とうらぶ
私が刀剣男士であったならばこの部屋にも桜吹雪が舞っただろう。
桜色の視界に現れた冬はひどくまぶしかった。
「ひぇ」
情けないことに彼と対面して初めての声は飲み込み損ねた悲鳴だった。
私が審神者という道を選んだきっかけ。冬のような出で立ちに秘めた熱い想い。それは他人から見ればくだらなくて、醜くて、どうでもいいと思われるものだとわかっているが、私はそれにひどく惹かれたのだ。
「どうしたのかな、まじまじと見て」
硬直してしまった私に呆れた声が降ってくる。ご褒美だ。いや、そうじゃない。
「わ、私は」
監査官としてこの本丸のことは調べてあるだろう。しかしこうしてやってきてくれたのだ、改めて本丸の一員となる相手に自己紹介をしようとしてこぼれたのは、涙だった。
「……そんなに、俺を迎えるのが嫌だったのか?」
動揺と、諦めの混ざった声。
彼はこの本丸の初期刀が誰なのか知っている。だから私が彼に対してあまりよくない感情を持っていると思ったのだろう。
違う、と否定したくても嗚咽が先に出て言葉にならない。
「刀解する権利は審神者が持っている。不要と判断したならば破棄すればいい」
違う。そんなこと、するわけがない。
いつまでも泣き止まない私に愛想を尽かし、彼はため息とともに背を向けた。
「猫殺しくんはいるんだろう? あいつにでも案内を頼むよ」
待って。行かないで。私は、あなたが来てくれて――。
「待ってくれ、山姥切」
部屋を出ようとした彼の前に、廊下で待機していた初期刀が立ち塞がる。途端、空気がキンと冷え込んだ。
「何の用かな、偽物くん」
トゲトゲしい言葉にようやく涙が止まる。
「主は、山姥切が来てくれるのを楽しみにしていたんだ」
「へぇ? その割には怯えていたようだけど」
肩越しに振り返った冬の空のような蒼は美しい。
「それは山姥切が来たから」
「来たのが、恐ろしいんだろ? お前の居場所を取られると思って」
「そうじゃない」
「じゃあなんだというんだ」
「主は――山姥切の大ファンだ」
「…………は?」
初期刀の言葉にたっぷり間をおいて、ゆっくり理解したのち出てきたのは困惑の一言。
私も思わず固まる。
「主が審神者になったのは山姥切に一目惚れしたからだ。俺を初期刀として選んだのも山姥切、本科について語り合いたいからで」
「わー! 待って待って、なんで言うの!」
慌てて初期刀の口を両手でふさいだが、もう既に手遅れで。なんとも言えない気配を背後に感じるもののこわくて振り返ることが出来ない。
「もちろん、俺も本科のこと大好きだぞ」
私の手を優しくどかし、誇らしげに初期刀が微笑む。それはそう。なにせこの本丸が出来てから初期刀のみならず、ここにいる刀剣男士は私の話をずっと聞いてきている。誰も彼に嫌な印象は持っていないだろう。
深い深いため息とともに、背後の空気が柔らかくなりようやく振り返ることが出来た。右手で顔を覆っていて表情は見えない。こころなしか、耳がほんのり赤く見える。
「つまり、なんだ。挨拶がどもったのも、涙を流したのも」
「主の言葉を借りるなら『推しが目の前にいて無理しんどいつらい好き』の状態だな」
「わー!!」
さすが初期刀、極めてからさらに通訳がうまくなっている。そうじゃない。
初手から醜態をさらし、第一印象がずっと下がり続けてきている。どうしよう政府に帰りますって言われたら、それこそ私は生きていける気がしない。
「ち、違うの、これは、いや違くはないんだけど!」
しどろもどろに身振り手振りで釈明をするにも説明にならない。感情が先走り言葉がまとまらない。もうだめだ。
「ふっ……」
絶望しかけていると彼の肩が震え始め、声を上げて笑い出した。あぁもうだめです、審神者の辞表ってどう書くのかな。
「はははっ、そうかそうか。ならばきちんと応えないとね」
一通り笑い終えたあと、呼吸を整えた彼が私を見据える。
「俺こそが長義が打った本歌、山姥切」
右手を差し出し、彼――山姥切長義は微笑む。
慌てて自分の右手を服で拭き、その手を握った。
「よろしくお願いします……!」
後ろで初期刀が「よかったな主!」と言葉にせずとも気配で祝ってくる。どうやら審神者を辞めなくて済みそう。今日は右手洗えない、と考えていると握手を終えたはずの右手が急に引っ張られた。
「期待にはちゃんと応えて見せよう」
「ひぇ」
引き寄せられたと思ったらそのまま抱きしめられ、さらに耳元で囁かれる。ここは天国ですか。私の死がもう来ましたか。情けない悲鳴を上げて再び体は固まってしまった。
耳元では楽しげに笑う声が聞こえてくる。楽しいならいいです。私の犠牲など些細なものです。
