宝石なまんばくん
「この体は通常の肉体より痛みが鈍いらしい」
修復を終えた腕を眺めながら山姥切国広は言う。
腕が切り落とされれば、いくら刀剣男士と言えどもその痛みで怯むだろう。しかし山姥切国広はそれが最善であれば躊躇なく腕を差し出してみせる。それが出来る理由が痛覚の鈍さ━━だけではないだろうと山姥切長義は深く深く息を吐いた。
「だからと言って、わざわざ負傷する理由にはならない」
「それは、そうだが……」
人間の体よりも刀剣男士の体は丈夫に出来ており、多少の欠損や怪我ならば問題はない。だが死ぬときは死ぬのだ。
宝石で構成されたその体は、一体どの程度の損壊で死に至るのか全く予想が出来ない。それを山姥切国広は考えていないことに、ただただため息しか出ない。
「いいか、偽物くん。今後は俺の前では破損するな」
「……善処、しよう」
「おい、その言い方はするつもりがないだろう」
その約束をしてからか、山姥切国広の破損はずいぶんと減った。多少の軽傷や欠けは仕方がないものとして、体の一部を失ったまま帰還することはほとんどなくなった。
これでもう無茶はしないだろう、と山姥切長義が安堵して間もなくそれは起きた。
「くっ、撤退だ!」
その日は運悪く検非違使と遭遇をしてしまった。時間遡行軍も刀剣男士も関係なく、その歴史を脅かす存在を排除する検非違使の攻撃は容赦ない。このまま応戦しても部隊の被害が拡大すると考え、隊長を任されていた山姥切長義は撤退の判断を下した。
偵察が得意な乱藤四郎ら短刀たちを先行で行かせ、しんがりを山姥切長義と部隊で一番練度の高い山姥切国広が担う形で撤退ポイントに向かう。
「あった!」
乱藤四郎が声を上げる。ある程度敵をいなしてそちらへと急いだ。
撤退ポイントに辿り着いても隊長が操作しなければ起動しない。他の四振りが既に向かっていることを視認し、自分の後方を走る山姥切国広を確認するため目を向けた瞬間。
「山姥切!」
――ガキンッ!
写しの声が、ひどく耳障りな音ともに鼓膜を震わす。
名を呼ばれたと同時に投げられ受け取ったのは、山姥切国広の刀。
追いついた検非違使の槍が、山姥切国広の左脇腹に突き破り地面へと達していた。その特殊な体のおかげで流血はないものの、あたりに破片が飛び散っている。
「行け、本体があればどうとでも、なる……っ!」
突き刺さった槍の柄を両手で掴みながら山姥切国広が呻く。抜こうとしているのかと思ったが、そうではなかった。抜こうとしている検非違使を必死にとどめている。
それは己の本体を投げ渡した相手を逃がす時間を稼ぐため。それに気づかない山姥切長義ではない。
「おい、ふざけるな!本体が無事であっても肉体が死んだら意味がないんだぞ!」
助けに入ろうとするも、渡された山姥切国広の刀を放り出すわけにもいかず舌打ち。撤退ポイントで待機している仲間に預けるにもその間が惜しい。
「……くそっ」
ならば、と山姥切長義は受け取った刀を――山姥切国広を抜いた。
一息に距離を詰める。まずは山姥切国広の体を貫いている槍の柄を切り、返す刀で検非違使の首を落とす。思っていた以上に手に馴染み、体もいつも以上に動けたのは練度の違いか。霧散していくその体を確認したのち刀を納め、横たわったまま動かない写しを見やる。
「立てるか」
「すまない、ひびが腹を一周しているようだ」
貫かれたまま槍を動かされたせいか傷口、この場合はひびが広がってしまったらしい。このまま肩を貸して起き上がらせても、体と下半身が分離してしまう。
ひとまず検非違使の脅威は去った。待機している他の部隊メンバーを呼び寄せ回収するのが無難だろう。
「今、乱藤四郎たちを呼んでくるから待っていろ。帰ったら説教だからな」
「……わかった」
刀を預かったまま撤退ポイントへと山姥切長義は踵を返した。
(また本科を怒らせてしまった)
仲間を呼びに行った山姥切長義を見送り、山姥切国広は天を仰いだ。
通常の体であれば、痛みはあっても腹を槍で貫かれようが動けるだろう。そうであればこんな手間をかけさせることはなかった、と少々この体に不満を思った。少しでも動いたら体が真っ二つになる感覚があり、無理に移動できなくもないがここは素直に言うことを聞くべきだろう。でないと、説教が確実に増える。
