【未完】初期刀:山姥切
「早く兄弟を手入れ部屋に!」
堀川国広の悲痛な声が本丸に響く。彼が体を支えている山姥切国広はぐったりとしていて呼吸も荒い。先行していた同じ部隊の鯰尾藤四郎がすぐに手入れ部屋への誘導し、三日月宗近と共に審神者が手入れ部屋へと駆け込む。そのあとをもう一振り追いかけていった。
「なんで……?」
審神者は山姥切国広の状態を見て言葉を失った。
重傷ではあるものの破壊までは至っていない。いないのだが、その刀身にはひびが入りいつ折れてもおかしくない状態であった。
これに触れても大丈夫なのだろうか。
審神者は怖くなって山姥切国広の刀を置いた。
「主」
その様子を見ていた三日月宗近が声をかけると、審神者はびくりと肩を跳ねさせた。
「治せるのは主だけだ」
「わかってる、わかってる……けど」
ここまでひどいのは初めてで無事に治せるかどうか自信がまったくなかった。無理だとすぐに言ってしまいたい。しかし目の前にいるのは初期刀。失いたくなどない。
どうしたらいいのか。失う恐怖で震える体を抑えようと握った手に力が入る。
「……そのままにしておくつもりか」
聞き慣れない声に審神者は顔を上げた。振り返るとそこには外套を深くかぶった人物――監査官がそこに立っていた。
山姥切国広が重傷を負ったのは特命調査に出陣したからだ。
「特命調査に参加しなければ山姥切国広は重傷にならなかった!」
こうなったのはこの監査官のせいだ。自分の不甲斐ないのを棚にあげて審神者は監査官の掴みかかった。
「参加は任意だと、言ったはずだが」
外套を掴んだ審神者の手を払いのけ、監査官は山姥切国広の元へと歩み寄った。横を通り過ぎたときに三日月宗近が何かに気づき口を開きかけたものの、特に言葉にせず彼の行動を見守った。
監査官は山姥切国広本体を確認したあと、体の方に目を向け深く息を吐いた。
「治す治さないは審神者の自由だが、なにもしないのであればこいつはあと数時間ほどで息絶える」
「なっ」
「顕現した体の傷が浅くとも、刀剣男士の本体は刀だ。そちらの状態が悪いのであれば、当然体も弱まる」
「この状態で治せるというの……」
「それをするのが審神者の仕事だろう。……それも出来ないのならさっさと審神者を降りるべきだ」
監査官の強い言葉に図星を突かれ審神者は押し黙った。
「しかし、山姥切国広のこの状態は異常だと、俺は思うのだが?」
審神者を守るように一歩前に出た三日月宗近に話しかけられ、不愉快そうに監査官は目を細めた。
「……そうだな。体と刀剣の状態が一致していない。そのうえ、恐らく今の審神者の状態では治すことは困難を極めるだろう」
治せないものを治して見せろと言ったのか。自分の判断が間違っていなかった安堵と同時に、それを上回る憤りが審神者の体を突き動かす。再び監査官に掴みかかろうとして、三日月宗近がそれをやんわりと止めた。
「山姥切国広の本体を政府へ持ち帰り、そちらでの修復を試みたい」
「本体のみをか?」
「そうだ。体ごと連れてはいけない」
「でもそうしたら山姥切国広は死んでしまうんじゃ」
「……これを」
監査官が一振りの刀を差し出した。
「これに一時的に山姥切国広の魂を移し替えるといい。そうすれば体の方も回復するだろう」
「おぬし、その刀はもしや」
審神者が刀を受け取り、鞘から引き抜く。山姥切国広の本体ではないものの、近しい気配を感じる。これならば魂を移動させることが出来るかもしれない。
「魂の移し替えが終わったらこんのすけに報告をするように。そうすれば政府のものが回収に訪れるだろう」
「監査官さんが回収するのではなく?」