山姥切長義との邂逅はよくも悪くもとても印象に残るものとなった。
桜色の視界に現れた冬はひどくまぶしかった。
「ひぇ」
情けないことに彼と対面して初めての声は飲み込み損ねた悲鳴だった。
私が審神者という道を選んだきっかけ。冬のような出で立ちに秘めた熱い想い。それは他人から見ればくだらなくて、醜くて、どうでもいいと思われるものだとわかっているが、私はそれにひどく惹かれたのだ。
「どうしたのかな、まじまじと見て」
硬直してしまった私に呆れた声が降ってくる。ご褒美だ。いや、そうじゃない。
「わ、私は」
監査官としてこの本丸のことは調べてあるだろう。しかしこうしてやってきてくれたのだ、改めて本丸の一員となる相手に自己紹介をしようとしてこぼれたのは、涙だった。
「……そんなに、俺を迎えるのが嫌だったのか?」
動揺と、諦めの混ざった声。
彼はこの本丸の初期刀が誰なのか知っている。だから私が彼に対してあまりよくない感情を持っていると思ったのだろう。
違う、と否定したくても嗚咽が先に出て言葉にならない。
「刀解する権利は審神者が持っている。不要と判断したならば破棄すればいい」
違う。そんなこと、するわけがない。
いつまでも泣き止まない私に愛想を尽かし、彼はため息とともに背を向けた。
「猫殺しくんはいるんだろう? あいつにでも案内を頼むよ」
待って。行かないで。私は、あなたが来てくれて――。
「待ってくれ、山姥切」
部屋を出ようとした彼の前に、廊下で待機していた初期刀が立ち塞がる。途端、空気がキンと冷え込んだ。
「何の用かな、偽物くん」
トゲトゲしい言葉にようやく涙が止まる。
「主は、山姥切が来てくれるのを楽しみにしていたんだ」
「へぇ? その割には怯えていたようだけど」
肩越しに振り返った冬の空のような蒼は美しい。
「それは山姥切が来たから」
「来たのが、恐ろしいんだろ? お前の居場所を取られると思って」
「そうじゃない」
「じゃあなんだというんだ」
「主は――山姥切の大ファンだ」
「…………は?」
初期刀の言葉にたっぷり間をおいて、ゆっくり理解したのち出てきたのは困惑の一言。
私も思わず固まる。
「主が審神者になったのは山姥切に一目惚れしたからだ。俺を初期刀として選んだのも山姥切、本科について語り合いたいからで」
「わー! 待って待って、なんで言うの!」
慌てて初期刀の口を両手でふさいだが、もう既に手遅れで。なんとも言えない気配を背後に感じるもののこわくて振り返ることが出来ない。
「もちろん、俺も本科のこと大好きだぞ」
私の手を優しくどかし、誇らしげに初期刀が微笑む。それはそう。なにせこの本丸が出来てから初期刀のみならず、ここにいる刀剣男士は私の話をずっと聞いてきている。誰も彼に嫌な印象は持っていないだろう。
深い深いため息とともに、背後の空気が柔らかくなりようやく振り返ることが出来た。右手で顔を覆っていて表情は見えない。こころなしか、耳がほんのり赤く見える。
「つまり、なんだ。挨拶がどもったのも、涙を流したのも」
「主の言葉を借りるなら『推しが目の前にいて無理しんどいつらい好き』の状態だな」
「わー!!」
さすが初期刀、極めてからさらに通訳がうまくなっている。そうじゃない。
初手から醜態をさらし、第一印象がずっと下がり続けてきている。どうしよう政府に帰りますって言われたら、それこそ私は生きていける気がしない。
「ち、違うの、これは、いや違くはないんだけど!」
しどろもどろに身振り手振りで釈明をするにも説明にならない。感情が先走り言葉がまとまらない。もうだめだ。
「ふっ……」
絶望しかけていると彼の肩が震え始め、声を上げて笑い出した。あぁもうだめです、審神者の辞表ってどう書くのかな。
「はははっ、そうかそうか。ならばきちんと応えないとね」
一通り笑い終えたあと、呼吸を整えた彼が私を見据える。
「俺こそが長義が打った本歌、山姥切」
右手を差し出し、彼――山姥切長義は微笑む。
慌てて自分の右手を服で拭き、その手を握った。
「よろしくお願いします……!」
後ろで初期刀が「よかったな主!」と言葉にせずとも気配で祝ってくる。どうやら審神者を辞めなくて済みそう。今日は右手洗えない、と考えていると握手を終えたはずの右手が急に引っ張られた。
「期待にはちゃんと応えて見せよう」
「ひぇ」
引き寄せられたと思ったらそのまま抱きしめられ、さらに耳元で囁かれる。ここは天国ですか。私の死がもう来ましたか。情けない悲鳴を上げて再び体は固まってしまった。
耳元では楽しげに笑う声が聞こえてくる。楽しいならいいです。私の犠牲など些細なものです。
山姥切長義との邂逅はよくも悪くもとても印象に残るものとなった。