足手まといになっている状況ではあったが、山姥切国広は少しうかれていた。
本科である山姥切長義が、己を振るってくれた。それが、なかなかに、じんわりと嬉しい。ものは使われてこそだ。写しである自分が本科に使われたことは形容しがたい幸福であった。
だからこそ、気づくのが遅れた。
ザクり、と足音がひとつ。山姥切長義が戻ってきたのかと思ったが、聞こえてくる方向が違う。ハッと意識を向けるとギラついた殺気が降ってきた。
――パキン。
か細くなにかが割れる音がした。普段であれば聞き逃してしまいそうな小さな音。かつて聞いたことがあるようなその音に山姥切長義は足を止めた。
どこから聞こえてきたのか。そしてその音はいつ聞いたものだったのか。
辺りを見回しながら記憶を探っていると、とさりと足元に何かが転がってきた。
「…………なっ」
それがなにであるか、すぐに理解はした。理解はしたが、到底受け入れられるものではなかった。
きらきらと緑色の煌めきと金糸の組み合わせは綺麗だと思う。だがそれは、この場に置いては認めてはならないもの。
普段覆っている布から解放された金色の髪は地面に散らばり、隠された横顔があらわになっている。
ただし、それに付随しているはずの胴体は、ない。
山姥切国広の首から上だけが、山姥切長義の足元に転がってきた。
先ほど聞いた音は山姥切国広の体が破損したときの音だと、冷静な一部の思考が告げる。何者かが彼の首を切ったのだろう。
手元にある山姥切国広の刀を確認する。体がここまで破損しているから影響があってもおかしくはない。だが山姥切長義が見る限りではなんの変化もない。
では、この山姥切国広の首は偽物なのか。
(そんなことは、ない)
見間違えるはずなどない。これはまごうことなき自分の写しだ。
がさりがさり、とこちらに向かってくる禍々しい気配を察する。おそらく、それが山姥切国広の首を刎ねた。
一気に湧き上がる憤怒のまま、刀の柄に手をかけるがそれが自分のものではないことを思い出し山姥切長義は踏みとどまった。
むやみに敵討ちを挑んだところで勝算があるわけではない。ここですべき判断は変わらない――撤退だ。
身に着けていたストールを外し、拾い上げた山姥切国広の首を包む。落とさぬようしっかりと胸に抱き、山姥切長義は撤退ポイントへと駆けて行った。
山姥切国広の首と刀を手に戻ってきた山姥切長義は真っ先に審神者の元へと向かった。首を包んだストールと刀を並べ、何が起きたのかを淡々と報告する。近侍を務めていた南泉一文字はその報告と、悪友の態度の解離に戸惑いを隠せなかった。いつもと変わらない、いや、いつも以上に平坦な報告。
「……以上だ。後日改めてレポートは提出させてもらう」
「お前」
自分の写しに対してそこまで冷たかったのか、と南泉一文字が身を乗り出しかけたところを審神者が手で制す。その間に山姥切長義が両膝をつき、深々と頭を下げた。
「大変申し訳ない。これは俺の完全なミスだ。謝って済む問題ではない。あなたの大切な初期刀を失ってしまった。──この罰は、刀解でもなんでも、素直に受けよう」
その肩がわずかに震えてるのに気づき南泉一文字は言葉を飲み込んだ。表には出さないものの、隊長として、本歌として、ひどく傷ついているように見えた。
審神者が言う。山姥切国広の首が見たいと、と。
あまり気分がいいものではないがそれでもいいなら、と山姥切長義が前置きをしてストールを広げていく。そこには確かに初期刀である山姥切国広の綺麗な顔だけがあった。
もう開かれることのない緑の瞳を思い、審神者がその頬に手を伸ばす。「おかえり」と呟く声は震えていた。
「……ん、その声は主か」
長い睫毛が微かに震え、ゆっくりとまぶたが開く。
思わぬ出来事に山姥切長義も南泉一文字も「はっ?」と間の抜けた声を出していた。
──結論から言うと山姥切国広は無事であった。
目を覚ました山姥切国広を急いで手入れ部屋に入れたものの、体の大半を失っていることと特殊な体質などイレギュラーが重なり過ぎて、審神者の霊力を全て使いかねないため、ゆっくりと時間をかけることとなった。