「俺は先に戻って手続きを済ませないとならないからね。申し訳ないが立ち会っている時間はない。では、失礼する」
外套を翻し監査官は三日月宗近と審神者の横を通り過ぎて部屋を出て行った。
「主よ、俺は監査官殿を見送ってくる。ひとりで大事ないか?」
正直不安はある。一刻も早く手を打ちたいが、ここまで対応してくれた監査官に礼を言わないわけにもいかない。審神者は頷き、三日月宗近が部屋を出て行ったのを見送ってから受け取った刀と山姥切国広本体を並べて配置した。
「助けるから……!」
「監査官殿!」
門の前に立ち止まっていた監査官を見つけ、三日月宗近は声をかけた。その声にゆっくりと振り返る。
「まずは礼を。主に代わって山姥切国広を救ってくれたことを感謝する」
「救ったわけではない。審神者次第だ……魂の移し替えも、そのあとの処遇も」
「しかし、よかったのか? あの刀はおぬし本体では」
「ほう、見抜いていたか」
監査官が目深にかぶった外套を外すと銀色の髪と青い瞳があらわになり、目元を覆っているマスクを取り外すと、そこには山姥切国広とうりふたつの顔がそこにあった。
「俺こそが長義が打った本歌、山姥切。……本歌である俺の刀であれば拒絶はないだろう」
「おぬしの本体に山姥切国広の魂が移されることによって、おぬしはどうなるのだ?」
「消える。だから先に政府に連絡をしていた。別のものがちゃんと回収しに来るからそこは安心してほしい」
監査官――山姥切長義の外套の端がはらはらと、桜の花が散るように崩れ始める。
「無事に魂の移し替えは出来たようだな。間もなく俺は消えるが、そのことを審神者に伝える必要はない。俺の正体のことも」
「……あいわかった」
三日月宗近の返事に山姥切長義は満足げに頷いた。
「すまないが、俺の写し――山姥切国広のことを頼んだ」
そう言い残し桜の花びらに溶け込むように山姥切長義の姿は消えていった。
堀川国広の悲痛な声が本丸に響く。彼が体を支えている山姥切国広はぐったりとしていて呼吸も荒い。先行していた同じ部隊の鯰尾藤四郎がすぐに手入れ部屋への誘導し、三日月宗近と共に審神者が手入れ部屋へと駆け込む。そのあとをもう一振り追いかけていった。
「なんで……?」
審神者は山姥切国広の状態を見て言葉を失った。
重傷ではあるものの破壊までは至っていない。いないのだが、その刀身にはひびが入りいつ折れてもおかしくない状態であった。
これに触れても大丈夫なのだろうか。
審神者は怖くなって山姥切国広の刀を置いた。
「主」
その様子を見ていた三日月宗近が声をかけると、審神者はびくりと肩を跳ねさせた。
「治せるのは主だけだ」
「わかってる、わかってる……けど」
ここまでひどいのは初めてで無事に治せるかどうか自信がまったくなかった。無理だとすぐに言ってしまいたい。しかし目の前にいるのは初期刀。失いたくなどない。
どうしたらいいのか。失う恐怖で震える体を抑えようと握った手に力が入る。
「……そのままにしておくつもりか」
聞き慣れない声に審神者は顔を上げた。振り返るとそこには外套を深くかぶった人物――監査官がそこに立っていた。
山姥切国広が重傷を負ったのは特命調査に出陣したからだ。
「特命調査に参加しなければ山姥切国広は重傷にならなかった!」
こうなったのはこの監査官のせいだ。自分の不甲斐ないのを棚にあげて審神者は監査官の掴みかかった。
「参加は任意だと、言ったはずだが」
外套を掴んだ審神者の手を払いのけ、監査官は山姥切国広の元へと歩み寄った。横を通り過ぎたときに三日月宗近が何かに気づき口を開きかけたものの、特に言葉にせず彼の行動を見守った。
監査官は山姥切国広本体を確認したあと、体の方に目を向け深く息を吐いた。
