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とうらぶ

もうだめだ。
もうだめだもうだめだもうだめだ。
本丸のはずれにある小さな物置部屋。中にあった荷物たちを扉側に積みなおし、それらがあったスペースに小さくうずくまった。
遠くで乱暴な音が聞こえてくる。それがたまらなく恐ろしくて、もしものために持っていた未顕現の短刀をぎゅっと握りしめた。

――本丸が襲撃された。
大侵攻があってからは珍しくもなく、大なり小なり被害のうわさは聞いていた。
それでもどこか他人事で、襲われて大変だな、なんて軽く思っていた。自分の本丸が標的にされるとは夢にも思っておらず、突然現れた敵の姿にみっともなく腰を抜かしてしまった。

「主!」

初期刀の叫び声に我に返る。既に彼は敵と交戦を始めており、動けない自分は近侍に抱えられてその場を離脱した。

「どうしよう」

思考は止まり、ただそれだけを呟き続けていた。近侍が駆け抜ける視界の端で他の仲間たちも戦っていた。目の前に敵が立ち塞がっても、その側面から脇差や短刀が攻撃を仕掛け道を開ける。
うまく敵をまき、ひとけのない場所でようやく降ろされた。そこはこれから来る仲間たちのための空き部屋がある区画で、季節のものをしまっておく物置部屋の前だった。

「……短刀は、あるか?」

近侍である大倶利伽羅に尋ねられ、慌てて懐を確認した。
短刀を顕現する前に少しの間だけ、懐に入れて過ごす習慣があった。審神者の研修のときに政府から教わったもので、審神者自らが刀を振るう機会があった場合に備えて、ということらしい。だが実際は、審神者自らが己に向けて振るうとき――自害に備えてだ。本当の意味を先輩審神者から教えてもらったときに「そんなばかな」と笑っていたが、確認のために取り出した短刀がひどく重く感じた。
短刀を持っていることを確認した大俱利伽羅はうなずくと「隠れていろ」と短く言い、戦場へと戻って行った。
言われた通り、物置部屋に隠れたものの、やはり不安でささやかなバリケードを作り今に至る。
不安で胸が押しつぶされそうだ。
もうだめだ。頭の中はそれで埋め尽くされてじわりと涙が滲んだ。
決して弱い本丸ではないと思う。とても強い本丸でもない。それでもあの大侵攻を乗り越えてきた。少ないけれど極の個体もいる。大丈夫。大丈夫だ。
いくら前向きに考えても、もうだめだ、の圧が強すぎて短刀の柄を握りしめる。すっ、と鞘から抜くと刃に自分のひどい顔が映っていた。
このまま死ねばいいのだろうか。
戦っている仲間たちへの負担は減るだろうか。
頭の中で暴れ続ける絶望から逃げられるだろうか。
鞘を静かに床へ置き、柄を両手で掴む。
こういうときは腹だったか。それとも首だったか。
いざ切っ先を自分に向けると、死の恐怖が襲ってくる。だが敵に見つかってむごたらしく殺されるよりは自分で締めくくった方がましだ。
一度。二度。深く息を吸って、吐き出す。
刺すのは首にしよう。顎を少し突き出し、喉を切っ先へとあらわにする。

「待ちな」

短刀を引き寄せようとした瞬間、聞きなれない声とともに腕を止められた。
いつの間にか閉じていた瞼を開けると、桜の花びらとともに白い姿がそこにあった。

「ここで幕を引くにはちと地味じゃねぇか?」

目の前に現れたのは少年だった。薄暗い物置部屋でも輝いて見える金色の瞳と目が合う。
誰だ。整った容姿からすぐに人間ではないことはわかった。本丸で見たことがない。けれど敵のようにまがまがしい気配もない。
ぽかん、としていると彼は「あっ」と何かに気づいたように声を上げた。

「待たせたなぁー皆の衆! へへへ、なーんてね。俺が、噂の貞ちゃんだ!」

少し小さめな声でそう言うとしゃがみこみ、自分と目線を合わせにかっと笑った。

「今ここがどういう状況は見ていたから把握してる。俺が来たからには安心してくれ! ……とは正直言えないけど、伽羅たちのことを信じてくれよ」

信じてくれ。
そう言われてはっとした。彼らは本丸を、自分を守るために戦っていてくれている。そんな彼らを信用せずに勝手に自害するなど。彼らを裏切るような行為をしようとした自分が情けなくて、また涙が溢れた。

「怖いよな。不安だよな。信じるって、難しいもんな」

太鼓鐘貞宗がゆっくりと抱きよせ、涙でぐしゃぐしゃになっている顔を隠してくれた。

「今このときだけ、顕現したばかりだけど、俺のことだけ信じてくれないか? 俺は、伽羅や鶴さん、みっちゃんたちのことを信じてる。主の代わりに信じるからさ」

温かさに包まれたおかげか、ずっと鳴り響いていた「もうだめだ」は消えていた。太鼓鐘貞宗の言葉がじんわりと体に染み込んで、気づいたら眠りについてしまっていた。
目を覚ますと自室の布団だった。襲撃はもしや夢だったのでは、と思ったものの、執務室に向かう廊下のところどころに戦いの傷跡が残っていたので、あれはしっかりと現実だった。
目を覚ましたときに傍にいた初期刀から無事勝利したことと、誰も折れなかったという報告を得てほっとしたと同時に、あのときの自分の愚かさがひどく恥ずかしかった。
執務室へ着くと近侍である大俱利伽羅と太鼓鐘貞宗が談笑をしており、その姿で胸がいっぱいになり思わず駆け出した。

「お、主、起きたのか」

こちらに気づいた太鼓鐘貞宗の言葉を遮るように、彼の体をぎゅっと抱きしめた。

「熱烈な歓迎だな」

苦笑しつつも拒むことなく受け止めた彼に、ありがとう、と言った。
いなかったらこの本丸はだめになっていた。勝っても負けていた。感謝してもしきれないのだ。

「俺はなんもしてないよ。主が全部自分で手繰り寄せたもんだ」

気にすんな、と彼はあのときのようににかっと笑ってみせた。
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