どうして無事だったのか。推測の域を出ないが恐らく、と解析を担当したこんのすけが語る。
ひとつは特殊な体質であったことが幸いしたこと。人間の体であれば、首をはねられたらそのまま死んでしまうが、山姥切国広の体は宝石で出来ていたためただ砕かれただけで済んだ。出血をしないというのも大きかっただろう。
ふたつ目は山姥切長義が保護したこと。出血はなくとも傷口から霊力がこぼれてしまい、放っておけば折れていたはず。しかし本歌である山姥切長義が山姥切国広の本体を持っていたこと、身につけていたストールで首を包んだことにより霊力の流失が抑えられたのではないか。
みっつ目は、これは手入れのときにわかったことだが、山姥切国広の体の素となった審神者のお守りに、なんと山姥切国広の魂がわずかに宿っていた。それにより魂の欠損は防がれたというわけだ。
「全く、悪運が強いもんだね、偽物くんは」
先日の宣言通り、先の戦いのレポートを作成している山姥切長義はしみじみと呟いた。
「写しは偽物とは違う」
その向かい側に座る幼い姿の山姥切国広はムッとした様子で返した。
山姥切国広の手入れはまだ完了していない。ひとの体とは違い宝石で出来た体をいちから再生しなくてはならず、こちらも時間がかかる理由になっていた。意識はあるものの体がない不便さから、人工宝石を依り代にと試してみたところ、短刀たちのような姿ではあるものの無事仮の体を得ることが出来た。その姿で出陣は出来ないので退屈には変わりはない。
山姥切長義の処分は数日の謹慎になった。審神者としては山姥切国広は無事戻ってきたのだから不問にしたかったのだが、山姥切長義が許さなかった。「頑固だから」と南泉一文字に言われ、仕方なく謹慎させたのだがそれもレポート提出のための期間となっている。
「……怨んでいるか?」
レポートの目処が立ち、山姥切長義は目の前に座るの幼い山姥切国広に問いかけた。質問の意図がわからない、と彼は首を傾げる。
「お前を見捨てる判断をした俺を、怨んでいるか?」
「いや、あの場ではあれが最善だった。むしろ俺の首と本体を連れて帰ってくれたことに感謝している。……本科が拾ってくれなければ、あそこで朽ちていただろう」
普段であれば布で隠す視線をまっすぐこちらに向けてくる。見栄も偽りもない言葉に、山姥切長義は思わず笑ってしまった。
修復を終えた腕を眺めながら山姥切国広は言う。
腕が切り落とされれば、いくら刀剣男士と言えどもその痛みで怯むだろう。しかし山姥切国広はそれが最善であれば躊躇なく腕を差し出してみせる。それが出来る理由が痛覚の鈍さ━━だけではないだろうと山姥切長義は深く深く息を吐いた。
「だからと言って、わざわざ負傷する理由にはならない」
「それは、そうだが……」
人間の体よりも刀剣男士の体は丈夫に出来ており、多少の欠損や怪我ならば問題はない。だが死ぬときは死ぬのだ。
宝石で構成されたその体は、一体どの程度の損壊で死に至るのか全く予想が出来ない。それを山姥切国広は考えていないことに、ただただため息しか出ない。
「いいか、偽物くん。今後は俺の前では破損するな」
「……善処、しよう」
「おい、その言い方はするつもりがないだろう」
その約束をしてからか、山姥切国広の破損はずいぶんと減った。多少の軽傷や欠けは仕方がないものとして、体の一部を失ったまま帰還することはほとんどなくなった。
これでもう無茶はしないだろう、と山姥切長義が安堵して間もなくそれは起きた。
「くっ、撤退だ!」
その日は運悪く検非違使と遭遇をしてしまった。時間遡行軍も刀剣男士も関係なく、その歴史を脅かす存在を排除する検非違使の攻撃は容赦ない。このまま応戦しても部隊の被害が拡大すると考え、隊長を任されていた山姥切長義は撤退の判断を下した。
偵察が得意な乱藤四郎ら短刀たちを先行で行かせ、しんがりを山姥切長義と部隊で一番練度の高い山姥切国広が担う形で撤退ポイントに向かう。
「あった!」
乱藤四郎が声を上げる。ある程度敵をいなしてそちらへと急いだ。
撤退ポイントに辿り着いても隊長が操作しなければ起動しない。他の四振りが既に向かっていることを視認し、自分の後方を走る山姥切国広を確認するため目を向けた瞬間。
「山姥切!」
――ガキンッ!