「治す治さないは審神者の自由だが、なにもしないのであればこいつはあと数時間ほどで息絶える」
「なっ」
「顕現した体の傷が浅くとも、刀剣男士の本体は刀だ。そちらの状態が悪いのであれば、当然体も弱まる」
「この状態で治せるというの……」
「それをするのが審神者の仕事だろう。……それも出来ないのならさっさと審神者を降りるべきだ」
監査官の強い言葉に図星を突かれ審神者は押し黙った。
「しかし、山姥切国広のこの状態は異常だと、俺は思うのだが?」
審神者を守るように一歩前に出た三日月宗近に話しかけられ、不愉快そうに監査官は目を細めた。
「……そうだな。体と刀剣の状態が一致していない。そのうえ、恐らく今の審神者の状態では治すことは困難を極めるだろう」
治せないものを治して見せろと言ったのか。自分の判断が間違っていなかった安堵と同時に、それを上回る憤りが審神者の体を突き動かす。再び監査官に掴みかかろうとして、三日月宗近がそれをやんわりと止めた。
「山姥切国広の本体を政府へ持ち帰り、そちらでの修復を試みたい」
「本体のみをか?」
「そうだ。体ごと連れてはいけない」
「でもそうしたら山姥切国広は死んでしまうんじゃ」
「……これを」
監査官が一振りの刀を差し出した。
「これに一時的に山姥切国広の魂を移し替えるといい。そうすれば体の方も回復するだろう」
「おぬし、その刀はもしや」
審神者が刀を受け取り、鞘から引き抜く。山姥切国広の本体ではないものの、近しい気配を感じる。これならば魂を移動させることが出来るかもしれない。
「魂の移し替えが終わったらこんのすけに報告をするように。そうすれば政府のものが回収に訪れるだろう」
「監査官さんが回収するのではなく?」
「俺は先に戻って手続きを済ませないとならないからね。申し訳ないが立ち会っている時間はない。では、失礼する」
外套を翻し監査官は三日月宗近と審神者の横を通り過ぎて部屋を出て行った。
「主よ、俺は監査官殿を見送ってくる。ひとりで大事ないか?」
正直不安はある。一刻も早く手を打ちたいが、ここまで対応してくれた監査官に礼を言わないわけにもいかない。審神者は頷き、三日月宗近が部屋を出て行ったのを見送ってから受け取った刀と山姥切国広本体を並べて配置した。
「助けるから……!」
「監査官殿!」
門の前に立ち止まっていた監査官を見つけ、三日月宗近は声をかけた。その声にゆっくりと振り返る。
「まずは礼を。主に代わって山姥切国広を救ってくれたことを感謝する」
「救ったわけではない。審神者次第だ……魂の移し替えも、そのあとの処遇も」
「しかし、よかったのか? あの刀はおぬし本体では」
「ほう、見抜いていたか」
監査官が目深にかぶった外套を外すと銀色の髪と青い瞳があらわになり、目元を覆っているマスクを取り外すと、そこには山姥切国広とうりふたつの顔がそこにあった。
「俺こそが長義が打った本歌、山姥切。……本歌である俺の刀であれば拒絶はないだろう」
「おぬしの本体に山姥切国広の魂が移されることによって、おぬしはどうなるのだ?」
「消える。だから先に政府に連絡をしていた。別のものがちゃんと回収しに来るからそこは安心してほしい」
監査官――山姥切長義の外套の端がはらはらと、桜の花が散るように崩れ始める。
「無事に魂の移し替えは出来たようだな。間もなく俺は消えるが、そのことを審神者に伝える必要はない。俺の正体のことも」
「……あいわかった」
三日月宗近の返事に山姥切長義は満足げに頷いた。
「すまないが、俺の写し――山姥切国広のことを頼んだ」
そう言い残し桜の花びらに溶け込むように山姥切長義の姿は消えていった。