと接するのは二回目だから余裕があるのだろう。

「今さらなんだけど、なんて呼んだらいい?」
「好きに呼んでくれてかまわない」
「うーん……山姥切さんは山姥切さんだし、国広さん呼びだと堀川派みんなそうだし……まんばさん?」
「……別に、かまわないが」
「ほんと?じゃあ兄弟にも伝えておくね!」

枝豆が目一杯入ったざるを持って信濃藤四郎は縁側を駆けて行った。静止を求めて思わず伸ばした手は届くはずもなく宙をさ迷った。
いつまでも宙に手を伸ばしておくわけにもいかず、深々と息を吐き出しながら残された枝豆の枝の片づけを始めた。今後粟田口から「まんば」と呼ばれるのだろうか。もしかしたらもっと多くから呼ばれるかもしれない。

「おや、今日は寝ていないのか」

憂鬱な気持ちで片付けをしていると上から声が降ってきた。声と視界に入った足元から誰かはわかってはいたが、ゆっくりと顔を上げる。そこには思っていた通り、本科が立っていた。

「……いつも寝ているわけじゃない」
「そうかな? お前を縁側で見かけるときはだいたい寝ている気がするよ」

くつくつと笑われたものの図星なので反論ができない。僅かな抵抗としてかぶっていた布を引っ張り顔を隠す。

「それで、ため息の原因は、これ?」

本科がしゃがみこみ、まだまとめられていない枝豆の枝をひとつ手に取る。

「いや、それじゃない」

ため息を聞かれていたことにいたたまれなさを感じつつ、本科の手から枝を受け取る。

「信濃藤四郎に、呼び名を決められたことの方だ」
「へぇ、呼び名」
「『山姥切』は本科だし、国広では他の兄弟とかぶってしまうから『まんば』を提案されて……なんでもいいと言った手前、止められなかった」
「……『まんば』呼びはいやか?」
「いやではない……が、気恥ずかしい」

布を引っ張り俯く。なんと呼ばれようがかまわないが、自分を認知されるのがどうにも苦手に感じる。

「じゃあ別の呼び名を考えてあげよう」
「えっ」

本科の提案に思わず顔を勢いよく上げた。顎に手を当て少し考えたあと、目をすっと細める。

「偽物くん、とか?」
「う、写しは偽物とは違うっ」

自分の口から出た声の大きさに自分で驚いた。本科も瞠目したものの、次の瞬間にはふふっと肩を震わせていた。

「わかっているよ、冗談だ」
「す、すまない……」

幼い子どもにするように、本科は俺の頭を撫でる。

「意地悪を言ったな、すまない」

本科が本気で別の呼び名を提案したわけじゃないのはわかっている。だが反射的に強くそれを否定したことに対して自己嫌悪が生まれる。

「お前は俺の写しで、堀川国広の傑作なのはみんな知っている」

最後に軽く頭をぽんと撫でて本科は立ち上がった。つられて見上げると、こちらを見下ろす少し翠のまざった蒼い瞳と目が合う。

「なんと呼ばれようとお前はお前だ。そうだろう?」

柔らかな笑みに「あぁ」としか答えられなかった。
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