写しの声が、ひどく耳障りな音ともに鼓膜を震わす。
名を呼ばれたと同時に投げられ受け取ったのは、山姥切国広の刀。
追いついた検非違使の槍が、山姥切国広の左脇腹に突き破り地面へと達していた。その特殊な体のおかげで流血はないものの、あたりに破片が飛び散っている。
「行け、本体があればどうとでも、なる……っ!」
突き刺さった槍の柄を両手で掴みながら山姥切国広が呻く。抜こうとしているのかと思ったが、そうではなかった。抜こうとしている検非違使を必死にとどめている。
それは己の本体を投げ渡した相手を逃がす時間を稼ぐため。それに気づかない山姥切長義ではない。
「おい、ふざけるな!本体が無事であっても肉体が死んだら意味がないんだぞ!」
助けに入ろうとするも、渡された山姥切国広の刀を放り出すわけにもいかず舌打ち。撤退ポイントで待機している仲間に預けるにもその間が惜しい。
「……くそっ」
ならば、と山姥切長義は受け取った刀を――山姥切国広を抜いた。
一息に距離を詰める。まずは山姥切国広の体を貫いている槍の柄を切り、返す刀で検非違使の首を落とす。思っていた以上に手に馴染み、体もいつも以上に動けたのは練度の違いか。霧散していくその体を確認したのち刀を納め、横たわったまま動かない写しを見やる。
「立てるか」
「すまない、ひびが腹を一周しているようだ」
貫かれたまま槍を動かされたせいか傷口、この場合はひびが広がってしまったらしい。このまま肩を貸して起き上がらせても、体と下半身が分離してしまう。
ひとまず検非違使の脅威は去った。待機している他の部隊メンバーを呼び寄せ回収するのが無難だろう。
「今、乱藤四郎たちを呼んでくるから待っていろ。帰ったら説教だからな」
「……わかった」
刀を預かったまま撤退ポイントへと山姥切長義は踵を返した。
(また本科を怒らせてしまった)
仲間を呼びに行った山姥切長義を見送り、山姥切国広は天を仰いだ。
通常の体であれば、痛みはあっても腹を槍で貫かれようが動けるだろう。そうであればこんな手間をかけさせることはなかった、と少々この体に不満を思った。少しでも動いたら体が真っ二つになる感覚があり、無理に移動できなくもないがここは素直に言うことを聞くべきだろう。でないと、説教が確実に増える。
足手まといになっている状況ではあったが、山姥切国広は少しうかれていた。
本科である山姥切長義が、己を振るってくれた。それが、なかなかに、じんわりと嬉しい。ものは使われてこそだ。写しである自分が本科に使われたことは形容しがたい幸福であった。
だからこそ、気づくのが遅れた。
ザクり、と足音がひとつ。山姥切長義が戻ってきたのかと思ったが、聞こえてくる方向が違う。ハッと意識を向けるとギラついた殺気が降ってきた。
――パキン。
か細くなにかが割れる音がした。普段であれば聞き逃してしまいそうな小さな音。かつて聞いたことがあるようなその音に山姥切長義は足を止めた。
どこから聞こえてきたのか。そしてその音はいつ聞いたものだったのか。
辺りを見回しながら記憶を探っていると、とさりと足元に何かが転がってきた。
「…………なっ」
それがなにであるか、すぐに理解はした。理解はしたが、到底受け入れられるものではなかった。
きらきらと緑色の煌めきと金糸の組み合わせは綺麗だと思う。だがそれは、この場に置いては認めてはならないもの。
普段覆っている布から解放された金色の髪は地面に散らばり、隠された横顔があらわになっている。
ただし、それに付随しているはずの胴体は、ない。
山姥切国広の首から上だけが、山姥切長義の足元に転がってきた。
先ほど聞いた音は山姥切国広の体が破損したときの音だと、冷静な一部の思考が告げる。何者かが彼の首を切ったのだろう。
手元にある山姥切国広の刀を確認する。体がここまで破損しているから影響があってもおかしくはない。だが山姥切長義が見る限りではなんの変化もない。
では、この山姥切国広の首は偽物なのか。
(そんなことは、ない)
見間違えるはずなどない。これはまごうことなき自分の写しだ。
がさりがさり、とこちらに向かってくる禍々しい気配を察する。おそらく、それが山姥切国広の首を刎ねた。
一気に湧き上がる憤怒のまま、刀の柄に手をかけるがそれが自分のものではないことを思い出し山姥切長義は踏みとどまった。
