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宝石なまんばくん

パキン、と割れる音がした。
この場においては不吉で最悪な音。山姥切長義は音がした方を、山姥切国広がいる方を咄嗟に振り返った。
そこで視界を覆ったのは最悪の光景ではなく、キラキラと光を反射する翠の煌めき。
いったい、なにが。
事態を把握できずに固まっていると、体勢を立て直した山姥切国広が時間遡行軍の体を切り捨てていた。

「すまない、本科。それを拾ってもらえるか?」

山姥切国広に声をかけられハッと我に返り、指を差された先を視線で追う。行き着いたのは自分の足元で、そこには肘から先の左腕が落ちていた。その断片は人間に似せたそれではなく、先ほど視界を覆った翠の煌めきが見えている。
ひとのようでひとではない、なにかの腕。これがなんなのかまだ理解が追いついていない。
拾ってもらえないと判断したのか、山姥切国広はつかつかと近づきなんともなしにその腕を拾い上げる。

「今回は欠片が少ないみたいだな」

腕らしきものの断片を確認すると、それを普通の荷物のように小脇に抱えて歩き出す。

「……いやいやいやいや、待て待て偽物くん。それは、なんだ?」
「写しは偽物と違う。それ、というのは?」
「お前が抱えている腕のことだよ」
「? 俺の腕だが?」
「は?」


特殊個体。
審神者の霊力が不安定なときに顕現した刀剣男士は通常とは異なる場合がある。就任して間もない頃によく発生しており、多くは政府主導のもと修正もしくは処分される。
どういった形で顕れるかは審神者しだいで、通常より幼い姿での顕現だったり、体の一部が異形だったりと多岐にわたる。
この本丸も、その特殊個体を顕現した本丸のひとつであった。
それについては政府にいた頃、監査官の頃に情報として知っていた。ただ「特殊個体有」とだけで詳細は配属にされてから知らされる、はずだった。

「伝え忘れていたのは悪かったが、それで特に問題があるわけではないだろう」

その特殊個体である山姥切国広は悪びれもなく言う。
先ほど審神者から謝罪と説明を受けた。
この本丸の特殊個体は2振り。ひとつは説明の場に同席し共に退出した隣にいる初期刀、山姥切国広。もうひとつは初鍛刀である薬研藤四郎だ。
その特殊性は、本来であれば人間に模した体を得るはずが、変わりに宝石で構成されていること。
初期刀と初鍛刀のため、審神者の霊力と深く混ざり合い刀解するしか解決法はないらしい。生活するにも戦うにも問題はなく、なにより審神者が初めて縁を結んだ刀剣男士。別れを選ぶことが出来ず今に至る。

「……審神者になるにあたり不安だったらしい」

部屋に戻りながらぽつりぽつりと山姥切国広が語り出す。

「政府が用意したとは言え、最初の刀を無事に顕現出来るか不安で、御守りとして持っていた誕生石を強く握りしめながら俺を顕現させた」
「そうしたら、お前の体はペリドットになった、と」
「顕現した直後はそんなことになっているかわからなかった。初陣も問題なかった。問題がわかったのは、薬研藤四郎と共に出陣したときだ」

まだ勝手がわからず、解放された戦場にひとまず出陣をしていた時期の話。自分たちの練度では厳しい戦場で大敗を喫した。そのときに切り落とされた自分たちの体の断面がきらきらと輝いているのを見て目を疑った。混乱したまま命からがら本丸に帰還後、ようやく自分たちの体が特殊であることを知ることとなる。

「偽物くんはよかったのか」
「写しは偽物とは違う。……いや、今の状態では山姥切国広の偽物かもしれないな」

自嘲気味に「問題はない」と答えると山姥切国広は自室へと入っていた。
ひとり残された山姥切長義は深く深く息を吐いた。
偽物のはずがあるものか。少々通常とは違うだけで山姥切国広に相違はない。

「あぁ、くそっ」

ここで考え込んでも仕方ない。舌打ちも共に山姥切長義も自室へと戻っていった。


初期刀である山姥切国広の練度は高く、不意打ちを喰らったり大勢に囲まれたりしなければ問題はない。
だが、守るものがある場合は話が変わる。
今回の遡行軍の狙いは特定の人物の殺害。今はまだ無名でものちのち大きな歴史のひとかけらになる人物だ。
突如現れた異形のものたちに恐れ戸惑い逃げていく。なるべく姿を見せないように遡行軍を倒していくも、部隊の戦線からするりと抜け出し対象者へと襲いかかる。
山姥切長義はとっさに刀装の投石兵を準備するも、このままでは対象者にも当たる可能性がある。舌打ちとともに地を蹴り仕留めようとするが、届かない。
敵の刃が対象者に届く直前、白が舞いキンッと高い音が辺りに響いた。
対象者と遡行軍の間に滑り込んだ山姥切国広はその布を大きく翻し対象者の姿を隠す。闇雲に狙われぬよう自分の腕を囮にして遡行軍の隙を作った。それを無駄にはせず、同じ部隊の鯰尾藤四郎と物吉貞宗が仕留めた。

「怪我はないか」

すっかり腰を抜かした対象者に山姥切国広は声をかけた。他の二振りは残りの敵を倒しに戻っている。
山姥切国広を見上げる対象者の瞳は恐怖と、別の感情があった。その視線の先は山姥切国広の切り落とされた腕の断面に向けられている。
対象者が手を伸ばす。助けを求めているのかと思い、山姥切国広は残された手を伸ばした。

「なにをしているのかな」

手が触れる寸前、鞘がふたりの間に割って入った。

「山姥切」

鞘の持ち主の名前を呼ぶ。そのやり取りに対象者は我に返ったのか、慌ててこちらに背を向けて一目散に逃げていった。

「殺気に怯えて護衛対象が逃げてしまったんだが」
「粗方片付いたから問題はない。それより偽物くん、なにをしようとしていた?」
「写しは偽物じゃない。……怪我か、なにかあったんだろう、助けを求めていたようだから手を貸そうとしたんだが」
「助けを、ねぇ」

端から見ていた山姥切長義にはそうは見えていなかった。
対象者は山姥切国広の断面から見える輝きに目を眩ませてた。あわよくば、持ち帰って砕いて売ろうとでも思っていたのだろう。その視線が己の写しに向けられるのがひどく不愉快で思わず介入してしまった。山姥切国広がその人間の欲望に気づいていたかと思えばそうでもなく、結果的には守ったかたちとなったことに対して山姥切長義は少々苛立った。

「気をつけろよ。……その体は人間にはひどく毒だから」

政府にすら秘匿されていた特殊性。
宝石という煌めきに惑わされ、先ほどの対象者のように手に入れようとした人間が政府にもいたのだろう。その体質ゆえ、狙っているのは時間遡行軍だけではない。

「……そうだな、人間とは違う体は時に怖がらせてしまう。善処しよう」

落ちた腕を拾いながら山姥切国広が答える。そうじゃない、という言葉が喉まで出かかって、山姥切長義は大きく息を吐いた。
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