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とうらぶ

「あんたがいなければ」

首に、手がかかる。
仰向けに横たわる俺の上に馬乗りになり、両の手が首を包む。
俯いた顔は下から見えるはずだが、白い布に覆われたそれは不思議と闇に包まれていて表情はうかがえない。

――あぁまたか。

「あんたが、」

手に、力が入る。
気道が狭まり空気が詰まる。自然と口が開くが、求めた空気は入らない。

「――――」

強くよわく絞めてくるくせに、乞うような声で言葉を吐く。
隠れている顔に向かい手を伸ばす。頬に触れそうになると、ぱっ、と顔が現れる。


そこでいつも目が覚める。
一拍遅れてピピピピピ、と電子音が起床時間を告げる。上体を起こし、それを乱暴に止めて大きく息を吐いた。
いつも見る夢だ。見慣れた相手が馬乗りになり、己の首を絞める。そして最後に相手の顔を見て目を覚ます。
いくら夢とは言え、首の圧迫感は記憶にあるのでつい首に手を伸ばす。当然夢の話なので痛みもなにもない。
俺たちは人間ではない。だから夢など見るはずがない。

――だが実際、毎日のように同じ夢を見ている。

ベッドから降り身支度を始める。シャツに腕を通し、スーツを身にまとう。髪を整え、ネクタイに手を伸ばして、やめる。スーツにはネクタイを合わせるのが最適解だとわかっているが、ここ最近の夢見のせいか、どうにも首の周りを絞められているようで不快になる。少し逡巡したのちいつも身に着けている青いクロスタイを手に取った。
夢の最後に見た表情が脳裏をかすめる。
今にも泣きそうに緑の瞳を歪め苦しそうに助けを乞う、自分と同じ顔の写し。

『あんたがいなければ』

いなかったらお前は生まれていないだろうに。それとも、その誕生を疎んでいるのか。

――ふざけるな。

お前の存在は俺の価値の証。そしてなにより多くのひとに望まれ、祝福され、生まれたもの。

『――――』

いつも聞き取れない言葉。懇願が一番に込められた言葉。それを聞き取れればこの夢も終わるだろうか。

「なら、直接俺に言いに来いという話だ」

ストールの留め具をつけ、山姥切長義は部屋をあとにした。
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