むやみに敵討ちを挑んだところで勝算があるわけではない。ここですべき判断は変わらない――撤退だ。
身に着けていたストールを外し、拾い上げた山姥切国広の首を包む。落とさぬようしっかりと胸に抱き、山姥切長義は撤退ポイントへと駆けて行った。
山姥切国広の首と刀を手に戻ってきた山姥切長義は真っ先に審神者の元へと向かった。首を包んだストールと刀を並べ、何が起きたのかを淡々と報告する。近侍を務めていた南泉一文字はその報告と、悪友の態度の解離に戸惑いを隠せなかった。いつもと変わらない、いや、いつも以上に平坦な報告。
「……以上だ。後日改めてレポートは提出させてもらう」
「お前」
自分の写しに対してそこまで冷たかったのか、と南泉一文字が身を乗り出しかけたところを審神者が手で制す。その間に山姥切長義が両膝をつき、深々と頭を下げた。
「大変申し訳ない。これは俺の完全なミスだ。謝って済む問題ではない。あなたの大切な初期刀を失ってしまった。──この罰は、刀解でもなんでも、素直に受けよう」
その肩がわずかに震えてるのに気づき南泉一文字は言葉を飲み込んだ。表には出さないものの、隊長として、本歌として、ひどく傷ついているように見えた。
審神者が言う。山姥切国広の首が見たいと、と。
あまり気分がいいものではないがそれでもいいなら、と山姥切長義が前置きをしてストールを広げていく。そこには確かに初期刀である山姥切国広の綺麗な顔だけがあった。
もう開かれることのない緑の瞳を思い、審神者がその頬に手を伸ばす。「おかえり」と呟く声は震えていた。
「……ん、その声は主か」
長い睫毛が微かに震え、ゆっくりとまぶたが開く。
思わぬ出来事に山姥切長義も南泉一文字も「はっ?」と間の抜けた声を出していた。
──結論から言うと山姥切国広は無事であった。
目を覚ました山姥切国広を急いで手入れ部屋に入れたものの、体の大半を失っていることと特殊な体質などイレギュラーが重なり過ぎて、審神者の霊力を全て使いかねないため、ゆっくりと時間をかけることとなった。
どうして無事だったのか。推測の域を出ないが恐らく、と解析を担当したこんのすけが語る。
ひとつは特殊な体質であったことが幸いしたこと。人間の体であれば、首をはねられたらそのまま死んでしまうが、山姥切国広の体は宝石で出来ていたためただ砕かれただけで済んだ。出血をしないというのも大きかっただろう。
ふたつ目は山姥切長義が保護したこと。出血はなくとも傷口から霊力がこぼれてしまい、放っておけば折れていたはず。しかし本歌である山姥切長義が山姥切国広の本体を持っていたこと、身につけていたストールで首を包んだことにより霊力の流失が抑えられたのではないか。
みっつ目は、これは手入れのときにわかったことだが、山姥切国広の体の素となった審神者のお守りに、なんと山姥切国広の魂がわずかに宿っていた。それにより魂の欠損は防がれたというわけだ。
「全く、悪運が強いもんだね、偽物くんは」
先日の宣言通り、先の戦いのレポートを作成している山姥切長義はしみじみと呟いた。
「写しは偽物とは違う」
その向かい側に座る幼い姿の山姥切国広はムッとした様子で返した。
山姥切国広の手入れはまだ完了していない。ひとの体とは違い宝石で出来た体をいちから再生しなくてはならず、こちらも時間がかかる理由になっていた。意識はあるものの体がない不便さから、人工宝石を依り代にと試してみたところ、短刀たちのような姿ではあるものの無事仮の体を得ることが出来た。その姿で出陣は出来ないので退屈には変わりはない。
山姥切長義の処分は数日の謹慎になった。審神者としては山姥切国広は無事戻ってきたのだから不問にしたかったのだが、山姥切長義が許さなかった。「頑固だから」と南泉一文字に言われ、仕方なく謹慎させたのだがそれもレポート提出のための期間となっている。
「……怨んでいるか?」
レポートの目処が立ち、山姥切長義は目の前に座るの幼い山姥切国広に問いかけた。質問の意図がわからない、と彼は首を傾げる。
「お前を見捨てる判断をした俺を、怨んでいるか?」
「いや、あの場ではあれが最善だった。むしろ俺の首と本体を連れて帰ってくれたことに感謝している。……本科が拾ってくれなければ、あそこで朽ちていただろう」
普段であれば布で隠す視線をまっすぐこちらに向けてくる。見栄も偽りもない言葉に、山姥切長義は思わず笑ってしまった。